1つの武器で50年。”手に職”系フリーランスに学ぶ、技を磨き、長く続けるための心得~映画『本日公休』&『顔さんの仕事』
誰もが必ずお世話になる理髪師や美容師。最近は性別問わず美容室に行く人が増え、理髪店を見かける機会はぐんと減りましたが、“手に職”系のフリーランスとしては比較的接する機会の多い職業ではないでしょうか。
新人の間はどこかのサロンに見習いとして勤めることが一般的でも、経験を積めば、フリーランス美容師としてサロンと契約し、自由度高く働くことが可能。独立して自分の店を持つこともできます。技術と顧客がつけば、長く働き続けられる仕事です。
ただ、最近は物価高も影響して格安・時短をうたう店も増えていますし、不景気になると真っ先に削られ得るのはこうした美容代であることも事実。長く続けていくために、必要なものは何か? 台湾映画『本日公休』には、そのヒントが詰まっていました。
「時代遅れ」「儲け下手」と言われても、お客本意の姿勢で40年
9月20日公開の『本日公休』は、傅天余(フー・ティエンユー)監督が、台湾・台中市で今も理髪店を営む自身の母親をモデルに撮った作品。実際にご実家の理髪店でロケしており、地元の人々に愛される店の日常を待合席から見ているような気持ちになります。
下町に理髪店を開き、40年にわたって地元の人たちを散髪してきたベテラン理髪師・阿蕊(アールイ)。3人の子供たちは成人して家を離れていますが、いまだに彼女の心配の種です。台北でスタイリストをしている長女は恋人と結婚する気配もなく、今どきの美容室で働く次女は離婚歴のあるシングルマザー。一攫千金を夢見る長男はいろいろ大口をたたくけれど、定職に就く気はなさそうな無職です。
何十年も通い続けてくれる常連客を相手にハサミを握ってきた阿蕊にとって、子供たちの価値観はまるで異次元。子供たちにとっても、昔からやり方を変えない母は「頑固者」で「時代遅れ」です。
阿蕊の日課の1つは、常連さんたちの予定の確認。なじみの番号に電話をかけては「そろそろ散髪の時期ですよ」と声をかけます。子供世代にとっては割に合わない一手間も、阿蕊にとっては大事な仕事。ある日、数十年も通い続けてくれる歯科医の家に電話すると、家族から病床にいるとの返事が。阿蕊は散髪道具一式をバッグにつめ、店を臨時休業にして出張散髪に出かけるのですが…。
時の流れとともに変わっていくものと、変わらないもの。映画はそれを阿蕊の仕事や心情を通して繊細に浮かび上がらせます。また、お互い心配でたまらないのに、なかなか理解しあえない親子の世代間ギャップを描いた作品でもあります。
実は筆者の父も、その道50年の現役美容師です。理髪師か美容師か、お客の多くが男性か女性かの違いはありますが、本作の傅監督に取材した時、同じように親が経営する実家の店の中で、お客さんの後頭部を見ながら育った話で盛り上がりました。
そこで父に、長く店を続けられているベテラン美容師の特徴を聞いてみました。
映画の中の阿蕊と「小柄」の項目以外は特徴がぴったり。あくまでうちの父の個人的見解で、時代の違いによる顧客のニーズの変化もあるとは思いますが、意外だったのが後ろの2つ。美容師というとクリエイティブで流行に敏感な職業というイメージがあるかもしれませんが、本人以上にお客の髪の生え方や似合う髪型を熟知し、人生の節目や行事に髪を整えられるよう店を開ける、そんなお客本位の仕事であると言えるでしょう。
子供たちに時代遅れだと言われても、儲けるのが下手だと言われても、変わらない方法で営みを続ける阿蕊。基本に忠実に、丁寧な仕事を続ければお客さんはついてくるもの。昨今は喫茶店などレトロな雰囲気の店が人気を博していますが、見た目の“映え”だけではなく、そこに行けば丁寧な仕事で迎えてもらえる特別感が味わえる。続いている店にある“自分が大事にされている”感覚に魅力を感じる人は多いのではないでしょうか。
成長が止まったと感じても、手を動かし続けて到達した「神業」
今回は、大ベテランの手仕事の偉大さを教えてくれる台湾の映画をもう1本紹介します。8月31日公開のドキュメンタリー映画『顔(イェン)さんの仕事』です。
本作は、映画館の前に飾る絵看板を50年以上描き続けている顔振発(イェン・ヂェンファ)さんのドキュメンタリー。日本の今関あきよし監督が台湾に飛び、イラストレーターの三留まゆみさんを聞き手に、顔さんの仕事をじっくりカメラに捕らえています。
映画館の絵看板というのはニュース映像などで見たことがあるかもしれませんが、実際に目にする機会は、もうほとんどないと思います。
顔さんは台南にある映画館・全美戯院のために、今も上映作の看板を描き続けている人物。今年の台北映画祭(台北電影節)で貢献賞を受賞するなど、その業績が高く評価されています。
顔さんが映画看板の仕事を始めたのは18歳の時。子供の頃から絵がうまく、中学時代は新聞に載っている映画の写真を見ては真似して描いていたとか。18歳で当時の師匠と出会い、映画看板を描き始めたそうですが、師匠といっても手取り足取り教えてくれるわけではなく、その仕事ぶりを見ながら自分の実力を伸ばしていったと言います。成長が止まったと感じる時があっても、「師匠の仕事を見て学び、さらに上に行く」と語るエピソードが印象的です。台湾映画界が盛り上がっていた1970年代には月に100枚から200枚の看板を描いていたという顔さん。今年で71歳になりますが、これまでに手がけた手描き看板は数千点に上ります。
簡単な下描きだけで、絵の具をどんどん置いていく顔さん。タイトル部分に関しては、下描きすらありません。そういえば、北京五輪の演出なども手がけた中国映画界の巨匠チャン・イーモウ監督も、若い頃から構図を考える時に定規なしで完ぺきな直線が引けたそうなのですが、顔さんもそんな天賦の感覚を持って生まれた方なのでしょう。
もちろん50年の積み重ねがあってこそだとは思いますが、このドキュメンタリーで見られる顔さんの仕事はまさに神業。もともとスパイダーマンが描かれていた看板が次第に変化し、『THE FIRST SLAM DUNK』の絵が浮かび上がってくるところには鳥肌が立ちました。映画の看板は基本的に使い回しで、数回上書きすると廃棄されるため、長年描き続けてきた絵はほとんど残っていないとか。なんともったいない…! そんな隠れた天才の貴重な職人技が見られる『顔さんの仕事』、上映館や上映日数が少ないので、この機会にぜひお見逃しなく。
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フリーランスは時代の流れを読み、スキルを掛け合わせて変化していくことが必要だとよく言われます。ですが、会社や組織の方針に左右されず、1つの技術をひたすら磨いていくことができるのもまた、フリーランスだからこそできる贅沢な働き方と言えるのかもしれません。
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