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就職後振り返る、多摩美プロダクトデザイン専攻のこと

こんにちは、もけけです。美大再受験を経て、メーカーでプロダクトデザインの仕事をしています。

今回お伝えするのは、就職ありきで多摩美術大学のプロダクトデザイン専攻を選んだ私が、改めて多摩美のプロダクトデザイン専攻で学んで良かったなと思うところです。

「大学で学んだことは実務とあまり結びつかない」と、たまに聞きますが決してそんなことはないと思います。会社に入ってから学ぶべきことが多すぎるだけです。さらに、大学で学べたことは会社では学べないことでもあります。

1、考える力、なんとかする力が身に付けられる

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考える力=様々な視点で命題を見出し、その命題を解決するための手段を導き出す力

他の美術系専攻でも同様ですが、プロダクトデザイン専攻では入学から卒業するまでの間にたくさんの課題が出されます。それぞれの課題は、数週間から長いものでは半年程度の制作期間が定めらているのですが、最初の課題説明と最後の講評だけでなく、数日から一週間ごとにチェックの日程が設けられています。
ここで、課題の進捗状況、リサーチしてわかったこと、自分の考えなどを先生や同級生と共有し、「本当にその仮説は正しいのか?(検証したのか?)」「他にこんなアプローチもあるんじゃないか?」ということを時間をかけて議論します。
その中であまりに取り組み姿勢が悪かったり、見当違いなアウトプットを持っていくと、議論の時間が説教の時間に変わります。
場の空気が張り付いて、ハラハラすることも多かったですが、先生達はそれだけ真剣に学生に向き合ってくれていると言うことです。できの悪い生徒にこそ時間をかけず、さっさと卒業させた方が大学としては儲かるけれど、そうじゃない。
これが大講義室での一方通行の講義がメインのマンモス私立大学とは決定的に異なる点だと思います(美大は一人当たりにかかるコストが高い分、授業料も高い、、、)。
場合によっては複数の先生が一つの課題の担当となり、先生ごとに違うアプローチを指示されて板挟みに苦しむ同級生もいました。はたから見ていて、とても辛そうでしたが、会社に入ると色んなところで板挟みに遭うので、今思うと彼は早めに困難を体験できただけかも知れません。

そんな濃い四年間、日々課題をこなし、先生や同級生達と議論していく中で、デザインに必要な考える力が身についていきます。

いつか先生が「目の前で転びそうなおばあちゃんには、杖じゃなくで手を差し出すべきでしょう」とおっしゃっていて、それが妙に記憶に残っています。プロダクトデザインでは主に立体物のデザインを扱いますが、当然それ自体が目的ではありません。目的を果たすために、モノを作るより他に適切な手段があるならば、その手段を取るべきだということです。

入学する前には、プロダクトデザイン専攻とは美しい形の作り方を中心に勉強する専攻だと思っていたのですが、フタを開けてみるとその手前の考える力を養うことがプロダクトデザイン専攻で主に学んだことでした。

家電量販店を見回しても分かるように、10年前に比べると商品の種類は明らかに減っています。これは、モノのデザインをする機会が減っているということでもあり、現場でも狭い意味でのプロダクトデザインの仕事は徐々に減りつつあります。

だからこそ、モノのデザインだけに縛られず、解決策を生み出せる柔軟な思考力がさらに重要になっています。

なんとかする力=乗り越えたことのないハードルを試行錯誤して乗り越える力

前述の通り、様々な視点で命題を見出し、その命題を解決するための手段を導き出すので、課題に対するアプローチも人それぞれです。提案を説明するためのモデル提出が課題要件の一つなのですが、鉄の溶接でなければ作れないもの、布を縫わなければ作れないもの、作り方さえわからないものなどを学生それぞれが試行錯誤して作ります。
デザインスケッチやエアブラシによる塗装など、ごく基本的なことは教えてもらえますが、先生はそれぞれのモデルに最適な制作方法を事細かく教えてはくれません。同専攻の先輩や工作センターの職員、他学科の友人などを頼りに、自分の作りたい物を期限内に仕上がるために試行錯誤します。
考える時間がとても多いとは言っても、モデル、プレゼン用パネル、そのためのモデル撮影など、やることは山ほどありますが、雑な仕上げは許されません。
それら提出物だけでなく、デザインのための調査にも手探りで取り組むことが多いので、自然と「なんとかする力」が養われます。
押してだめなら引いてみる、みたいなことを常に繰り返して、できないことをできることに変えていきます。
これらの経験が、プロダクトデザインの仕事においては部品コスト、設計制約、各部門の見解の違いなどをなんとかして、自身の導き出したあるべきデザインを実現していく力になります。

「なんとかする力」=「工夫する力」であり、デザインの仕事はもちろん、生活の中でも大いに役立つ力です。

**2、常に努力せざるを得ない

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これは単純に同級生が優秀だからです。

10年ちょっと前の話ではありますが、当時の多摩美プロダクトは一般入試で倍率6倍、センター方式で20倍超えてたと思います。同級生は現役生から最多で4浪までいました。そんな中、私はセンター方式の補欠合格。実技に関しては最底辺クラスからのスタートだったので、みんなのデッサンや水彩画などのうまさに驚きました。特に恐ろしいのが進学校出身の現役生で、飲み込みも早く、優秀な子が多かったです。そんな環境ですので、年齢(6浪相当)と職歴(職歴ありだと新卒応募できない企業が多い)で不利な自分は常に不安しかなく、常に就職用のポートフォリオ(これが良くないと、採用プロセスに進むことすらできない)を充実させるべく課題に取り組んでいました。ライバルは学内だけではありませんので、学内で見劣りするようではとても就職できないと思ったからです。いろいろエラそうに書いていますが、成績は最後まで優秀な同級生たちには敵いませんでした。ただ、プロダクトデザインを仕事にするという当初の目標(でありスタート)は満足いく形で果たせました。

3、情報に触れやすい

八王子の端っことは言え東京にある大学です。地方よりも圧倒的に多い美術館とその展示、デザイン系のイベントなどに足を運びやすいです。多くの情報に直に触れられることは大きなアドバンテージです。また、企業インターン(朝、相模原の下宿から都心に通うのはとても辛かったです)などを通じて、千葉大、武蔵美、TCA(カーデザイン専攻のある専門学校)などの学生に会い、その作品やポートフォリオを見て、自分のポートフォリオが今どんなレベルなのかを確認していました。全然違うと思っていた多摩美の同級生のポートフォリオが、千葉大の学生のポートフォリオを見た後は同じに見えました。大学によって課題や注力するポイントが違うので、それが各大学のポートフォリオの色として滲み出ます。多くの企業のデザイン部門が首都圏に集中しているので、各社のOB,OGにも話を聞きに行けました。

終わりに

私が多摩美のプロダクトデザイン専攻に退職&再受験してまで入学したのは、それがインハウスデザイナー(企業内のデザイン部門でデザインを行う人)になるための最短ルートだと、当時考えていたからです。

なぜなら、大手企業をはじめとする多くの企業は、インハウスのプロダクトデザイナーの新卒求人を主にプロダクトデザイン専攻にしか出さないからです(最近は業務の幅が広がったこともあり、関連専攻にも求人が出ていることがあります)。ネットで検索しても、基本的に新卒求人は出てきませんし、中途採用であればプロダクトデザインの実務経験が必要です。

しかし、実際にインハウスデザイナーとして就職すると、他にも色んなルートがあったことに気づきました。
入学当初、先生が「卒業後の道は違っても、目指すところはみんな同じ」とおっしゃっていて、なんとなくその意味がわかってきました。
当時の私は新卒で思うところに就職できなければ、それは失敗だと思っていましたが、必ずしもそうではなかったと言うことです。
当時就職に苦労した同級生たちも、それぞれの力が活かせる場所を見つけて素敵なものを生み出し続けているからです。
私自身も立ち止まらず、いつか同じゴールで胸を張れるようなデザインを残していきたいです。


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