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京急の列車が踏切までに止まれなかった理由

2019年9月5日、京浜急行電鉄の神奈川新町駅の横浜側に隣接する踏切「神奈川新町1号踏切」で、大型トラックと下り列車(快特)の衝突事故が発生しました。
この事故では、トラックの運転手1名が死亡し、乗客30名以上が重軽傷を負う大事故になってしまいました。

しかし、この事故にはいくつか疑問が残ります。この事故は「起こるはずがなかったもの」だからです。

踏切手前で停止できる条件は揃っていた

既に、報道等で
・遅くとも踏切遮断完了時には、トラックが踏切を支障していた
・たまたま現場に居合わせた京急社員も、遅くとも踏切遮断完了までに踏切の非常ボタンを押していた
・踏切には障害物検知装置が設置されていた
・列車の運転士に危険を知らせる特殊発光信号機が正常に動作していた
ことが明らかになっています。国土交通省の鉄道に関する技術上の基準を定める省令では、踏切の遮断が完了した瞬間に踏切内で異常を運転士が発見した場合でも、列車が踏切の手前で安全に停止するよう定められています。

従って、「踏切の遮断完了時から踏切を支障していたトラックに列車が衝突する」という事故形態は、信号システムや運転士が想定通りの動作をしている限り有り得ないことになります。

列車は安全に停止できたはず

本件列車が踏切手前で停止できたと主張する根拠を次の図に示します。

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なお、計算は次のような条件で行っています。
・速度:120km/h (営業最高速度)
・減速度:4.0km/h/s (常用最大ブレーキ[注1]・速度によらず一定)
・空走時間:2.0秒 (運転士が停止の必要性を認識してから実際にブレーキが効きはじめるまでの時間)

本件列車の制動距離は、等加速度直線運動として次式で求まります。
・制動距離={ [(速度)^2]÷[2×(加速度)]+(空走距離) }=567m
ここで、先述の通り、踏切手前340mに建植された特殊発光信号機の現示は、踏切手前600mから視認できるようにすることが省令で定められています。
そのため、空走距離を含む制動距離が567mだとすれば、本件列車の運転士は踏切手前600mで非常停止の必要性を認識できたはずなため、列車を踏切手前33m地点で安全に停止させることができたと考えられます。

衝突時の速度は

なお、この計算では列車と大型トラックの衝突による速度低下や、脱線した列車が大型トラックや構造物に接触しながら進む際の走行抵抗を無視しています。
また、本件列車は踏切の75m後方で停止したので、こちらも等加速度直線運動と捉えれば衝突時の速度は46.8km/hと求まります。もちろん、この数値はあらゆる抵抗を無視しているので、実際には50km/h以上で衝突したと考えられます。

なぜ、列車は止まれなかったのか

運転士の業務は特殊発光信号機を監視するだけではないことは当たり前なものの、何らかの事情で運転士が少なくとも数秒間以上にわたって特殊発光信号機を見落としたことが、ブレーキタイミングが遅れた直接的な原因と考えられます。特殊発光信号機を見落とした理由はあくまでも推測に過ぎませんが、
・次の停車駅(横浜)の到着時刻などを確認していた
・通過中の駅のホーム(子安駅)に、黄色い線を越えそうな利用客がいた
・目の前にある踏切(子安第一踏切)を注視していた
・単に漫然と運転していた
などの理由が思い浮かびます。
最後のはともかく、見落としが発生する原因は、特殊発光信号機それ自体が見えにくいことかもしれません。
次の画像は、踏切の600m手前付近の運転台からの見え方を示したものです。赤枠内に神奈川新町1号踏切の特殊発光信号機がありますが、260m先に建植されているうえに架線柱が乱立しているため、見ようと思って注視しないと気づきにくいと思われます。

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(YouTubeより一部改変)

同じ事故を繰り返さないためには

京浜急行電鉄では、他の私鉄のように踏切の非常ボタンと連動して自動的にブレーキが掛かるシステムは導入されていません。このシステムを導入している鉄道事業者がある中で京急が導入しない公式の理由は不明なものの、ラッシュ時などに多々みられる踏切の直前横断などでもブレーキが掛かることを嫌い、運転士の目視に頼っているのではないかと考えられます。
しかし、京急とてこのような事故の発生は許容できないと思われるため、再発防止策としては、
非常ボタンと連動して自動的にブレーキが動作するシステムの導入
・運転士の目視に頼る場合は特殊発光信号機の増設
・車内信号式の特殊発光信号機を導入する
などが求められてくると思います。

*もちろん、大型トラックなど自動車が踏切を支障しさえしなければ本件のような衝突事故が発生しないことは言うに及びません。



※注釈
注1:あまり知られていませんが、鉄道における非常ブレーキは最大の減速度を常に保証するものではありません。回生ブレーキを使用せずに機械的な摩擦ブレーキのみで減速し、とにかく確実に停止させることを目的としたブレーキ装置なため、今回の計算では簡単のためにやや数値が劣る常用最大ブレーキで計算しました。

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