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室温と暖冷房負荷のシミュレーション

1985理事で基盤情報作成委員会の中野です。
近年では住宅用の温熱・省エネシミュレーションツールが比較的手頃な価格で入手できるようになりました。快適性と省エネの両立を目指す家づくりのために、シミュレーションはとても有効なツールです。

基盤情報作成委員会では、㈱インテグラルのホームズ君省エネ診断エキスパート/パッシブ設計オプションを使って様々なシミュレーションを行っています。ホームズ君は24時間365日の各部屋の室温や暖冷房負荷を算出できるところが特長です。このように詳細な結果が出せるシミュレーションは、その結果をどのように整理して読み解くかがポイントになります。
今回は2022年に1985の組織内組織であるパッシブデザインテクニカルフォーラムから出版した、「パッシブデザイン・プランニングガイドブック」(以下プランニングガイドブックと記載)を製作する際に行ったシミュレーションの内容とその結果のまとめ方をご紹介します。


シミュレーションの目的

外皮性能や暖冷房方式を変えた様々なパターンでのシミュレーションを行い、室温と年間暖冷房負荷がどのように変化するのかをまとめたデータベースを作成しました。
例えば、Q値1.6W/㎡K/ηAH値1.5/全館連続暖房の住宅とQ値1.6W/㎡K/ηAH値2.5/居室間歇暖房の場合を比較すると、どれくらい室温や暖房負荷が違うのか?を比較することができる、というものです。
建物の断熱性能(Q値)が3パターン、日射熱取得性能(ηAC値・ηAH値)で4パターンずつの建物性能を変えたモデルを作成し、それぞれのモデルで計4パターンの暖冷房方式でシミュレーションを行いました。

室温についての整理

室温を評価する対象の部屋を、用途の異なる居室である「LDK」「寝室」「子ども室」と、冬はヒートショック等の影響が気になる非居室の「脱衣室」の4部屋としました。
それぞれの部屋で、暖房期は15℃以上/18℃以上/20℃以上の室温になる割合、冷房期は32℃以下/30℃以下/28℃以下の室温になる割合を出しています。
集計する対象の時間は、それぞれの部屋に在室している時間帯です。在室か不在かは以下の表のように設定しています。脱衣室は使用が想定される夜(18時~24時)の時間帯を対象にしています。

部屋別の在室時間

暖冷房負荷についての整理

各部屋の暖冷房負荷を一年間合計した「年間負荷」でまとめています。暖冷房負荷とは、その部屋を暖冷房するために加える、または除却する熱量のことで、負荷が大きい=暖冷房に必要なエネルギーが多いと考えて差し支えありません。
ちなみに暖冷房負荷の目標は、建物の大きさに左右されないように床面積1㎡あたりの負荷(MJ/年・㎡)としてみた時、暖房負荷と冷房負荷の合計が180MJ/年・㎡以下としています。

暖冷房方式についての整理

4パターンの暖冷房モデルでシミュレーションしました。ここでは「全館連続暖冷房モデル」と「居室間歇暖冷房Aモデル」に限定してご紹介します。

1.全館連続暖冷房モデル
暖冷房が必要な期間中、在室時・不在時を問わず建物全体を24時間暖冷房するモデルです。

全館連続暖冷房モデルのスケジュール

2.居室間歇暖冷房Aモデル
在室している時間帯のみを暖冷房するモデルです。寝室、子ども室もは就寝時も暖冷房をONにする想定です。居室のみ暖冷房を行い、脱衣室は在室想定時間も暖冷房を行いません。

居室間歇暖冷房A モデルのスケジュール

モデルプランと設定条件

シミュレーションを行ったモデルプランは、自立循環型住宅のモデル住宅をベースにして、現在の住宅でよく見られるプランに合わせて、廊下や階段をLDKの一部に取り込んだものとしています。トイレ、脱衣室がLDKに隣接し、廊下を介せずに行くことができます。

シミュレーションを行ったモデルプラン

設定条件は以下のとおりです。

ここで、Q値について触れておきます。省エネ基準の断熱性能の指標として現在はUA値(外皮平均熱貫流率)が用いられていますが、UA値の前に使われていた断熱性能の指標がQ値(熱損失係数)です。
Q値とUA値は以下のような違いがあります。

熱損失係数Q値と外皮平均熱貫流率UA値

Q値とUA値はどちらも単位は「W/㎡K」ですが、Q値の「W」には換気による熱損失が含まれている点と、「㎡」が示すのが床面積なのか外皮面積なのかという点の違いがあります。
建物の形状の違いによる影響や換気の影響が数値に反映されるため、建物の熱移動の実態(保温性能)はQ値の方がより正確に示していると言えるので、プランニングガイドブックではQ値を使っています。
また、今回のシミュレーションでは三種換気で行っていますが、一種熱交換換気を用いる場合は、熱交換効率を考慮した換気の熱損失でQ値を算出すればよいでしょう。

結果の集計とデータの活用方法

シミュレーションは「断熱性能3パターン×日射熱取得性能4パターン×暖冷房方式4パターン×気象データ10パターン」の合計480パターン行いました。この全ての結果はプランニングガイドブックの購入特典として配布されている全地域版シミュレーションデータExcelに掲載されていますので、最後にそれをご紹介します。

全地域版の気象データ採用地点。省エネ地域区分の代表地点と、日射量が少ない
日本海側の5地域と6地域を含めた合計10地点でシミュレーションを行いました。

Excelでは以下のような表にシミュレーション結果をまとめています。

これだけでは使い勝手が悪いので、気象データ、暖冷房方式、建物性能を変えた5パターンまでのモデル比較ができるようにしました。

例えば下の例だと、5地域の代表地点で、全館連続暖冷房と居室間歇Aモデルを比較し、建物性能をどれくらいにしたらどのような室温と暖冷房負荷になるかが確認できます。

No1とNo2が全館連続モデル、No3~5が居室間歇Aモデルです。
全館連続モデルは、非居室を含めたどの部屋も冬は20℃以上、夏は28℃以下を100%達成していますが、その分暖冷房負荷が大きくなっていることが分かります。No1とNo2は全館連続モデルのQ値の違い(1.6W/㎡Kか、1.3W/㎡Kか)による結果を示していますが、暖冷房負荷の合計において約25%の差が出ています。

また、No2とNo5は建物性能は同じですが、暖冷房スケジュールが違うモデルの比較です。全館連続モデルだと居室間歇Aモデルに比べて、暖冷房負荷が13%増えることが分かります。

さらに、No3~5の居室間歇Aモデルに着目してみると、No3のQ値1.6W/㎡K・ηAH1.5で、LDKなどの居室の室温は在室時に9割以上は快適な温度になっていると言えます。
また冬の脱衣室の室温も使用時間中(18時~24時)に18℃以上になっているので(暖房しているLDKに隣接している影響も大きい)、温熱環境的には悪い結果ではありませんが、暖冷房負荷は221MJ/㎡・年と大きめの結果になっています。

No3からより日射熱取得性能を向上(冬は取得アップ、夏は遮蔽を徹底)させたNo4のモデルでは室内快適性も向上している上に、暖冷房負荷は174MJ/㎡・年と20%以上減っていることが分かります。また、No4のQ値1.6W/㎡K・ηAH2.5と、No5のQ値1.3W/㎡K・ηAH1.5は、暖房負荷はほぼ同じです。

このように、建物の性能と暖冷房方式による室温や暖冷房負荷の関係を見ることで、自身が求める結果に対する必要な性能を探ることができます。

このExcelデータのシミュレーション結果は、建物性能や暖冷房方式を変えるとどのような傾向が見られるのか、どれくらいの室温や暖冷房負荷になりそうかという大枠の「アタリ」を付けるためのデータベースとして参考になると思います。プランニングガイドブックをお持ちの方は、ぜひ活用してみてください。

まとめ

室内環境を向上させるために暖冷房をたくさん使うとエネルギー消費量が増える方向に働きますし、エネルギー消費量を抑えようとして暖冷房の使用を控えると室内の快適性が低下します。
よって断熱や日射コントロールなどパッシブデザインを取り入れたり、適切な暖冷房計画を行なうといった工夫で、快適な室内環境と省エネの両立を目指すことが必要になりますが、そのための最適解がどこなのか?を探すことがとても難しいところです。
シミュレーションはそれを探る最適なツールです。ホームズ君のような細かい設定や結果の確認ができるシミュレーションソフトは、結果を読み解いて様々な分析ができますので、使いこなすための参考になればと思います。


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