ピンチはチャンス!コロナ禍で危機に陥ったフリーランスに聞く「私はこう乗り越えた」
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ピンチはチャンス!コロナ禍で危機に陥ったフリーランスに聞く「私はこう乗り越えた」

フリパラ(フリーランス協会公式note)

新型コロナウイルス感染症の感染拡大で、仕事を失ったり、長い間休業を余儀なくされてしまったフリーランスは少なくありません。
そんな中、コロナ禍のピンチをみずからチャンスに変えたフリーランスもいます。今回は、大変身した3人のフリーランスに、ピンチの乗り切り方を聞きました。

音楽活動ができない!声楽家がコロナ禍で見つけた「新しいキャリア」

「これは世界の終わりなのでは?」――
 
 クラシック声楽家の横町あゆみさんは、コロナ禍のさなかにそう思ったこともあったと言います。横町さんはこの道15年のフリーランス。オペラ劇場合唱団員として年数本オペラに出演し、コンサート出演や声楽個人レッスン、合唱団の指導やボイストレーナーなど、自身の才能を生かした音楽活動を行ってきました。

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横町あゆみさん(本人提供写真)

それが、新型コロナウイルスの感染拡大の影響で、2020年3月の時点で、秋まで決まっていた音楽関係の仕事のすべてがキャンセルになってしまったのでした。「東日本大震災のときもそうでしたが、有事のときにはいかに演奏家が無力かを思い知らされました」(横町さん)

しばらくは無力感から何もできなかったものの、「このままではいけない、社会に貢献でき、なおかつ何らかの自己表現ができる場所を探したい」と動き始めました。

05年にプロ演奏団体のオーディションに合格して音楽家になる前に、音楽活動の傍ら、派遣社員として大手建設コンサルタントで営業事務職を経験したことがあった横町さん。声楽家になったあと、万が一に備えて資格や実務の備えが必要だと考え、ハローワークの無料職業訓練で3ヵ月勉強し、簿記2級を取得していました。

その資格が、コロナ禍のピンチから横町さんを救います。カルチャー分野に特化した会計事務所の求人募集を発見して応募してみたところ、“声楽家”のキャリアを買って採用が決まったのでした。

「今思えばこんなキャリアで採用してくださった会計事務所側としても相当な賭けだったと思います」と横町さんは苦笑するものの、音楽関係者で経理に明るいというのは、レアな人材だったことでしょう。

その後、国や自治体からは、コロナ禍でアーティスト支援となる様々な施策が打ち出されました。しかし、音楽家の中には、正確な確定申告ができていなかったり、支援金の申請の経験がないことから、困り果てる人も多数いました。横町さんが会計に強いことを知っていた友人や知人からは、次々と質問が届くようになりました。

そこで、横町さんは記帳指導・記帳代行を個人事業で始めてみることにしました。

「仲間たちをサポートしてあげたかった。そのために、自分の会計スキルを役立てたいと強く願いました。コロナをきっかけに帳簿つけに着手し、コロナ対策支援の恩恵を享受できた人が何人も出てきて、サポートできたことに大きな喜びを感じました」(横町さん)

現在は、横町さんにも音楽関係の仕事が戻ってきましたが、会計事務所勤務は非常勤で続けているそうです。収入面では、音楽関係:会計事務所:個人事業=40:45:15の比率になり、新しいキャリアの柱が生まれることになりました。

イベント収入激減 副業が「本業」に

 広告・メディア関係のディレクター・プロデューサーとして腕を磨いてきた中野勝広さん(52歳)。Webメディアの企画・制作・運営だけでなく、広告制作会社でイベントやセールスプロモーションのプロデューサーとして活躍してました。この分野でフリーランスになったのは約4年前。コロナ禍が起きる前には、1回のイベントで数千万円の売り上げを立てることもあったと言います。

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中野勝広さん(本人提供写真)

一方、約2年前から中野さんは、本業とは別に、Uber Eatsの配達員を副業として始めていました。配達員を始めたきっかけは、知人から「好きな時に働けるというライフスタイルと、本業として働けば、正社員として働くより倍ぐらい稼げる」という話を聞いたからでした。

まさか、その副業が“本業”になる日が来るとは、中野さんも想定していませんでした。

新型コロナウイルスの感染拡大で、イベント中心だった本業の売り上げが一気に激減しました。「世の中は刻々と変化しているので、あらゆる所にアンテナを貼り、新しい潮流を見つけ、今までの固定概念を0にして、再スタートを切るしかない」と考えた中野さんは、Uber Eatsの配達員を本業として活動することを決意します。配達員での収入から事業資金を蓄え、新しい事業展開を模索することにしたのでした。

ただ、Uber Eatsの配達員をやってみるうちに、フードデリバリーという産業の成長性を日々実感しつつも、配達員では事業としての限界があることも痛感していました。

そんなときに聞いたラジオ番組が、中野さんの新しい道を開きました。

聞いていたのはJ-WAVEで、AR三兄弟の一人である川田十夢氏がナビゲーターを務める「INNOVATION WORLD」という番組でした。たまたまバーチャルレストランの牧本天増代表が出演しており、個人でも開業可能な「ゴーストレストラン」(リアル店舗を持たない、デリバリーを専門とした飲食店のこと)の存在を知った中野さんは「これで行こう」と心の中でつぶやきました。

従来の飲食店ビジネスには全く興味はなかったものの、「フードデリバリーの成長率は伸びしろしかなく、まだプレーヤーも混沌としていることから考えれば、小資本でも勝ち目がある」(中野さん)と踏んだわけです。

現在は週5日はUber Eatsの配達員として働き、稼働日数や季節にもよるそうですが、月に約40~50万円の収入を稼いでいる中野さん。週の残り2日は、ゴーストレストラン開業のための準備に当てているそうです。開業資金のうち、自己資金の200万円を用意。銀行融資の承認もされ、ゴーストレストランの拠点となる物件の契約も締結されました。これから、内装工事や厨房機器の設置やプロモーションや保健所の営業許可を取りなど様々なタスクが残されていますが、世田谷区の千歳烏山駅近くに11月上旬の開業を予定しています。

「社会人になってから二十数年以上、広告制作やメディアの事業に携わっていたので、その経験を活かして、ダイレクトメールやオンライン広告やクラウドファンディングで、自社の店舗をプロモーションしていきたいと思っています」

クラウドファンディングは10月半ばに公開されたそうです。中野さんは、次の夢に向かって走り出しています。

リモートワークで住まいの狭さを痛感、都心を脱出して独立

新型コロナウイルスは働く場所にも大きな影響を与えました。

千葉県に本社のあるIT企業に社員として勤務していた高橋智計さん(39歳)は、”初期費用が掛からない”ことが売りの、都内の賃貸物件に住んでいました。

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高橋智計さん(本人提供写真)

ただ、部屋の広さは10平米。仕事を職場でするならまだしも、コロナ禍でリモートワークが始まると、住まいの狭さに暮らしづらさを感じるようになったと高橋さんは言います。
都内在住の社員は本社への出勤が原則禁止になったこともストレスの一因となりました。オフラインでの社内コミュニケーションがしにくくなってしまったからです。

仕方なく、2020年4月に本社近くのマンスリーマンションに引っ越しました。しかし、部屋の防音が今一つで、オンライン飲み会をするだけで隣人から苦情の紙を差し入れられる有様でした。

高橋さんはかつて新潟県庁の職員として勤務していたことがあり、退職後も新潟県に関わりの深い企業に就職し、県庁への営業窓口を担当していました。県庁相手ではオンラインというわけにもいかず、月に一度は打ち合わせで県庁に行っていたのですが、2020年7月にはGoToトラベルも始まったこともあり、打ち合わせの前後に新潟に滞在し、リモートワークを行っていました。

「(新潟滞在していたほうが)むしろ能率は上がりました」(高橋さん)

新潟での滞在中、新潟県湯沢町で移住支援の仕事をする知り合いに誘われた高橋さんは、誘いに乗って湯沢に「お試し移住」することに。豊かな自然の中で伸び伸びリモートワークをしている中で、現地のリゾートマンションが100万円以下で買えるという情報を聞きつけ、「出勤しなくていいのであれば、いっそマンションを買って移住してもいいのでは」と興味を持ちます。
10月には湯沢の物件の内見に訪れ、購入を検討することにしました。

しかし、当時はまだリモートワークもそれほど一般的だったわけではなく、会社の制度も整っていなかったこともあり、「どうせなら」と思い退職を決意。11月には湯沢に移住し、フリーランスとして独立することになりました。

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湯沢町の景色(高橋さん提供)

現在は、かつて勤務していた会社から業務委託として仕事を受ける一方で、ウェブ記事制作のディレクションやプレスリリース作成代行、リラクゼーションサロンの経営、加えて古巣である新潟県からの業務を請け負うなど、仕事量はむしろ増えたとのこと。せっかく購入したマンションには週末しか帰れない生活が続くも、収入は会社員時代と比べても大幅に増えたとか。

半年で劇的な変化を遂げた高橋さんですが、湯沢で暮らしてみて、生活はますます忙しく、しかしやりがいを持って仕事ができるようになりました。

「週末だけでも湯沢に帰るとほっとできます」

◆ ◆ ◆

「ピンチの乗り越え方」には、三者三様の物語がありました。ピンチをチャンスに変えるのは、自らの経験と、立ち止まらない勇気なのかもしれません。

(文・フリパラ編集部)


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