見出し画像

それ行け!低スペック脳少年!


「もうお前の事なんか知らん。好きに生きてけ。」


父親から言われたその言葉は、当時高校卒業を迎えたばかりの私には非常に重い言葉、


だった筈なのだが、実際は、

わ!どうしよ!好きなことだけで生活ができる!


と逆にワクワクしていた。なんてお気楽能天気な人間なのでしょう。


田舎の中では進学校だったので、当然周りの友人は全員大学に進学。
でも私はその瞬間からアーティストとして生きていくことになったのだった。

画像1

弟子入りからデビュー、地元での演奏活動を経て。


私は小学校の頃から親の勧めでサックスを吹いており、高校は吹奏楽が全国レベルで強い学校に行きたく、死ぬほど勉強して入学した経緯がある。


なので父親から好きに生きろと言われた瞬間から、私はサックスプレイヤーとして生きていく事が決まったのだ。

ではどうやったらサックスプレイヤーになれるのか、それは勿論弟子入りしかない!と単純明快で低スペックな私の脳がそう判断すると、次の瞬間には師匠に会いにいって弟子入りをお願いしていた。


そこから1日最低でも5時間、毎日練習する日々が続く。
軽い気持ちで入ったバイト先もなぜか常勤に上がってしまい、週5勤務の8時間みっちり働いていた。全くもって謎である。


休みの2日間で師匠経由で頂いた演奏依頼の仕事をこなす日々。
カフェからイベントまで幅広く対応した。


地元なので当然応援してくれる人は多い。
友人は皆学生なので自然と一目置かれるし、なんか人より頑張ってる自分に完全に酔ってもいた。だからやる気だけはモリモリ湧いてくる。


修行の日々が続く中、次第にこう思うようになる。


そろそろオリジナル曲をやりたいな。そして自分のライブも!


今思うと完全に調子にのっているのだが、低スペック脳の私には全くもって正しい判断であり、即行動に移した。
試行錯誤の末、ショボいMTRを手に入れ楽曲制作にのめり込む。


8トラックしか録音できない機材で、当時ステレオとモノの違いも分からない私は、相当ショボい音源を完成させ、それをバックにライブ活動を始めだす。


しかも普通にロックバンドが集うライブハウスでだ。


マーケティングも何もあったもんじゃない。完全にアウェイな状況の中で一人黙々と演奏し続ける。


当然人気なんて出るわけもなく、少数の友人に応援してもらいながら自分の活動に酔いしれ、次の活動計画を立て始める。

そうだ、今度は東京で勝負しよう!

いやいや、まだ地元でも何も結果を出してないぞ。


しかし低スペック脳を持つ私には、
そんな事は一切考えなれないのであった。

画像2


何のコネもなく東京へ、そして挫折の日々。


さて、念願の東京進出を果たした私。期待に胸が踊っている。

が、コネや知識は何もなく、どうやったら仕事にありつけるのかも分からず、次第に現実が容赦なく私を苦しめる。


何とかライブ活動を続けるものの、地元にいた心優しい友人たちはもういない。師匠もいないので当然演奏の仕事も取れない。オーディションは落ちまくり、全く何も前進しない。コロナより前にいち早く私は無観客ライブを実践していたのだ。

トドメはライブ中にステージの照明が切れ、音源も途中で止まった時だった。ライブハウス側の機材トラブルだったのだが、その時私の心の中の何かが完全に切れてしまった。

あ、自分はもうダメだ。

それから私は一人でのライブ活動を辞めてしまうのだった。

画像3


仲間との出会い、成功とキャリアチェンジ


完全に自分の力を過信していたことがわかり、絶望の中、当時付き合いのあった音楽仲間に相談をしてみた。自分のかっこ悪い話を他人にするなんて、当時の私には拷問に近いものだったのだが、誰かに話せずにはいられなかった。

そしたら話の流れで仲間とバンドを組むことに。


こうなったらヤケクソだ。何でもやってやる!

そんな気持ちで出来る事は全てやってみた。


不思議と他人との活動となると客観的に物事を見れるようになり、必要なプランや行動が全て明確になっていく。
勿論ソロでやってきた数多くの失敗事例があったからこそなのだが。


がむしゃらに動くこと数ヶ月。


気が付けばライブハウスは自分たちのお客さんで満員に。


サックスの仕事や楽曲制作の依頼も増えてきた。所属事務所も決まりそうだった。

しかし社会人になって初めての絶頂タイムに差し掛かった最高の日々は、
そう長くは続かなかった。


なんと相方がリタイアしてしまった。


私のやり方がハード過ぎたからだ。

ここでも結局私は自分の世界しか見えていなかったのだ。

画像4


キャリアチェンジとパラレルキャリア

それからバンドは解散し、また一人の活動へと戻るわけだが、一人での活動は失敗することを散々学んだは私はキャリアチェンジを考えるように。

そして初めての就職を決意し、サラリーマンとしての人生がスタートする。


小売での販売職だったのだが、販促企画で大きな成果が出て、
その実績をもとに転職活動を行い今はキャリアアドバイザーとして勤務している。

音楽活動で身をもって経験した失敗事例が、サラリーマンとして働くこと全てに応用できることにかなり驚いた。売り物が自分から他に変わっただけだし、何より私よりもニーズがある商品なわけだから、戦略を立てるのも非常に楽なのだ。

また、若い頃から考えなしに様々なことに取り組み失敗し、人間関係でも沢山迷惑をかけしまった経験も、現在のキャリア支援という仕事に大きく活きている。

「今よりももっと活躍できる場があるのではないか」
「人間関係のトラブルから脱したい」

こういったクライアントの気持ちが私には死ぬほど理解出来るし、
なんとか改善できる策はないのか、全力で応えていきたい、そう思えるのだ。

なにより低スペック脳で散々失敗ばかりしてきた私がクライアントに伝えたいのは、

人生足掻いてたら何とかなるもんだ

ということ。

諦めずに最後まで挑んでいたら、いつか必ず風向きは変わる。
そのための手伝いができるのなら、こんなに嬉しいことはない。


実は今私は音楽活動もひっそりと再開し、サラリーマンをしながらネット上でフリートラック制作に明け暮れている。これが心底楽しく、キャリア支援同様自分の生きがいにもなっている。ありがたいことに評判は良く、購入実績も順調なのだ。


能天気に好きなことだけで生きていこうとしたら、地獄のような経験を沢山積むことに。ただその経験は結果、私を幸せにしてくれたのだった。

今やっと私の脳は低スペックから中スペックぐらいにはなったのかもしれない。

画像5



この記事が参加している募集

自己紹介

#あの失敗があったから

3,944件

締切:

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?
気軽にクリエイターの支援と、記事のオススメができます!
3
主にYouTubeでフリートラック音源を配信しているChivaBeatzのnote。 新作更新のお知らせや、活動状況の報告、その他音楽に関するトピックを発信していきます。