清水エスパルス戦マッチレビュー〜残心〜
金曜日。僕には最近お気に入りの過ごし方がある。
少し大きめの銭湯へ行き、サウナに入った後にマッサージを受ける。
サウナは12分×3セットを目標としているが、実際には2セット目の5分くらいで身体中の水分が無くなっている感覚に陥り、勇気ある撤退でサウナ室を後にする。
その後、マッサージルームへと移動した僕は自分の身体から出ているとはにかわにも信じられない「バキッ…バキハギバギ!!!」という効果音を聴きながら至福の時を過ごす。
サウナで整い、マッサージでさらに追い討ちをかけるかのようにフレッシュになった僕は帰路へと着き、そのまま眠…れれば「優等生」の称号を貰えるのであろうが、実際は缶ビール片手に映画を観てしまう。
「オーナースチューデント」ではなく「ビールクズ」の称号を貰った僕はNetflixで映画を漁る。
この日は「私の頭の中の消しゴム」という韓国映画を見た。
簡単に言うと、男と女が恋に落ちて泣けるやつ。
もうちょい細かく言うと、社長令嬢のスジンと建築士のチョルスがいい感じに出会い、いい感じに恋に落ちる。
スジンは少し忘れっぽい癖があるのだが、チョルスはスジンのそんなおっちょこちょいなところが好きなのであった。
しかし、スジンの忘れっぽい癖は徐々に酷くなってゆく。心配になったスジンは病院で検査を受けた結果、進行性の速い「アルツハイマー病」と診断される。
スジンのアルツハイマーはどんどん進行して行き、スジンは遂にチョルスと共に暮らしていた家への帰り道を忘れてしまう。
そして、スジンは遂に…
…ここから先は泣きすぎて全く頭に入って来なかった。
金曜日はど定番の映画を見たくなる。
500mlのビールを飲み干し、飲んだビールと同じくらい涙を流した僕はやっと眠りについた。
言い忘れたが、僕がこの「私の頭の中の消しゴム」を見るのはこれで10回目くらいである。
毎回同じシーン以降涙が止まらなくなるので、ラストシーンはほとんど頭に入ってこない。果たしてどんなストーリーなのだろうか。今度こそしっかり見てみようと思う。
そして、土曜日がやってきた。
朝起きて、顔がむくんでいない事を確認した僕は等々力へと向かった。
齋藤学の覚悟
さぁ、世界最高ファンタスティックフットボールクラブ川崎フロンターレの今節のスタメンを一言と共に紹介。
1チョン・ソンリョン
最近「ソンリョンチャレンジ」に目覚め、積極的なペナ外でのプレーが増えつつある。セミさんを助けてからポストにも好かれている。優男は世界を救う。
17 ジオゴ・マテウス
前回は何の前触れもなく突然のスタメン入り。上々のプレーを魅せるもその後はまたベンチ外に。二戦勝ちなしの状況で出番が回ってきた。サプライズ好きの男。デートのお店は全部自分で予約をしたいタイプだと思う。
34 山村和也
入場時、あまりに歩くのが遅いので後ろが詰まって大渋滞を起こしていた。実はど天然なのでは?という疑問が筆者の中で浮かび上がってきている。
7 車屋紳太郎
ダンディ坂野の「ゲッツ」を誰よりも笑顔で見ていた。間違いなく無類のお笑い好き。CBの方が活き活きとプレーしている気がする今日この頃。
2 登里享平
「今節はターンオーバーするわ!あっ、ごめん!うちのチームSBが手薄だからノボリは出てね!」と、まるでスネ夫パパ車に絶対乗れないのび太のような感じで中二日、炎の連続スタメン。今一番外せない選手。
6 守田英正
谷口・大島不在でキャプテンマークを巻くのはこの男。2018年、彗星の如く現れたスーパールーキーも気付けば役職者に。1年目は前髪がだいぶ迷走していたが、今のパーマはとっても似合っている。
30 旗手怜央
アンカーより前からどこでもやれるスーパールーキー。最早ルーキーというのが嘘なのでは…?と言った具合にどこでも輝ける。試合を重ねるごとに嘉人にプレーが似てきた気がする。
22 下田北斗
「夏場は安心安全の湘南産に限る」と言った言葉があるように(無い)この時期に北斗の運動量はチームを進むべき道へと導いてくれる。
20 宮代大聖
CFで使った方が絶対に活き活きするのだろうが、諸々の事情でWGとして継続起用。実は大ヒット番組「梨泰院クラス」の主題歌を歌っていたボーカルに顔がそっくり。
19 齋藤学
満を持して俺たちの川崎の星がスタメンに。相手の清水は学がフロンターレデビューを飾ったアウェイマリノス戦後にユニフォームを交換した金井をスタメンに据えてきた。
9 レアンドロ・ダミアン
俺たちのエース。俺たちのトモダチ。俺たちのダミアン。今季のフロンターレ、筆者の裏テーマは「ダミアンが楽しそうならそれでいい」なのである。
そして、301日振りに等々力へ帰還した中村憲剛がこの試合でベンチ入りを果たした。
憲剛がボールを蹴っている姿を見るだけで胸がいっぱいになった。
中村憲剛復帰戦という「絶対に落とせないゲーム」は我が軍が優位に進んでいく。
前半7分、サイドからノボリがクロスを上げるも、中にいたダミアンから大きくずれてボールはゴール方向へ。
ピッチにいた全員が見送ったボールはファーポストに直撃。惜しくもゴールとはならなかったが、クロスを上げたノボリも苦笑いの一撃をお見舞いした。
前半9分、ピッチ中央でボールを奪ったノボリが学へ縦パスを供給。2度の切り返して2枚を剥がし、シュートコースを作るとそのままシュートへ持ち込む。
このシュートは惜しくもGK大久保にセーブをされるも、今までの学とはまた違う"本来の学らしさ"が現れたシーンであった。
フロンターレに移籍して来てから、学は「ドリブラー」としてのプレーより「チャンスメイカー」としてのプレーを選択して来た印象だ。
サッカーIQの高い彼は、強引に突破する場面なのか、パスを出す場面なのかを瞬時に判断して正しい決断を下しているように感じた。
選手間の距離が近く、「フリーの定義」と呼ばれるものが存在する我が軍では「強引にいくべき展開」というものはほとんどなく、細かいパス回しが求められるシーンの方が多い。
その結果、パスの選択が増えた。
しかし、今季4-3-3を採用し、カウンター時に一気に攻撃のテンポが上がる我が軍に於いては「パス」より「ドリブル」がWGの選手に求められるようになった。
日本を代表するドリブラーであり、一昨年昨年と2年間「チャンスメイカー」としての引き出しも増やしてきた学。
彼の試合中の笑顔が、今季の我が軍が目指すサッカーと彼自身の相性の良さを物語っているようであった。
この試合、齋藤学から"ドリブラー斎藤としての"強い覚悟を感じた。
20分、試合が動く。
ノボリが最前線のダミアンへ一気にロングボールを付けると、ハイラインを敷いている清水はここにGK大久保が対応。
ダミアンがガラ空きのゴールを目掛けてロングシュートを撃つも、これは相手DFが対応。
しかし、この失ったボールに対して前線から再度プレッシャーをかけると清水のビルドアップのミスを誘発。
奪ったところを旗手が右足一閃。
先制に成功する。
24分、清水のカウンターの場面。
清水陣地からカルリーニョスが1人で持ち込む。ジオゴが対応するも潰しきれず数的同数の状況。
1stDFのジオゴと呼応するように、この試合アンカーに入っていた守田が2ndDFとして対応。
縦に行こうとしたカルリーニョスに対し、ワンサイドカットで縦切りをする立ち位置を取る。
その結果、カルリーニョスはボールを持ちながらピッチ手前側へ移動。
守田が最短距離でカルリーニョスにボールを運ばせなかったことにより、我が軍は帰陣に成功。ブロックを組むことが出来た。
決して目立ちはしなかったが、前半で一番のファインプレーだったと筆者は感じた。
前半はこのまま1-0で終了。波状攻撃を繰り広げるも、1得点に終わった。
バンディエラの帰還
後半も我が軍の猛攻は止まらない。
51分、学がドリブラーとしての才能を遺憾なく発揮。ペナまで持ち込むとそのままシュート。
このシュートは清水GK大久保に防がれるも、こぼれ球を拾ったノボリが冷静にダミアンにパス。
ダミアンがこのボールを落ち着いてゴールに叩き込み追加点。
学の能力の高さ、ノボリの"バターナイフ"のようなしなやかさ、ダミアンの決定力の高さ。一連の絡みが素晴らしいゴールであった。
畳み掛けるような波状攻撃で欲しかった2点目を獲得。
"川崎ハムスターズ"の片鱗を見せた旗手。あらやだ、かわいいじゃない。
58分、清水の攻撃。
西澤がカットインをして右足でシュート。
このシュートをソンリョンがファインセーブ。
我が軍の選手たちが3枚西澤にチェックしに行っていたため、ソンリョンはブラインドになっていたはずだ。
ボールの軌道に対して咄嗟の反応だけで止めてみせた。
ソンリョンはどちらかというとある程度予測をしてから、その予測の答え合わせをするかのようにシュートストップに移行するタイプ。
よって、自身の反射神経より1テンポ早くシュートストップに移行する。
そのため、超人的なセーブを魅せることが出来る。
もっとも、逆にこの予測が外れてしまうと反応出来ずにボールを見送るだけ…といったシーンになってしまうリスクもあるのが「予測型」である。
今回のこのシュートストップは、ソンリョンからはブラインドになっていたため、ボール先導のそこに対するアクションのみで実行したプレー。
「ソンリョンチャレンジ」が数試合に1回見られるようになって来た裏側で、彼自身のコンディションの良さとGKとしての能力拡大を感じることが出来た。
73分、ダミアンから横パスを受けた旗手が再びゴールを奪う。
まさに嘉人のような、ペナ外からの一振り。
「チームを勝たせる」選手になってきた旗手のゴールでリードを3点に広げる。
渋谷のJK100人に聞いた「2020年驚きのエピソード」堂々の第一位は「旗手と三笘がルーキーであること」であろう。
2位は東京五輪の延期。
そして76分、待望の瞬間が訪れる。
中村憲剛が301日振りに等々力のピッチに戻ってきた。
長きに渡るリハビリの末、遂に川崎のバンディエラは怪我に打ち勝ち、もう一度このピッチの上に戻ってきた。
78分、ノボリのパスを受けた憲剛→三笘へダイレクトでスルーパス。
こういう細かいところ、1本1本のパスの質の高さはさすが憲剛といったところだ。
79分、起点で憲剛が絡むとそこから細かくパスを繋ぎ、最後は憲剛がシュート。
これは惜しくも相手DFに阻まれてしまったが、IHに入った憲剛と大島の2枚で質の高いパス交換を展開していく。
憲剛がピッチに入ってから、大島が憲剛にボールを触らせようと憲剛を探してパスを出していたのが印象的であった。
バンディエラの復帰で、ゲームのボルテージは最高潮となった。
そして、84分。歓喜の瞬間が訪れる。
相手のビルドアップのミスを突いた憲剛が左足でループシュート。
ボールは美しい軌道を描き、ゴールへ吸い込まれていった。
一瞬、時が止まった後、等々力は割れんばかりの拍手に包まれる。
復帰戦で、怪我をした左足で、自ら結果を残してみせた。
39歳で怪我をしたこの男は想像を絶するような厳しさのリハビリに耐え、再び等々力のピッチに戻ってきた。
それだけで、それだけで僕はもう胸が張り裂けそうな思いであった。
まだ、憲剛のプレーが見れる。
それだけで、十分幸せなのであった。
しかし、彼は我々にそれ以上の素晴らしいものを与えてくれた。ゴールという最高の結果をプレゼントしてくれた。
思えば、この男は常に我々の期待値の上を生き続けていた。
36歳でのリーグ戦MVP
37歳での初タイトル
38歳での連覇
39歳でのカップ戦タイトル獲得
そして40歳になる今年、彼はキャリア最大の大怪我から復帰してみせた。
中村憲剛は、いつだって僕のヒーローだ。
小さい頃、中村憲剛に憧れてキックモーションを真似したり、貰ったサインに「おやすみなさい」って挨拶をしてから寝ていたあの頃から。
ずっと、ずっと。
中村憲剛は、僕にとってのヒーローだ。
その後、三笘がゴールを決めて締め括り。
2試合連続未勝利だった我が軍は、等々力でしっかりと勝ち点3を積み上げた。
等々力に愛された男
アウェイの名古屋戦で10連勝が止まり、神戸戦も引き分けたことにより2戦連続勝ち試合から見放されていた我が軍であったが、ホーム等々力で久々の勝ち点3を手に入れた。
この試合のトピックは何と言っても中村憲剛の復帰であろう。
中村憲剛の復帰戦の観客が5000人足らず、応援は拍手のみという状況下であったことは許し難いが、彼が復帰したというトピックは我が軍をここから再加速をせるに違いない。
そして、鬼さんの「愛」も同時に感じた。
3-0という状況で旗手との交代。
状況的には比較的運動量が少なく、そして彼自身が慣れている4-2-3-1にシステムを変更して彼をトップ下に据えることも可能であった。
しかし、鬼さんはフォーメーションを4-3-3から変更せず、彼をインサイドハーフとして慣れ親しんだピッチの上に迎え入れた。
まるで「お前は今季重要な選手だ。このサッカーで生きていくぞ。」と言うかのように。
彼のプレーを見ているとやはり圧倒的にミスが少ない。
今季は攻撃のスピードが速いこともあり、バイタル付近でのミスは昨季までより増えている印象であった。
しかし、彼が送る何気ないパスやそこに至るまでのトラップ、プレーの1つひとつの技術がとにかく高い。
中村憲剛、此処にあり。まさにそんな15分間であった。
ヒーローインタビューで彼は「等々力って最高だな」と発言をしていたが、この「最高な等々力」を長い年月をかけて作りあげてきたのは他でもない中村憲剛である。
憲剛が等々力に愛されるのはもはや必然なのである。
そんな憲剛を思い浮かべながら、少々の興奮と共に等々力を後にした。
イヤホンを耳に刺し、シャッフルで曲を流す。その曲の歌詞が僕の胸に、すーっと入り込んできた。
「時々誰かが僕の人生を操っているような気がする
誰に感謝して良いのかは分からないけれど
僕は今日も生きている
まだもう少し君を愛していれる」
Mr.ChildrenのPADDLEという歌。
僕は時々誰かが、中村憲剛の人生を操っているような気がする。
彼は、サッカー選手としての「一般的な」キャリアは歩んでいない。
誰も歩まぬ道を、ひたすら歩き続けている。走り続けている。
そこに1人、2人と仲間が加わり、次第にその輪が大きくなっていった。
その輪を大きくするまで、彼は何十年もの歳月を要した。
そして、37歳でのリーグ戦初制覇。
泣き崩れる憲剛に群がる、頼れる仲間たち。
38歳でのリーグ戦連覇。
39歳でのカップ戦制覇と、初の大怪我。
彼自身が繋いできた、大きくしてきた輪を共に構成している仲間たちは彼がいない間、勝ち続けた。ひたすら勝ち続けた。そして、彼の帰りを待ち続けた。
彼の復帰戦は2万5千人の大きな大きな輪で迎えるべきであったが、そこは悔やんでも仕方がない。
でも、これだけは確かに言える。
中村憲剛は今日、選手として生き返った。
まだまだ、君を愛していれる。
5年ほど前、中村憲剛は「残心」という本を出版した。
僕はその本が未だに好きで、たまに読み返す。
そもそも「残心」とは武士道に伝わる美学。
技を出した後、力を緩めながらも注意を払っている、油断をしない様子を表した言葉。
まさに彼のプレーは「残心」が体現されている。
パスやシュートの後にも、確実に心が、魂が途切れずにそこにあり続けるのを感じる。
そんな著書「残心」は彼の人生を綴ってある本なのでかなりの厚みがあるのだが、そんな憲剛の半生と同じくらいこの5年間は厚みのあるものであった。
そして、まだまだ余白がある白紙のページに彼は筆でしたためるかのように、中村憲剛はまた新たな歴史を作っていく。
その過程を見届けられることに、彼と同じ時代に生まれて来れたことに感謝をしながら、僕はまた彼のチャントを大声で歌える日が来ることを心の底から祈っている。
中村憲剛。僕のヒーロー。
復帰おめでとう。これからも、僕を夢中にさせてほしい。
あなたのプレーに、あなたの人間性に惹かれてこの人生を捧げよう、この人生を乗っけようと思った1人のサポーターより。
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