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2022年、春。フードスコーレが新しく生まれ変わります。

みなさんは、いま「食」をどのように眺めていますか。暮らしの中で「食」をどのくらい感じていますか。

食をたのしむというのは、例えば大勢でテーブルを囲んで、「わー!」と宴会することだけではないと思うんです。静かにゆっくり口にしたものを味わったり、すこし緊張しながら大好きな人に料理を振る舞ったり。そのときの調子に合わせて食に触れることで、気持ちの隙間が埋まるあの感じを、毎日でなくてもいいから、たまに体感できればいいんだと思います。ちいさくても、それが日々の幸せってものじゃないでしょうか。

ただ今の時代、食をたのしむということに、すこし変化が起きていて。経済、自然環境など、食はさまざまな領域に複雑に絡んでいるものだから、食との向き合い方もややこしくなってきています。食や環境について勉強すればするほど、「これは環境に配慮していないから」と、スーパーで食品を買うことを萎縮してしまったり。カフェでコーヒーを注文することにも気をつかったりする。

そう考えることが悪いとは思いませんが、どんどん食がつまらないものになってしまうことを懸念しています。 じゃあ、食について学ばなくてもいいじゃない。知らなくても、毎日お腹を満たすことに不自由はないし。そう考えるのもわかります。ただ選挙と同じで、ひとりひとりの食の選択や行動が、この先の経済活動や自然環境に影響を及ぼすと考えると、やっぱりそこに「責任」は持ちたいなと思います。

食を原因とした問題が浮き彫りになればなるほど、行動を萎縮させてしまう。そうならずに、機嫌良く食と向き合っていくためには「食を哲学する」が、きっかけになる気がしています。それには対話も必要だし、人の意見を聞くことも大事だし、ひとりよりは人数がいることで、できることの幅も広がる。みんなで食を哲学するんです。

あれ?「食」について考えることは、面倒くさそう? いやいや、そんなことはないです。食のことを学んで、食を通して他人の生き方に触れて、最終的には自分の生き方を考える。つまり、「食を哲学する」ということが、生きることのヒントにつながるのではないか。わたしはそう思っています。

さてそうなると、食の学び舎「フードスコーレ」はどんな場を目指すのか。

ここまで書いてきた食まわりで起きていること、それに対して生きづらさをちょっと感じはじめているんじゃなかろうか? という世の中に対して、「食から、生きるを考える」という言葉を示しながら、みんなで学び合う場をつくっていきます。

こうした場はわたしたちだけでつくれるとは思っていません。一緒に学び合う人たちがいてこそです。食をとおした新しい気づきや発見があって、それを上手につかってたのしく暮らしていける人が、ひとりでも多くいてくれたら。そんなふうに思っています。

さいごに!

すでにホームページではその一端をお見せしていますが、フードスコーレは4月にリニューアルをします。 「食から、生きるを考える」をどう学び合っていくのか。その方法についてはすこしずつ情報を公開していきますので、おたのしみに!

(フードスコーレ校長/平井巧)

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