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ゲームとことば寄稿「そのまさかだよ」

ゲームとことば の企画にお誘い頂いて、最初は1ツイート程度の内容でおさめようと思っていたのですが、ほかの皆様がガチめな文章を投稿されているので、自分も腰を置いて筆を取ることにしました。

簡単な自己紹介をします。私はイギリスの大学を卒業後、新卒で瀬戸内にある某翻訳会社に就職しました。そこで3年弱ほどゲームとは関係のない翻訳案件のコーディネーターとして勤めたのちに上京し、ゲーム業界一社目となるスパイクに入社。さまざまな海外タイトルのローカライズ&プロデュースを行い、2016年の冬に退社しました。同じタイミングでポーランドのCD PROJEKT REDと契約し、今日にいたるまで同社の日本向け担当者として仕事をしています。ちなみに、別に引き抜かれたわけではなく、辞めるタイミングで挨拶したら「YOU来なよ」となっただけです。

テーマの「思い出に残るゲームのフレーズ」ですが、私が選んだのは、スパイク時代に担当したPlayStation 3・Xbox 360向けゲームソフト『セイクリッド2』に存在する、あるお墓を調べると表示される下記のメッセージです。

「こんなゲーム、まさかローカライズなんてされるわけがないって? そのまさかだよ」

セイクリッド2

もはや手元に旧世代の家庭用ゲーム機が存在しないので、画面写真は撮影できませんでした。ググったところ、こちらのブログにて掲載されていましたので、ご覧になりたい方はどうぞ。

過去にもツイッターで何度か呟いていますが、『セイクリッド2』は、私がスパイク(のちのスパイク・チュンソフト)に在籍していたころに、先輩の赤石沢さんとローカライズを担当した、ハック&スラッシュRPGです。この作品のゲームとしての面白さはここでは語りませんが、興味深いエピソードに溢れているため、その一部を紹介させて頂きます。

開発会社の倒産と破産管財人

まず、開発元がAscaron Entertainmentというドイツの会社なんですが、我々が権利交渉をしているさなかに倒産しました。破産管財人とやり取りをする経験は、今のところこれが最初で最後です。開発元が倒産すると、当然ながらローカライズの実装作業を彼らに依頼できないため(普通は開発元に依頼します)、ゲームのソースコードを引き取り、日本側でプログラマーを雇ってローカライズの実装を行う必要が出てきます。ただ開発元のサポートが皆無だと厳しいので、散り散りになったAscaronのプログラマーをひとりだけ紹介してもらい、ソースコードでわからない部分に出くわしたら、その人に質問して打開策を教えてもらっていました(もちろんサポート費用もお支払いしていました)。

今思えば、こんな(権利的な意味で)いつ爆発するかもわからないようなタイトルのプロジェクトにGOサインをくれたスパイク上層部は度量が大きいと思います。また、最後までいろいろと調整してくれた元AscaronのHeikoさんと、Kalypsoに行ったプログラマーの方、元気にしてるかな。彼らのおかげで本作を日本で発売することができました。改めてありがとう。あとプログラマーの津金さんにも感謝です。

ソースコードとのめくるめく格闘

そうして無事ソースコードを受領し、日本向けPlayStation 3版とXbox 360版の制作を開始したわけなんですが、そこでもいろんな問題が発生しました。例えばカットシーン内で字幕を表示する処理が存在しなかったので、日本版で独自に処理を追加することに。謎の鼻毛爺がナレーションをするOPムービーにも字幕を表示する処理がなかったので、これは自分でPremiere Proを使って字幕を焼き入れました。スパイクに入社して間もなかったので、「ふむふむ、家庭用ゲーム機版の映像はBink Videoっていう形式が主流なのか、なるほどー」など、新しいことを勉強しながら作業をしていたのを覚えています。

ムービーに字幕を入れて再度圧縮するにあたり、未圧縮の元素材がPC版のムービー(家庭用ゲーム機版とはなぜか少しだけ違う)しかなかったので、日本版ではしれっとPC版のムービーが実装されてたりもします。ガビガビのBinkを再圧縮するわけにはいかないですからね。厳密に言うと、ゲーム内で再生されるブラインド・ガーディアンというドイツのメタルバンドのライブムービーが、PC版準拠の演出になってます。

また、さまざまな検証を続けていく中で、家庭用ゲーム機版の『セイクリッド2』では「鍛冶(Blacksmithing)」のスキルが機能していないことに気づきました。これはPC版では機能していたので、PC版の動作を参考にしつつ、無理やり機能するように修正しました。家庭用ゲーム機版で「鍛冶」スキルが機能するのは、日本版のみになっています。

「墓地」――それはイースターエッグの宝庫

本作は(当時の基準では)ローカライズボリュームが大きいタイトルで、50万英ワード弱くらいはあったかと記憶しています。ただ幸いにもリアルタイムにキャラクター同士が掛け合いをする形式ではなく、長文のテキストがドバっと表示されるスタイルだったので、LQA(ローカライズの品質管理のことを業界ではこう呼びます)はやりやすかったです。ひたすら周回プレイを行い、リライト(翻訳の書き直し)を行いました。一次翻訳よりもLQA重視のローカライズを好むようになったのは、今思えば『セイクリッド2』辺りからかもしれません。

そこで出会ったのが、膨大な数の碑文です。洋ゲーでは、お墓に開発者がイースターエッグを仕込むのはよくあること。『ウィッチャー3』や『サイバーパンク2077』でもありますよね。開発者の意思を尊重するため、基本的にはそのまま翻訳するのですが、その中に「ローカライズ」をテーマにした碑文があったため、それを赤石沢さんと一緒に「こんなゲーム、まさかローカライズなんてされるわけがないって? そのまさかだよ」に変えさせて頂いたというわけです。

この碑文が示す通り、本作品が海外で発売された2009年当時は、今のように洋ゲーが当たり前のように日本語化される時代ではありませんでした。また、本作の開発元が倒産したため、日本版の発売は絶望視されていました。このタイトルの日本版が出るぞ、というニュースはコアな洋ゲーファンに刺さり、そこから比較的カジュアルなRPGファンにも伝播していきます。

そして成功へ

おかげ様でビジネス的にこのタイトルは大成功で、Ascaronにもたくさんロイヤリティをお支払いすることができました。彼らの債務の弁済に、いくらか力添えができたのではないかと思います。社会人になってまともなボーナスを頂けたのも、このタイトルのインセンティブが初めてでした。『セイクリッド2』は何十万本と売れたわけではありませんが、洋ゲー(に限らずなんでもそうだと思いますが)はピンキリで、3万本で十分な利益を出すこともできれば、20万本売ってダメな場合もあります。

ほかにも、『セイクリッド2』には「Ice & Blood」という拡張パックが存在するのですが、これはPC版でのみ配信され、家庭用ゲーム機版には配信されませんでした。ただ日本語ローカライズをする際に、どこまでが本編でどこからが「Ice & Blood」かを判別するのが難しかったため、拡張パックまで含めて翻訳をしていました。翻訳データが使われないのは勿体ないということで、国内PC版の販売をされていた会社さんにデータを提供し、無駄にならずにすんだのもよい思い出です。

以上、語りつくせない思い出のある『セイクリッド2』を、少しだけ深掘りしてみました。スパイク・チュンソフトでもとっくに販売権が失効していると思うので、開発元の倒産も相まって、幻の作品になってしまいましたね。

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