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パミール高原・ワハーン回廊

 一週間の滞在で、一生分の絶景を見たと言っても誇張表現にならないくらい、タジキスタンの辺境には美しい景色が広がっていた。

 中央アジアの中でも、日本から物理的に行きにくい辺境がタジキスタンのパミール高原とワハーン回廊である。特に、ワハーン回廊はそこへ向かう公共交通手段がないこと、ならびに日数上の制約から訪問を敬遠する旅人もいるくらいの辺境の地である(旅程は最後に記載)。

パミール高原

 パミール高原の「パミール」はペルシャ語で世界の屋根に由来する。
 居住区の標高としては、州都・ホーローグ(人口15,000人)が2,500m、第二の都市(人口7,000人)ムルガブは3,700m、他の村はその間に位置。
 非居住区の山脈の標高は、最高峰が7,495m(イスモイル・ソモニ峰)。パミール高原からは、アフガニスタン側のヒンドゥークシュ山脈、さらにその奥のパキスタンのカラコルム山脈とどちらも7,000m級の峰を多数擁している山脈が見える。
 人がほとんどいないパミール高原の非居住区には工場もゴミも街灯も何もなく空が澄んでいる。そんな中でたまに現れる、生物のいない澄んだ湖が澄んだ空を水面に反射させて幻想的な風景を作り出す。 

キルギスからタジキスタンへ向かう道。20kmのまっすぐな道が続く

ワハーン回廊

 ワハーン回廊の話に入る前に一般的な回廊地帯について触れる。回廊地帯とは地理用語で、細長く、奇妙な形をしている地形からそう呼ばれている。Google mapを見ながら確かめて頂くと(地理好きであれば)面白く感じると思うが、タジキスタン南部のワハーン回廊(アフガンから中国に抜ける触手みたいな国土)、ナミビアからザンビアをつなぐカブリビ回廊、そしてインドのカルカッタのある西ベンガル州からアッサム地方を結ぶシリグリ回廊等、どれも奇妙な形をしている。しかしそこには該当隣国との陸路での接点を保つなどの意味を持つ(インドの回廊は印パの独立で結果として回廊となってしまったのだが)。
 ワハーン回廊は前述のとおりアフガニスタンに属しアフガン北東部に位置するのだが、アフガンには入れないため、今回は、タジキスタン側から川を挟んでアフガン側に位置するその回廊地帯を眺めた。
 タジキスタンとアフガニスタンの国境は川で隔てられているのだが、一番短い場所で川幅が約10m程度。対岸にいるアフガンの羊飼いとお互いの声が届いて挨拶ができる程度には国境が近かった。また、回廊沿いに村が点在するが、温泉もいくつか存在する。有名どころの2つの温泉に入って体を休ませた。

タジキスタンのランガル村から対岸にワハーン回廊をのぞむ

手前がタジク、川を挟んでアフガン、奥の雪山がパキスタン


ガラムチャシュマ近く、国境を隔てる川。対岸がアフガン

ワハーン回廊の真ん中にあるビビ・ファティマ温泉

ホーローグから約30km南下した場所にあるガラムチャシュマ温泉

犬死か、あるいは殉職か

 世界を旅していると、車の通り道に動物がいることがよくある。運転手はクラクションを鳴らし、人を含む動物はクラクションに呼応するかのように逃げていく。人や鳥なんかは逃げ足の速い動物であり、即座に危険を察知し逃げることができる。次に猫や犬、これらも人や鳥同様に逃げ足が速いほうだ。羊やヤギは群れとなって道全体をふさぐが、クラクションを鳴らせばゆっくりと動いてくれる。ラクダや牛はなかなか厄介だ。クラクションが聞こえているのかどうかも判然としないが、ヤギの何十倍もさらにゆっくりと動いていく。

 パミール高原では、犬に関する今までの経験則は全く通じなかった。この地ではだらだらしている犬はほとんどいない。いるのは牧羊犬だ。常に大切な羊を守るために働いている。それはいい事だが、都合の悪いことに、この地の牧羊犬は車を見つけると、逃げるどころか猛スピードで車に体当たりをしてくる。ハンドルを切って八割はぶつからずに済むが、不運なことに残りの二割では残念ながらぶつかってしまう。彼らからすると、動くもの全てが牧羊の敵と訓練されてしまったのか、あるいは遺伝子的に「車には飛び込め」とインプットされているに違いなかった。犬を最大限避けても轢いてしまう僕たちも心が痛んだので、はやくタジキスタンの犬が車を避ける術を習得するか、あるいは車に飛び込むよう遺伝子にセットされた犬が淘汰された世界になることを祈る。

ワハーン回廊の東端の村・ランガルにおける羊飼いの少年少女たち

おわりに

 パミール高原は比較的訪れやすいが、ワハーン回廊まではなかなか訪れにくい。実際にワハーン回廊へのアクセスはとても非常に不便で、首都のドゥシャンベから州都でありワハーン回廊への入り口のホーローグまで車で600km、未舗装の道を含めて16時間かけて移動する必要がある(ホーローグは小さな町であり軍事用の飛行場しかない)。さらにそこから出口のムルガブに抜ける公共交通機関がないため、旅行者はランドクルーザーをチャーターしてワハーン回廊を4~7日かけて走破するのが一般的。
 僕の場合はキルギス側から陸路で入国したためムルガブからホーローグへ抜ける(詳細に書くとムルガブ→ランガル→ビビファティマ→イシュコシム→ガラムチャシマ→ホーローグという)ルートで向かった。たまたま宿泊先の宿でベトナム人兄妹と会い、彼らがチャーターしている車に乗せてもらい、各村で滞在して結局六日ほどワハーン回廊沿いでゆったりしていた。それまでの旅で三週間ほど標高2,000m以上の地にいたため、首都で低地のドゥシャンベに到着をし、しばらく街を歩いても息が切れなかった時に、ようやくパミール高地から脱出した実感をした。
 それと言ったオチはないのだが、中央アジアの辺境と言われたらまずパミール高原・ワハーン回廊を挙げるくらい、絶景に次ぐ絶景で満足度が高いエリアであった。

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