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ラスト・ジャーニー・ホールディング・ユア・ハンド

 それはどう見ても、男性の右腕だった。

 やや節ばった指、手の甲にうっすらと浮いた血管。皺などはなく、皮膚はぴんと張って瑞々しい。手首の骨は大きめに出っ張っていて、続く前腕には、取り立てて濃くはないけれど、産毛と呼ぶにはあまりにもしっかりとした毛が生えている。更に肘、細めの二の腕、そしてその先は……ふっつりと途切れていた。
 断面はない。つるりと丸くなっている。
 全体的に色の白い、おそらく若い男の腕が、なぜだか僕の目の前にある。
 作り物だろうか……? そう思って、恐る恐る、二の腕のあたりに指先で触れる。

 ふに。

 柔らかい。そして弾力がある。
 何より、ほんのりと体温を感じる。

 ……生きてる?

 そんな馬鹿らしい考えが浮かびかけたのとほぼ同時に――あろうことか――動いたのだ、その、腕が。

 たたたん、と指先が机を叩く小気味良い音。ぎょっとして二の腕の部分から手先の部分へ目を移すと、先ほどまで自然に開いていた指が、グッとその第二関節を曲げるところだった。

「ひッ」

 思わず間抜けな悲鳴が漏れる。なんだこれ。動くの? ほんとに……ほんとに生きてるのか?
 指が曲がるのにあわせて、腕の全体がずりずり、と動く。前に進もうとしているのか? 指の力だけで。
 這いずるようにウゾウゾと動くその姿は、なにか虫のようで気色が悪い……はずなのだが。

 なぜか僕は、その腕に親しみのような、好ましいような感情を持ち始めていた。

 僕はこの腕を、この腕の持ち主を知っているような気がする。
 そう思ったとき、ある笑顔が脳裏をよぎった。
 それは実際には会ったことのない、四月から始まったオンライン授業のグループディスカッションで何度か同じになっただけの……だけどそのウィットに富んだ発言や無邪気な笑顔がどうにも心に残って、いつのまにやら僕が恋してしまった――

「吉河くん……?」

 呟くと、腕は手首をこちらに曲げて、力強く親指を立てた。

【続く】

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