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暖炉の前で

「時刻は夜の八時。明日はお休みの日。

窓は閉められ、カーテンは閉め切られ、まっくらな部屋でお気に入りの椅子に座ります。

近くで暖炉の薪が爆ぜるぱちぱちという音が聞こえます。家族の集めた食器や本が棚におさめられたまま、炎の光をうつしてゆらゆら光りました。優しいぬくもりと穏やかな明かりが、とても心地よく感じられます。

少し離れたところで、ピアノを弾いている人がいます。その音色と来たら、本当に美しくて、もうたまらないのです。音楽の波に揺られて、どこまでも流れていくような気持ちがします……」

以上、私が物語を書くときに想像している「読者との対話像」のひとつです。

私は奏者、読者は観客です。

これは私が観客側、読者側のときも同じイメージをします。

私は小説を読むときに音楽を感じるので、作者の文章が旋律のように聞こえます。たまに荒々しく、はやくなったり、かと思えばゆるくなったりします。

作者と私は一対一で、同じ部屋で、「音楽を奏でる人」と「音楽を聞く人」として、対等に対話します。これはどんな小説を読むときにも変わりません。魂を見せあって会話をするような気持ちになります。

だからか、作者が読者を驚かせてきたり、騙してくるような真似を好みません。腹を割って話していると思ったら、実は偽物の腹だったのかと思って、裏切られたような気持ちになります。いえ、そこに悪意がないのも、読者を楽しませるためのむしろ愛だというのも、そういうものが好きな読者も作者も世の中にはたくさんいるというのもわかっています。けなす意図もそういう作品がなくなってほしいという意図もないです。本当に、自分が好きじゃないってだけです。

演奏を聞いていたら、いきなりピアノの鍵盤を、技法ではなくがむしゃらにバン!! と叩かれたら、不快になりませんか。演奏を聞いてと言われて、きれいなピアノの演奏だなあと思って聞いていたら、実はカセットテープだったんですよエヘヘ演奏だと思ったでしょうとか言われたら、馬鹿にしてんのかと思いませんか。こちらを驚かせようと思って、ピアノをひっくり返して叩き壊し始めたら……。作者の細工がそういうものに見えることがあるのです、私には。

だけれども、ああバラード調でいくのねと思ったらどんどんテンポアップして、がらりと曲調が変わって、それが最高に序盤ともマッチしていたとか、そういう驚かせ方は好きです。そういう気のきかせ方は粋です。職人気質を感じます。

もし驚かせるならね、曲の展開の仕方とか、ピアノの演奏における超絶技巧とか、そういうもので勝負してほしいわけです。音楽の土台の上でやってほしいのです。そりゃ、ピアノにバットを叩きつけられば驚きますよ。驚きますけど、軽蔑します。

小説は何でもありの世界ですから、ピアノ自身をちゃぶ台返しするメタ小説も面白いと思いますよ。素晴らしい発想だと思います。本当に、私は好きじゃないってだけです。

じゃあお前はどういうふうに書くんだよと言われたら、私は真っ向から等身大に読者にぶつかっていくようにしていました。最近はそれだけじゃ観客を楽しませきれないと思って、演奏のバリエーションを増やしたり、技法を身に着けようとしております。ただ基本はやはり、腹を割って、私はこういうことを考えていて、こういうことを伝えようとしているんだよ、私の魂を見てくれませんかという(魂って言い方もあれなんですけど、他に言葉が見当たらないので便宜上使用しています)、そういうスタンスで書きます。

なんというか、魂の熱さをあなたに伝えます、みたいな、もはやラブレターみたいな気持ちで、まっすぐ小説を書きます。まあ、まっすぐだけでは自分の狙いが達成できないということはわかってきていて、それはなんとかしようとしているんですけど、原点は「魂の叫びを演奏に乗せて相手の魂に届けきる」ってところなんだと思います。

こう言うと、「ピアノじゃなくてロックっぽいね」みたいな感想が聞こえてきそうなんですが、文字通りのシャウトじゃないので、やっぱりイメージとしてはロックではないのですよね。クラシック音楽が、オーケストラ演奏が人の心を震わせるのと同系列のイメージです。

厳かで、高貴でありながら、原始的な、魂の根底に通ずるような感動を一対一で共有する。そういうのが、私の理想の「作者と読者の対話像」なのだろうと思います。

あと、どうして暖炉で夜なのかって言われたら、これはもう本当にイメージなので私もわからないのですけど、たぶんこれが私にとって「最もリラックスできる状況」であって「最も理想的な、物語の語られる場所」なんだと思います。愛と優しさと暖かさがいっぱいに詰まった場所の象徴なのではないでしょうか。私の家には暖炉もピアノもありませんでしたが、昔から文学で見てきた西洋のおうちのイメージでしょうかね。暖炉にはたまにシチューとかスープとかが煮えていてほしいものです。

今回のノートもこんな感じです。おそまつさまでした。

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