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デリカシーの欠片すら持たない、ぼくが僕になるまで

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ぼくが僕になるまでの物語です。ありったけの魂を込めましたので、ぜひお読み下さい。
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2019年2月の記事一覧

デリカシーの欠片すら持たない、ぼくが僕になるまで

デリカシーの欠片すら持たない、ぼくが僕になるまで

★君のために覚えたんだ。

「あなたって、どうしてそんなに一つのことに夢中になれるの」ミユは寝そべっていた身体を起こし、ソファから起き上がった。膝の上にはかけてきた茶色い縁の丸眼鏡。度は入ってなさそうだ。昔から彼女は遠くに強い。
 僕は視線を読んでいた本へと戻し、「人より一つに夢中になっているっていう自覚は、僕にはないな」
「現に今がそうじゃない。わたしが寝ている間にそうやって本を読んでいたわけじ

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デリカシーの欠片すら持たない、ぼくが僕になるまで

デリカシーの欠片すら持たない、ぼくが僕になるまで

★協定その七:この家の他のことについては一切聞いてはいけない。

「また旅行?」
 甲野さんはクローゼットからシャツ三着と薄手のセーターを取り出すと、出したそばから次々にベッドの上へと水平に投げつけていた。手から離れたシャツとセーターは、うすっぺらい放物線を描いて真新しいベッドの上、既に下着が置いてある横へと無事着陸。早くも入荷したてのセミダブルのベッドを、甲野さんはここぞとばかりに使い倒している

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デリカシーの欠片すら持たない、ぼくが僕になるまで(幼少期⑦)

デリカシーの欠片すら持たない、ぼくが僕になるまで(幼少期⑦)

「母さん。机に置いてあったぼくの本、どこにあるか知らない?」
「どこの机?」
「ぼくの部屋に決まってるだろ」
 母さんは読んでいた雑誌から顔を上げた。「知らないわ。お母さん、今日はあなたの部屋に入っていないもの」

 ぼくはもう一度自分の部屋へ戻って探してみることにした。でも探すとしてもあとは机の裏ぐらい。それか、ほこりのたまっている本だなの上か照明の上ぐらいか。とにかく、空中にでもほうり上げでも

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デリカシーの欠片すら持たない、ぼくが僕になるまで(青年期⑥)

デリカシーの欠片すら持たない、ぼくが僕になるまで(青年期⑥)

★ 笑うことには何の理由もいらないよ。

外は予想以上に暑かった。見えない熱気で冷え切った身体が急速に温められていく。もうちょっと段階的でもいい気がする。根野菜のように真水ぐらいの温度から温めてみてはどうだろうか。人っていう生き物は小松菜やほうれん草よりは、どちらかと言うと人参や蓮根に似ている体型なんだから。

 赤茶色と焦げ茶の入り混じった正面広場を抜け、ミユと僕はエスカレーターに乗った。待って

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