【推理してみた】離婚後共同親権賛成派が主張する、”養育費ピンハネビジネス”って存在するの?

上記の人物は、離婚後共同親権賛成の立場から、右派論壇誌に寄稿されている者で、「人権派弁護士による養育費のピンハネ」なるものを主張しています。

彼女がどのような根拠によって、かかる主張を展開しているのか全く分かりませんが、本当にこんなビジネスが可能なのか、個人的な興味が湧いて調べてみることにしました。

1、売上予測

まず売上単価の推定です。

いろいろな弁護士事務所のHPを当ってみましたが、おおむね、
着手金・・・30万円程度
成功報酬・・・●年分の●%
といった感じです。

一例を挙げると、ベリーベスト法律事務所の場合、
着手金・・・30万円
成功報酬・・・5年分の経済的利益の10%
となっています。
https://rikon.vbest.jp/fee/

そして、成功報酬の算出根拠となる養育費ですが、子供の年齢や人数、別居親の年収等によって幅がありますが、最高裁判所が集計する司法統計によれば、年によってばらつきがあるものの、月額2万円~6万円に大半が集中しているようです。
今回は仮に5万円として、5万円×5年間×10%=30万円と想定します。

以上によって導かれた1件当たりの平均単価(想定)は60万円です。

次に、1人当たりの弁護士の受任可能件数ですが、
弁護士法人とびら法律事務所の村上真奈先生のインタビュー記事。
https://www.tac-school.co.jp/tacnewsweb/professional/pro201708.html
によれば、弁護士1人当たりの受任件数が20件~30件。年間の相談件数は600件とのことです。
受任件数は、おそらく常時抱えている件数でしょうが、平成29年の司法統計によれば、離婚手続にかかる期間の平均は12.9ヶ月とあり、受任した案件の処理期間は平均この程度とすると、ほぼ年間処理件数なのかな、と思います。真ん中を取って25人としますか。

これらの数字から算出される売上予測ですが、

【売上予測】60万円(単価)×25人(年間処理件数)=1,500万円

ということになります。

2、支出予測

支出予測ですが、こんな記事を見つけました。
法律事務所にシステムソフトを提供している、株式会社システムキューブの記事。
https://lp.sys-cube.co.jp/themis/509.html
これによれば、弁護士1名・事務員1名+諸経費のランニングコストを月間60万円としています。

非常に雑ですが、首都圏(一都三県)では弁護士1名、事務員1名という「町の弁護士さん」はとても多いです。

【支出予測】60万円×12ヶ月=720万円

ということにしましょう。

3、手元に残るのは。。。

とすると手元に残るのは、1,500万円ー720万円=780万円
が、一般企業でいうところの「粗利」
というわけですが、「儲かっている」とはこの時点でとてもいえないような気がします。

というのも、「平成29年賃金構造基本統計調査」によると、弁護士の平均年収は1,026万円となっています。

年収が比較的高いとされる、渉外・企業法務・特許といった弁護士の年収も含まれるので、ごっちゃになった統計ではありますが、そうだとしても、全体平均を大幅に下回る「離婚弁護士」の皆さんが、高額報酬とはとても言い難いですね。

ここから、税金だの年金だの保険だのが引かれると、ひょっとしたら、東証一部上場企業のサラリーマンの方がもらっているかもしれない。。。

しかも、これまでの損益予測は、完全に「皮算用」です。
ビジネスリスクを全く考慮していません。

4、地雷だらけの「養育費ピンハネ」ビジネス

これまでの数字は、私の予測が「100%的中」した場合です。
当たり前のことながら、こんな雑な計算通りにビジネスが上手くいくはずがありません。

そもそも「養育費ピンハネ」ビジネスは、地雷の多いビジネスモデルです。

【地雷その①】圧倒的な効率の悪さ
すでに多くの方に知られていますが、ひとり親家庭(その大半が母子家庭)が養育費をもらえている割合は、厚生労働省の「平成28年度全国ひとり親世帯等調査結果報告」によれば24.3%に過ぎません。

そもそも成功率が高くないビジネスです。

民事執行法が改正になるなど、法律の整備は進められているものの、別居親が養育費を踏み倒せば、法律上取りうる手段は限られています。別居親がDV・モラハラなどまともな話し合いが通じる相手とは限らず、その場合、事案の解決が長引くことも予想され、1で予測した売上を大幅に下回る可能性もあります。

【地雷その②】養育費の回収可能性
一般的に、いったん払われなくなった養育費を回収できる可能性は、時間が経過するほど低くなり、かつ、支払いが再開できた場合でも、額が下がる傾向があります。
いずれにせよ、1で立てた成功報酬の算出根拠を大幅に引き下げる可能性があります。

【地雷その③】依頼人の資力
大変失礼な表現ですが、ビジネスモデルの検討ということでご容赦を。
ビジネスモデルという観点でいえば、着手金を支払う依頼人側の資力に、重大なリスクがあります。

というのも、前記の厚生労働省の調査によれば、このビジネスの大半のターゲットとなる母子家庭の平均年収は、約348万円です。これは「額面」であって、手取りではありません。
額面年収の10~20%にもなる弁護士費用を、依頼人が捻出できるとはちょっと考えにくいです。
実はこの話には前段があります。2016年に同様の調査が行われているのですが、この時の母子家庭の年収は243万円という衝撃的な数字でした。

統計の安定性も問題ですが、顧客の経済的資力は決して高くなく、しかも非正規雇用が多い。昨今の新型コロナウイルスの感染拡大に伴う景気変動を最も直撃しやすい方たちです。

そんな人たちから、1で推測したような着手金と成功報酬を安定的に受け取れるとはとても考えにくいです。

5、本当の損益分岐点はどこか?

ここで、もう1つ興味深い記事を見つけました。

弁護士法人TLEO虎ノ門法律経済事務所上野支店の完全成功報酬型・未払い養育費の回収サービスです。
https://ueno.t-leo.com/customer/child-support/

これによれば、最長5年間、実際に回収できた養育費の30%を報酬とするとのこと。
1の乱暴な売上予測を復活させてみると、
【売上予測】5万円×12ヶ月×30%=18万円
ということなんですが、大量に処理するシステムを構築すれば、これで損益分岐点をクリアできる、ということなんでしょう。

つまり、おそらくおおむね20万円前後が、実際に弁護士が依頼人から受け取れる報酬のだいたいの平均、収支トントンとなる現実的な数字なんじゃないかと思います。(推理完了)

6、まとめ

いろいろ想像を巡らして記事を書いてみましたが、調べてみて、確実にいえることがあります。

「養育費ピンハネビジネス」なるものは、ビジネスとしてとても現実的とは思えない、ということです。

売上の原資となる依頼人の資力が低く、交渉相手は難物ぞろい。効果的な法的手段に乏しい。

という仕事をビジネスにしようという発想は、奇矯の一言に尽きます。

むしろ、こうした事件を受任する弁護士の皆さんは、ビジネス感覚というより、私たち一般市民が素朴に期待するような、「まっとうな使命感と正義感」に駆られて、損な事件を引き受けている、というのが実際なんじゃないかと思います。

最後に、冒頭のご発言主は、それでもこうした弁護士たちを誹謗中傷したいということです。
やましい魂胆なしにとてもできない発言だと思います。

(おしまい)

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