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ニュー選択的夫婦別姓訴訟を問い直す(2)提訴はどのように受け止められていたのか

※前記事

今回は、2018年1月の提訴を受けた、メディアと学者の反応についてご紹介したいと思います。

1、東京新聞社説(2018年1月11日)

「夫婦別姓 法の欠陥はないのか」と題された社説にて、ニュー選択的夫婦別姓訴訟が取り上げられています。

冒頭リード文で、「戸籍法を使い、法の欠陥を突く訴訟だ。注目しよう。」と書かれており、少なくとも否定的反応ではありません。

前回記事でご紹介した、4タイプの結婚・離婚類型で、日本人同士の結婚の場合のみ、別姓を選択をできない欠陥を紹介しています。

また、2017年9月から全国の裁判所で裁判官や職員の旧姓使用を認める運用や、弁護士のケース、民間企業のケースも例に挙げ、「もはや当たり前だ」と断じています。

「判決で「当たり前の扉」が開くだろうか。時代はもうそこまで来ている。」と結び、訴訟への期待感を示しています。

2、朝日新聞社説(2018年1月16日)

こちらも、提訴を受けての社説掲載。

ただ、この訴訟の妥当性というより、従来の選択的夫婦別姓反対論への論駁を中心に構成されています。

「提訴と前後して、弁護士から最高裁判事に就任した宮崎裕子さんが、今後も旧姓を使い続ける考えを明らかにしたことも関心を集めた。昨年から判決文や起訴状などへの記載が認められるようになったのを受けたものだ。旧姓使用の拡大は「女性活躍」をうたう政府の方針で、各省庁でも取り組みが進む。

それ自体に異論はないが、考えれば奇妙な話である。

 被告に死刑を言い渡すこともある判決。国民のくらしや企業活動に重大な影響を与える政策決定に関する文書。これらが通称という「仮の姓」で書かれ、一方「正式な姓」は戸籍の上にのみ存在し、場合によっては社会でほとんど使われない。

 こんなに分かりにくく、権力行使の正当性が疑われかねないことまでして、なぜ現行制度の維持にこだわるのか。」

と旧姓使用の拡大でお茶を濁そうとする国の方針を批判しています。

3、メディアは「戸籍法上の氏」の問題を理解していたのか?

いずれのリベラルな新聞社の社説も、結論として訴訟への期待を示していますが、主張の前提となる事実について、「通称使用の拡大」の不合理性を挙げています。

この点、メディア側が、ニュー選択的夫婦別姓訴訟が「通称使用の拡大」と「戸籍上の氏の法的承認」の問題とを混同しているのではないか、という疑問がぬぐえません。

戸籍上の氏の問題の解説については、読売、日経、毎日、朝日、東京の五紙の記事データベースをチェックしましたが、残念ながら発見できませんでした。(産経は除く。w)

戸籍上の氏の法的承認で、閉塞状況を打開しようという作花弁護士らの法的主張が、必ずしも理解されていない現状を反映しています。

4、木村草太「憲法の新手」(2018年3月4日)

沖縄タイムスで、第1・第3日曜日の3面に掲載されている、木村草太東京都立大学教授のコラムです。

2018年3月4日に夫婦別姓について取り上げています。

5段の長文コラムなので、かなり詳しく、ニュー選択的夫婦別姓訴訟について解説しています。

そして、次のように述べます。

「では、この主張は妥当か。現在の戸籍は、夫婦は同一の戸籍に入るべしとの「夫婦同一戸籍原則」と、同一戸籍に入るものは同氏でなければならないとの「同一戸籍同氏原則」の2原則に基づき編さんされている。この2原則は、婚姻関係を明確にするという意味では、それなりに合理性がある。

しかし、原告が指摘する通り、外国人にはこの2原則は適用されないまま、法律婚の効果は認められている。このことは、戸籍法の2原則が、法律婚の効果を享受するために必須ではないことを示している。

日本人同士の婚姻でも、夫婦別々に単独戸籍を作ることは容易なはずだ。法律婚には、相続税の優遇措置を受けられるなどのメリットも大きい。別姓を望むカップルにも、法律婚の利益を享受できるようにすべきではないか。」

木村教授は、双方の主張をバランス良く汲み取ろうとする姿勢が強い学者です。
そのため、第1段落で現在の法律婚を「それなりに合理性がある」とする一方、第2段落に作花弁護士らの主張に一定の評価を与えています。

しかし、結論として、ニュー選択的夫婦別姓訴訟の結果がどうであるべきなのか、が見事に抜けています。

第3段落は立法政策の問題であり、作花弁護士らが立てた訴訟物(訴訟上の主張)とはかけ離れています。

ここまで見ると、東京・朝日の各社説、木村教授のコラムは、全体的にいって、ニュー選択的夫婦別姓訴訟を詳しく紹介はするものの、その当否自体を論じるより、これをきっかけとして、改めて選択的夫婦別姓の是非を論じる、といった性格が強いものです。

4、二宮周平「夫婦別姓の新しい展開」

これらの解説に対し、ニュー選択的夫婦別姓訴訟の当否それ自体に迫ろうとした学者が、二宮周平立命館大学教授です。

論文誌「ジェンダー法研究」第5号(2018年12月)P.249~265に掲載された、「夫婦別姓訴訟の新しい展開」では、かなり詳しくその是非を論じています。

「…このように氏の法的性質は異なるのだが、いずれも戸籍に登録される氏であり、戸籍上使用することができる点では同じである。市民にとっての関心は、氏の法的性質ではなく、職場はもちろん、給与、税、社会保険、パスポート、運転免許、銀行口座、登記、国家資格や株主名義など生活のあらゆる場面で使うことができ、かつ、公的に証明される氏かどうかである。すなわち、戸籍上の氏は、生活のあらゆる場面で個人を識別特定し公証する機能を有するものであり、すべての日本人にとって極めて重要な機能を有する。

 ところが、上述のように日本人同士の婚姻解消(死別、離婚)、日本人と外国人の婚姻と婚姻解消では、戸籍上の氏が選択可能であるにもかかわらず、日本人同士の婚姻の場合にのみ戸籍上の氏の選択が認められない。原告が問題にするのは、戸籍上使用できる呼称としての氏である。この視点から考察すると、日本人同士の婚姻の場合の別異取り扱いに合理的な根拠はない。したがって、法の下の平等に反する。

 私は原告の主張をこのように理解した。上記最大判が民法750条を違憲と判断しなかったことを念頭に、氏の有する呼称としての機能に着目し、争点を戸籍上の氏にしぼったものと理解する。これまでの民法上の氏、呼称上の氏と分類してきた戸籍実務・学説に対して、戸籍に登録され、戸籍上使用できる氏を個人の呼称に純化し、呼称であるがゆえに選択の自由が保障されるべきとう問題提起をしているように思われる。」

(P.252)

 そして、ニュー選択的夫婦別姓訴訟は、どのような立法提案になるのかと、今後への課題を指摘をしています。

 二宮教授自身が参考に示唆するのは、1994年、法制審議会の民法改正試案で示された、いわゆるC案(夫婦同氏としたうえで、戸籍上の届け出により婚姻前の氏を自己の呼称とすることができる)

 そして、2018年から相次いで提起された3つの訴訟(ニュー選択的夫婦別姓訴訟、第2次選択的夫婦別姓訴訟のほか、映画監督想田和弘氏夫妻が提起した夫婦別姓婚姻関係確認訴訟を指す)について、「現行制度の不合理さを明白にしている」と評価しています。

(P.262~263)

二宮教授はまた、戸籍時報(日本加除出版) NO.768、NO.769において連載された、「選択的夫婦別氏制度実現の方向性~内閣府世論調査と2つのタイプの別姓裁判」にて、改めてニュー選択的夫婦別姓訴訟について取り上げています。内容は、前掲「ジェンダー法研究」での論考とほぼ共通しており、やはり、立法提案を「期待したい」という言葉でしめくくったときに、参考となる立法提案例をもう1つ、2010年に衆議院議員高市早苗氏が提案した「婚姻前の氏の通称使用に関する法案」を挙げています。ただ、この案については、「国、地方公共団体、民間事業者に対して、届出をした者について通称使用に必要な措置を講ずる責務を課すにとどまり、措置としての夫婦の氏に婚姻前の氏を付記する方法が挙げられている。先のC案ほど徹底していない。」と批判されています。

そして、C案も高市案も「婚姻によって夫婦は同じ氏になるのだから、法制度上、どちらかが改氏を強要される。これは氏の人格権としての性質に反する。夫婦別氏に、個人の人格の尊重、夫と妻の対等性などの思いを込める立場からは、C案も高市案も納得がいかないであろう。」と指摘されています。

5、二宮教授はなぜここまで踏み込んだのか

実は、ニュー選択的夫婦別姓訴訟に関する学界の議論は、きわめて低調、の一言に尽きます。

次回以降ご紹介する判例批評以外、ほとんど突っ込んだ議論がなされていない状況であり(その理由は後日推理を立てます)、二宮教授がお一人突出している状況です。

実は、これには二宮教授の学説が背景にある、と私は見ています。

二宮教授はもともと通称を法的権利として保護することに積極的でした。

二宮周平「氏名の自己決定権としての通称使用の権利」立命館法学241号P.611以下において、婚姻前の氏の通称使用することの一般的な権利の内容として、個人が特定の通称だけを社会的にも私的にも一貫して使用していれば、職場等の公的な場面でも通称での取り扱いを保障する義務があるとの主張をしています。

これは、私立学校の女性教諭が通称使用を認められなかったことで裁判を起こした事例(東京地判平28.10.11)などを念頭に置いたものと思われます。

こうした、ネット上の盛り上がりに反し、一部の学者以外、学界でニュー選択的夫婦別姓訴訟について、積極的に考察するものはほとんど見られない、というのがリアルな司法界の現実でした。

(つづく)

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