「“器用貧乏”になってはダメ」 撮影監督・芦澤明子さんに聞く、フリーランスとして長く活躍する秘訣
かねてから“男社会”だと言われてきた日本の映画界。そこで1990年代から第一線で活躍し、数々の名作で撮影を担当してきたのが芦澤明子さん。黒沢清監督の『トウキョウソナタ』(08)や沖田修一監督の『南極料理人』(09)、原田眞人監督の『わが母の記』や大友啓史監督の『影裏』(20)など、そのフィルモグラフィーを見れば、芦澤さんのカメラによる作品を一度は目にしているのではないでしょうか。
最新作は8月20日(土)公開のインドネシア映画『復讐は私にまかせて』。近年はアジアの若い監督の作品にも参加するなど、フットワーク軽く活躍の場を広げ続けています。
そんな日本のカメラウーマンの草分け的存在である芦澤さんに、同じフリーランスとして長く活躍する秘訣や、最近関心が集まっている映画業界の働き方に対する考えまで、お話をうかがいました。
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さまざまな監督たちとコミュニケーションをとるには?
――芦澤さんほどのキャリアを積むと、世界中の監督からオファーが来るのではないですか?
芦澤明子さん(以下、芦澤):いえいえ、ないですよ。大げさです(笑)。
――『復讐は私にまかせて』のエドウィン監督は、国際的な映画祭でも数々の受賞歴があるインドネシア映画界の若き俊英です。仕事のオファーを受けるときに、基準にしていることはありますか?
芦澤:エドウィン監督とは「アジア三面鏡」(※)で仕事をしたことがあり、その時に今回のオファーを受けて「ぜひ」と即答しました。非常に温厚で人を統率するのが上手なわりに、自身の思い込みに対しては誠実な人で、そういうところに魅力を感じる監督ですね。おだやかで皆の意見は聞くけど、自分の執着するものは変えないところがあります。
海外の作品の場合は、まず現地で何かあったときにちゃんとフォローできる制作会社かどうかというところも調べます。日本国内の作品の場合は、仮に知らない監督の作品でも、脚本が面白いなど、何か1つ自分が引き付けられるところがあれば引き受けますね。
(※)日本を含むアジアの気鋭の監督3人が、ひとつのテーマのもとにオムニバス映画を共同製作する、国際交流基金アジアセンターと東京国際映画祭主催のプロジェクト。
――撮影のお仕事は、監督らと密にコミュニケーションを取りながら、その考えや脚本に書かれたことを映像にしていくことだと思うのですが、相性みたいな部分は気になりますか?
芦澤:やってみてなんとなく相性が良くないと思う場合もありますよ。でも、何でも、合わないことってあるじゃないですか。それは他のところ――たとえば、美しい映像を撮ろうとか、脚本の面白い部分を吸い上げようとか、自分なりにできることを考えて、やりがいを見つけたりします。
いい作品ができる現場は“目指すもの”を共有
――映画の現場というのは、それぞれのパートのプロフェッショナルが集まってチームで作品を作り上げる現場だと思うのですが、経験上「満足いく仕事ができた」と思う現場に特徴はありますか?
芦澤:1つ言えることは、「何を目指しているか」が分かっている現場ですね。つまり監督がブレていなくて、他の人たちにもそれに付いていく姿勢がある。そういう現場は充実感があります。向かうべき目標を皆が分かっている時は、いいものができていると思いますね。
現場がすっごく楽しかったからといって、結果がいいとは限らない。(撮った映像を)繋いだものを見て「現場の方が面白かったね」というケースもあるんですよ(笑)。ご飯を食べる時間が遅くなっても、撮影が夜遅くまでかかっても、エネルギーに満ちている現場がある。「早い時間に終わったから、うまくいった」というわけでもありません。もしかしたら監督がクリエイティビティを犠牲にして早く終わらせたのかもしれないし、狙いが分からないまま進めてしまったパートがあったりすると、一体感がないですからね。
フリーで活躍し続ける秘訣は“引き出しを増やす”
――芦澤さんがフリーランスで活躍し続けられた秘訣は?
芦澤:人との繋がりですよね。今はメールで用事を済ませられる世の中ですが、やはりできるだけ広く人と付き合っていた方が、何かあった時には助かります。それから、自分をアピールするためにも、普段から引き出しを増やしておくことが重要だと思います。
――引き出しを増やすために、どんな努力を?
芦澤:私にも仕事がない時期がありましたから、そんな時には、映画以外のいろんな興味――たとえば読書をするとか美術を見るとか、学ぶというか“楽しむ”ことを大事にしていました。映画ではなく、ちょっと異業種をのぞいてみて、それから再び自分のやりたいことに目を向けると、客観的に見えるようになります。
私は普段、雑記帳を持ち歩いて「競馬ですごい馬が出てきた」「一番ドンケツを走ってたのに、急にものすごい力を出して1着になった」とか、面白いと思ったことを書き留めているんです。興味の対象は、いろいろあった方がいい。最近は何だか、自分の思いを最短距離で実現しようとして道草ができない仕組みになっている。でも、うんと道草をすれば知識も広がるし、出会いも広がるような気がします。
――引き出しを増やしたことが撮影の仕事に役に立ったと感じるのは、どんな時ですか?
芦澤:たとえば「台本の深いところまで読める」ということがあると思います。今回の映画でも、インドネシアのスハルト大統領の時代について知っているのと知らないのとでは、作品についての理解や取り組み方が全然違ってくると思う。すぐに反映できなくても、今その時代に生きている以上、世界で起きていることを知ることは大切。いろんな知識を得ておくと、絶対役に立つ時がくると思います。
新しい情報のキャッチアップは貪欲に
――撮影の技術というのは、機材の進化なども含めて日進月歩だと思います。常に新しい情報をキャッチアップし、第一線で活躍し続けるために努力していることは?
芦澤:実は私も機械はあまり得意ではないのですが、新しいカメラの展示会などが開かれていると、応募してどんどん見に行くようにしますね。そこには同じような考えを持った人が集まるので、交流も広がります。言葉は悪いですが、「顔を売る」ということでしょうか。
もう1つ、私が続けてこられた理由として、「器用ではない」ということもあると思います。もし器用だったら、「編集もできるよね? ちょっと人手が足りないから編集を手伝って」などと言われて、そちらにはまってしまったりする。ある程度器用に見せることも大事だけど、“器用貧乏”になってはダメだということを伝えたいですね。
若手が活躍するアジアの映画業界
――インドネシアのスタッフには若い人が多かったそうですね。最近は中国映画にも参加されたそうですが、中国も、映画のスタッフから映画祭などを取材にくる記者まで若い印象があります。アジアの他の国の映画界の勢いみたいなものは感じられましたか?
芦澤:インドネシアの現場もスタッフも若い人が多かったですし、今回、仕上げのグレーディング(映像の階調と色調を整える画像加工処理)作業をタイのスタジオと東京のイマジカをリモートで繋いで行ったのですが、画面に映るタイのスタッフを「みんな若いよね、すごいなあ~」とか言いながら見ていました。若いだけではなく、元気もあります。しかも責任を持たされているという環境が、相乗効果として業界を押し上げていくのではないでしょうか。
ハラスメントをなくす取り組みは継続が大切
――映画業界のハラスメント問題に関心が集まっていますが、長く業界の第一線で活躍されてきた芦澤さんは、この動きをどうご覧になっていますか?
芦澤:幸いだったのか、私が鈍かったのか分からないのですが、現場で女性がセクハラに遭ったり、パワハラに遭ってモノを投げられたりという場面を目にしたことがないのです。以前の自分にはそういう認識がなかったのかもしれませんし、撮影班って意外と早く帰ってしまうこともあるので、知らなかったこともあるのかもしれません。もちろん目の前で起きたら絶対にダメだと止めますが、正直、身近な問題というリアリティがなかった。
だけど映画業界のために声を上げてくださっている皆さんの取り組みには賛成ですし、クランクイン前に行われるようになったハラスメント撲滅講座なども、繰り返し聞いているうちに身になってくると思います。続けていくことで、変わっていくのではないでしょうか。
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