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『伝説のトレーダー集団 タートルズの全貌』監訳者あとがき全文公開【試し読み】

全米のトレード業界を驚愕させるパフォーマンスを実現させたタートルズのトレード手法やルールなどを含めた実験の全貌を描いた異色ノンフィクション『伝説のトレーダー集団 タートルズの全貌』(マイケル・W・コベル著)、本書の監訳者あとがきを全文公開させて頂きます。


監訳者 あとがき

すべては規律と価格!

二〇〇八年に出版された『ザ・タートル─投資家たちの士官学校』を復刻したいという話が舞い込んできたことは、非常に幸運であり、ワクワクもした。なぜなら本書は、タートル関連の書籍としては世界的に最も長く売れ続け、発行部数も多いのだが、こと日本ではそこまでには至らず、絶版になっていたからだ。これはある種、日本の特殊性によるところも大きいだろう。同時に、監訳者兼翻訳担当管理者としての責任も感じていたため、巻き返しを図るよい機会になったと思う。さらに本書では、アメリカのペーパーバック版に盛り込まれた新たな「あとがき」が掲載され、タートルたちとその手法をより深く理解することに役立つはずとも感じたからである。

新しい「あとがき」は、「楽屋裏話」のようなものではあるが、タートルたちのトレーディング手法や人間模様をさらに浮き彫りにする興味深い内容となっているので、必ず読んでほしい。ちなみに、二人の女性タートルの一人であるリズ・シェヴァルは、残念ながら、二〇一三年三月九日に北京のホテルで見込み客と電話をしている最中に脳の動脈瘤によって五六歳で他界している。また、本書の著者であるマイケル・コベル氏は、カーティス・フェイスのことを「投資家たちが彼を手本とすればジリ貧になる」と酷評している。コベル氏のウェブサイトなどによると、彼が設立した運用会社のアクセラレーション・キャピタル社は、米商品先物取引委員会の検査を何度か受けている。そして最終的には、商品取引所法違反により、その登録を永久に抹消されている。その後もカーティス・フェイスは何度となく刑務所に収監されたようで、「彼の物語は『ダーク』だ」とまで断じている。

人は信じたいものを信じたがる

筆者は、顧客に金融サービスを提供する立場から、さまざまな法人、機関投資家、富裕層、個人投資家などと接してきたが、マイケル・コベル氏のあとがきに書かれている言葉は、いまさらながら「なるほど」と感じる。

機関投資家や法人は通常、合理的な結論に至ることが比較的多いが、個人の富裕層などはそうならないケースも多い。特に自分の投資判断が間違っていることを指摘されると感情的になり、二度と会話すらしてくれなくなることもある。明らかに売り手に騙されているとしても、だ。人は本能として、自分の間違いを他人に指摘されることを好まない。たとえ指摘する側が圧倒的な信用や権威を持っていても、間違いを受け入れることは簡単ではないのだろう。サブ・プライムローン問題を発端とした金融危機には、人災的な側面が強く感じられた。世界の投資家がその判断基準とする格付機関による「格付」など、第三者によって加工された情報の正確性と中立性の問題が本質であると考えられる。投資家は、第三者が分析し加工した情報に基づいて判断することの危うさを改めて思い知らされたのではないだろうか。

一方、多くのトレンドフォローのシステムと同様に、タートルたちが売買の判断に使う情報は「価格」それだけだ。それにのみ従うことよって、「風説の流布」や「ポジショントーク」「内部情報」などの多くのノイズ(雑音)による影響が排除される。そう、価格以外の情報は、売買の判断に一切必要としないし、興味すらもたないのである。市場で決められる価格とは、ある瞬間の参加者による合意だ。そして市場では、大儲けをしている人々がいる一方で、損をしている人も存在する。トレンドフォローとは、市場参加者の心理状態を解読し、それを利用した売買手法でもある。トレンドフォローに利用されるテクニカルな指標とは、一見すると単なる数字でしかないが、実はそのときどきの市場参加者の心理状態を正確に反映している。「見えざる手」により導かれて定まった価格はシンプルだが、実はさまざまな情報が織り込まれているのだ。これを考慮すれば、テクニカル指標を売買判断の基準にすることは非常に合理的であり、かつ、どの市場参加者にも勝つ可能性が平等に与えられていることを意味する。

一九八〇年代に、リチャード・デニスが「タートル」のシステムを走らせて売買することによって莫大な利益をあげたのは、ある意味で当然だったのかもしれない。市場には、まだまだ収益機会が多かったのだ。もちろん、誰でもトレーダーとしてある程度の水準までたどり着くことは可能であっても、やはりその中でさらに頭一つでも抜きん出るには、人並みはずれた努力と才能が必要であろう。そして「立会場の貴公子」として名をはせたリチャード・デニスですら、他人の資金を運用することに失敗しているのは、本書に書かれているとおりである。「相場を張る」という行為は、アドレナリンを大量に分泌し、興奮をもたらす。しかし他人の資金を運用するということは、ただ収益をあげるだけではなく、十分な説明、透明性、リスク管理という、手金(自己資金)を売買するのとは異なった要素が必要であることも示唆している。

分かりやすさは重要

ところで、読者がもっとも注目するのは、タートル・トレーディングの具体的な手法であろう。それは第5章でわかりやすく説明されている。これから自己資金でトレーディングを始めようと考えている読者には、とても役に立つはずだ。その一方で、「こんな単純で大丈夫?」という感想を持たれた方がいるかもしれない。トレーディングのノウハウ本は巷に氾濫しているが、抽象的な内容に終始しているものから、過度にマニュアル的な内容で、ぱっと見には具体的だが、実際にはつかみどころがなく、難解すぎて読破しきれないものが多い中、本書は適度に抽象的でありながら適度に具体的であり、大変読みやすいものに仕上がっている。

市場で売買するためには、情報が重要だ。しかしインターネットが普及した現代では、情報が錯綜し、その真偽を見極めることが難しくなっている。それでも、「お金を儲けるという行為」は人の心を引きつける一方で、正常な判断力を損なう魔力を持っている。そうした心の弱みにつけ込もうとする輩は非常に多い。それは、投資や運用の業界でも同じだ。特にアフィリエイターやインターネットのブログで拡散されている投資や商品の情報は、まずは疑ってかかるべきだろう。一般人を装った売り手側に都合の良い情報を読まされているのでは、良いものにはたどり着けない。情報発信者や書き手の経歴や業務経験は重要な判断基準だが、国内に限らず、特に海外金融商品に関する個人投資家向けの投資や保険の情報は、インターネット上で見極めるのはほぼ不可能になっている。

さらにインターネット上には、「自分はもう十分にお金を稼いだので、その方法をみんなに教えたい」「仲間を作ってその方法を教えたい」と書きながら、実は必死に顧客を探している詐欺師もどきの連中があふれかえっている。日本以外の多くの先進国では、こうした行為は不法行為となり、アフィリエイト広告や商行為目的のブログは、そうであることを告知することが義務付けられている。だが日本では、まったく規制されていないのが実情だ。また「大手」「有名」「一流」などの「権威」がつく会社や人が発信する情報が信用できた時代はとうに終わっている。だから自分で徹底的に調べるしかない。それも基本は自分の足で稼ぐしかない。誰でもインターネットを通じて手軽にアクセスできる加工情報に付加価値はほとんどない。日本は世界第三位の経済力を持つ「プロパガンダ天国」でもあるのだ。

そのような観点からも、タートルたちが学んだトレーディング手法は役立つはずだ。なぜなら、彼らは価格にのみ着目するからだ。言い換えれば、価格以外の情報は、何らかのバイアスがかかっていたり、噓やノイズを含んでいたりする、ということだ。彼らにとって市場で資金を運用するということは、情報を売買するのではなく、価格を売買しているにすぎない。ここには言葉の壁もない。そして何より重要なことは、単純でなければならない。そうすれば、トレーダーにとってネガティブな要素(バイアスや噓、ノイズなど)が入り込む余地はなくなる。そして、自分の判断が正しかったのか誤っていたのかも一目瞭然になる。上述したように、人は自分の判断が誤っていたことを指摘されるのを嫌う。だが、判断の成否を価格のみが教えてくれれば、そうした感情すら排除できる。

ヘッジファンド業界の勢力図

金融危機から一〇年の歳月を経て、ヘッジファンド業界の勢力図も変わった。二〇一八年九月のペンション&インベストメンツ社の調べによるヘッジファンド会社別運用資産ランキング(カッコ内は運用資産額の前年比増減)は以下のとおりである。この中でAQRキャピタル・マネジメント、マン・グループはタートルと同じように、トレンドフォロー戦略での運用もしている。なお、前年第九位に入っていたウイントン・キャピタルは第
一五位に後退している。

一.ブリッジウォーター・アソシエイツ……一三二八億ドル(七・九%)
二.AQRキャピタル・マネジメント……八三七億ドル(九・二%)
三.マン・グループ……五九一億ドル(一一・三%)
四.ルネッサンス・テクノロジーズ……五七〇億ドル(一七・三%)
五.ツー・シグマ・インベストメンツ……三八八億ドル(九・六%)
六.ミレニアム・マネジメント……三五三億ドル(二・七%)
七.エリオット・マネジメント……三五〇億ドル(七・〇%)
八.マーシャル・ウエイス……三四八億ドル(四五・五%)
九. デビッドソン・ケンプナー・キャピタル・マネジメント……三一四億ドル(一五・九%)
一〇.バウポスト・グループ……三一〇億ドル(マイナス〇・三%)

これらの中で、トレンドフォロー戦略を採用している二社以外は、グローバル・マクロ戦略、計量分析、プライベート・エクイティなどを基本的な運用手法として用いている。その投資決定プロセス、運用手法やその内容などは、具体的には開示されないのが常である。これらの運用には、人脈、それを通じた情報収集力や資本力、大きな運用資金などが要求される。とても自宅のパソコン一台で個人がスタートするようなレベルではない。

また本書に触れられている「ヘッジファンド・マネジャーとトレーダーの二〇一八年の年棒ベスト10」(出所:フォーブス誌)は表にまとめたとおりである。

最後に

人々の欲望、希望、絶望などの悲喜こもごも反映する市場は、誰もが参加できる場所だ。しかし、そこでの闘いは熾烈を極める。立会場で注文を出し、執行することが少なくなった昨今だが、パソコンとインターネットでつながった市場で取引する「相手」は、あなたのトレードから利益をあげようと最新のテクノロジーと莫大な資本を駆使する機関投資家や百戦錬磨のプライベート・トレーダーかもしれない。そのような連中が虎視眈々とチャンスをうかがっている市場は決して甘くない。

しかし、トレーディングなどに今まで興味がなかった読者でも、「市場で売買して利益をあげるとは一体どんなことなのか?」を大まかに理解することができたのではないだろうか。「市場で成功する」ことの意味をどう解釈し利用するかは、読者のみなさん次第である。それは万人に平等に与えられた贈り物でもある。

欧米には成功している著名なトレーダーが何十人、数百人といるが、日本ではそれほど多くはない。なぜか、日本人が世界的に有名なトレーダーとして名をとどろかせた者はいまだに存在しない。しかし、本書を読んだ読者の中から、将来成功を収める世界的なトレーダーが登場することも期待したいと思う。

「タートルの伝説」は三〇年以上も前の話ではあるが、現役タートルが二〇一八年現在も運用を続けていることや、マン・グループやウイントン・キャピタルといったトレンドフォロー戦略による巨大なファンドも同様に健在であることから、少しでも普遍性がある内容の本と感じてもらえれば幸いである。

最後になるが、今回の復刻は、初版刊行時の編集者である日経BP社の西村裕氏、復刻版の編集者であるFPO社の四阿宏人氏、そして翻訳者の秦由紀子氏の協力がなければ実現しえなかった。特に四阿氏には、復刻の機会を与えていただいた上に、かなりの時間をかけて辛抱強く丁寧にアドバイスや編集をしていただいた。本書を手に取り、読破してくださった読者に加え、復刻版刊行に尽力いただいたすべての方々に多大なる感謝の意を表しつつ、本書のむすびとしたいと思う。

二〇一九年一月 港区赤坂/乃木坂にて
遠坂淳一

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