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スローフラワー|パリの魔法の花畑

 8月の暑い昼下がり、Pleinairプレンエール(野外、外の意)という名の、パリで最初のビオディナミの花のファームを見学に訪れた。メトロ駅テレグラフのほど近くにベルビル墓地があるのだか、なんと墓地の中を突っ切ると、その奥にファームへの扉がある。ちょっとびっくりする立地なのだが、扉の向こうには、さらに、魔法がかかったような花畑が待っていた。


小さなパリのオーガニック花畑

 1200㎡ほどのこの小さなフラワー・ファームをたった一人で立ち上げたのは、日本人の母を持つというステキなパリジェンヌMasamiさん。農業に飛び込む前はロンドンでインダストリアル・デザイナーをしていたという。とにかくスピードに乗ってどんどん資源を使い捨てていくようなデザインの仕事の仕組みに疑問を持ち、そうではない、時間はかかるが(スロー)、育てることがあらゆる資源を繋いで循環の輪をつくるという意味で真逆の、しかも創造する、生み出すというクリエイティビティーは共通する自然な農業に興味をもった。そしてモロッコのビオディナミ農場やウェールズのオーガニック農場で修行を重ね、遠く母の故郷である日本にも赴き、持ち帰ったEM菌はいまこの畑の土壌をとても豊かなものにしているのだという。

生きものに向き合い、慈しみ育てること


 パリ市はこのところ大変な勢いで都市緑化を進めているが、その一環で農業プロジェクトのコンクールが過去何度か行われている。このコンクールで選ばれて土地の借用をし、花畑が始まって3年が経つ。少しずつ土地を整備し、3年かけて、今年はようやく全部の面積を栽培に使えるようになった最初の年なのだそうだ。
 本当にゼロから始めたから、他の仕事も掛け持ちしつつ、すべてのエネルギーをこのファームに注ぎ、毎日くたくたで、本当に大変だったし、今も大変。でもこの仕事のいいところは、この場で生きもの(育てている花々)が生まれてから死ぬまで、ある意味、生死のサイクルのすべてに立ち会えること。それで倫理的にも精神的にも彼らに対してすごく責任感を感じるようになった。水やりをするのでも、他の作業にしても、生きているものに対する責任感がある、と語る彼女の真摯な姿には、生きているもの、自分の創っている仕事への愛が溢れている。

環境に配慮する栽培の理由


 すてきなフローリストが軒を並べて切磋琢磨するパリ市内、つまり花の一大消費地で、ローカルな花を栽培、供給できれば輸送距離も少なく、新鮮な花が届けられる。パッと聞いただけでも理にかなうグッドアイディアだ。しかしそればかりではない。ファームのある土地は元々工業用地だったため、土壌は金属汚染が残り、野菜等の栽培には適さなかったゆえに、口に入るものではない自分の花栽培のプロジェクトが選ばれたのではないか、という話を聞いてハッとする。確かに土壌汚染は都市農業がよく遭遇する問題である。オーガニック栽培でも土壌が汚染されていては元も子もないというパラドックスである。しかし、環境に配慮する意味は、もちろん口に入るものばかりに対してであってはならない。これ以上環境を破壊しないことが大切で、出来るところから土壌を改良して行く事は、マイナスのスパイラルをプラスのスパイラルに変えていく一歩となる。その第一歩を日常、非日常の暮らしを飾る花々が担うことができるというのは、なんだか感動的ではないだろうか。

自然な時間の流れに寄り添う美しさ


 フランスで露地栽培をする場合、切り花のシーズンは通常3、4月から10月まで、最大8ヶ月だという。ところが、切り花販売のピークの一つは、2月14日の聖バレンタインデーなのだそうだ。ちょっと考えてみれば、どう頑張っても野外で2月にバラは咲いてないのだ。バレンタインデーの花束のバラは、季節の違う遠い国か、温室育ちか、その両方かでなければありえないのである。。。
 
 ふとファームを見回すと、盛夏から秋の始まりに向かう今、ジニアやサルビア、コスモスが干し草のマルチングの上に元気に育って、色とりどりに咲いている。午後の光を受ける花々が織りなすファームの風景は、自然体で美しい。ここには自然の時間そのものが流れている。そのせいだろうか、この場所にはなんともいえず不思議な、心癒されるオアシスのような気配が漂っている。

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