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私は稼げない仕事を続ける「夢見る女」なの? 映画『オマージュ』が描くジレンマ

継続して仕事を確保することが難しく、廃業する人も多いフリーランス。駆け出しの頃は単価の安い仕事も多く、数をこなすことで心身共に疲弊してしまう人も。

「フリーランス白書2022」によると、年収200万円未満が21.8%、同200~400万円未満が29.4%とあり、半数が400万円未満という結果が出ています。5人に1人いらっしゃる200万円未満の層では、仮に一人暮らしでも厳しい生活を強いられるはず。私もライター業でフリーになった時、友人に報告すると、「頑張って」より先に「だったら仕事の獲得よりまず婚活だね。毎月お給料持って帰ってきてくれるダンナを確保しなさい」と言われたことを思い出します(遠い目)。

パートナーがサラリーマンなら、確かに生活基盤は安定するかもしれません。でも…。今回ご紹介する韓国映画『オマージュ』は、サラリーマンの夫と「フェアな関係で暮らしていけるのか問題」に直面している中年の女性映画監督が主人公です。

60年代の女性映画人たちの苦悩

「映画監督」という職業は、作品を1本完成させるまでに時間がかかるうえ、ヒットしなければ赤字で終わるリスクも大きい仕事。有名監督であっても「次回作が撮れるかどうか」という不安を抱えている非常に厳しい世界です。

『オマージュ』の主人公ジワン(イ・ジョンウン)もまた、映画を作り続けるか、諦めるかの岐路に立たされています。
ヒット作を撮ることができず、次回作の目処が立っていないジワン。悩める彼女のもとに、1960年代に活動した女性映画監督ホン・ジェウォンの映画『女判事』(1962年)の復元作業の依頼が舞い込みます。このホン・ジェウォンという監督は、韓国で2人目の女性監督ホン・ウノン氏をモデルにしており、『女判事』は彼女の1962年の作品です。韓国初の女性判事が夫に毒を盛られたという実話をもとにしています。

たった3本の映画を残し、姿を消したホン・ジェウォン監督。やはり3本目を世に送り出したところでキャリアの岐路に立たされているジワンは、ホン監督に自分を重ね合わせていきます。ジワンは、資料として提供されたホン監督の取材ノートから、“三羽ガラス 明洞茶房”と書かれた3人の女性が写った写真を見つけます。そのうちの1人は、ホン監督の作品にも参加した女性編集者イ・オッキでした。

『女判事』の映像を確認しているうちに、あるシーンが抜け落ちていることに気づいたジワンは、消えたフィルムの謎を追って、田舎でひっそりと暮らしているイ・オッキを訪ねます。80代になった彼女から語られたのは、「女が編集室に入ると縁起が悪い」と塩をまかれたという当時の女性映画人たちの苦労。ホン監督に縁のある人々を訪ね、その作品や足跡をたどりながら、ジワンは映画作りに情熱を傾けた上の世代の彼女たちに思いを馳せ、見失いかけた自分自身をも復元していきます。

夫や子どもから「仕事」だと認められない

復元作業と、失われたシーンを見つけることに没頭していくジワン。ジワンには身の回りのことは何から何まで妻任せの夫と、まだまだ世話の焼ける高校生の息子がいます。
夫は、稼げないのに妻が仕事に没頭し、夫の自分を顧みないことに不満を持っています。自分が家計を支えているのだから、自分を大事にしてくれて然るべきだというスタンス。仕事をするなとは言いませんが、「夢見る女といると寂しい」と恨み言を口にします。息子は息子で、家事は二の次のジワンに「映画監督は諦めたら?」と促してくる。夫も息子も、ジワンがやっていることは「夢を追うこと」であり、本心では「仕事」だと認めていない。ジワンの悔しさに共感を覚えるフリーランスは多いのではないでしょうか。

家族に文句を言われながらも、仕事に没頭するジワン。やがて、その体に異変が…。
継続が難しい職業であること、家庭のある女性であること、さらに年齢という壁がジワンの前に立ちはだかります。妻でもなく、母でもなく、監督でもなく、そのうえ女でもなくなってしまったら…? 降りかかる困難を淡々と受け止めつつ、割り切りたくても割り切れないジワンの複雑な心境を、『パラサイト 半地下の家族』のカギとなる家政婦役などで知られるイ・ジョンウンが好演しています。

上の世代から託される「撮り続けて」のバトン

やがて、カットされたシーンのフィルムが、思わぬ所で見つかります。そのフィルムをつないでくれたのは、他でもないイ・オッキ。そこに映っていたのは…。
同じように悩み、闘ったけれども、力尽きてしまった女性たちに思いを馳せるジワン。彼女たちの苦労の上に今のジワンたちがいる。上の世代から、新しい世代へ。フィルムをつなぎながら、「撮り続けて」という祈りのバトンが渡されていきます。それがどんなに難しいことであっても、独りではないと、そっと背中を押してくれる。そんな美しい演出です。

フリーランスで、いつまで頑張れる? そんな悩みを抱えている人には、心に寄り添ってくれる1本になるのではないでしょうか。

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『オマージュ』
ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか公開中
配給:アルバトロス・フィルム
公式サイト:hommage-movie.com
©2021 JUNE FILM All Rights Reserved.

新田理恵
ライター・編集・字幕翻訳者(中国語)
大学卒業後、北京で経済情報誌の編集部に勤務。帰国後、日中友好関係の団体職員を経てフリーに。映画、ドラマ、女性のライフスタイルなどについて取材・執筆している。
Twitter:@NittaRIE
Blog:https://www.nittarie.com/

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