手紙には
手紙には心揺さぶられる。今までいろいろな手紙を受け取ったが一番印象に残っているのは、Mからの手紙だろうか。
Mは小学校から高校まで同じ学校でいわば幼馴染だった。細長い顔にメガネをかけ飄々とした風情、外見は目立たなかったが、成績は優秀でスポーツも万能だった。
中学生のころ、運動会のたびにクラス代表リレー選手になり、アンカーの赤いタスキをかけて風のように走る姿に恋心を抱いた。隠していたのに伝わってしまったらしく、彼は極端にわたしを避け始めた。当時の私はガリ勉で成績は良かったが、いろいろな役員を押し付けられて苦しい立場だったのにそんな私を助けてくれるどころか無視し続けた。
高校時代彼は男子ばかりのクラスになり、わたしには片想いの相手もできてすっかり疎遠になったが、大学に入学した秋、彼から突然手紙が来た。
「案内するから京都に遊びに来ないか」
彼は京都の大学、わたしは東京の女子大に入学していた。京都見物も悪くない、と京都駅で待ち合わせお気に入りの清水寺に出かけた。ところが、彼は腹痛を起こしトイレに何度も通うありさま、さんざんの再会になった。
帰ってから
「トイレが汚いから、と行くのを渋った僕に、お腹痛いの直すのが先でしょ、と言った君の怖い顔が嬉しかった」との手紙。数回京都デートを繰り返し、もうすぐ卒業、というころになってまた手紙が来た。
「結婚して下さい。Ich liebe dich」
心が動かなかったわけではないが、当時のわたしは就職も決まり、女性の独立はまず経済的独立から、と心に決めていたから、すぐに断りの返事を書いた。
「君の幸せを願っている」という短い手紙が最後だった。
あの時、彼と結婚していたらどうなっていただろう。彼そっくりの息子がリレーで走るのを大声で応援していたかもしれない。私に似た娘が、くよくよ悩むのをはらはらしながら見守っていたかもしれない。そんな人生も悪くなかったな・・・
京都が秋を迎え、テレビで紅葉の清水寺の映像が流れるとそんなことを考える。
おわり
小牧さんの企画に参加させてください。
小牧さんお世話をおかけしますがよろしくお願いいたします。