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5-9まなざしを引くと全てが関係している

「まなざしのデザイン」没原稿:第5章「心の進化」09
 
 これまで繰り返し風景とは「場所」と「人間」との関係性で生まれるということに触れてきた。この両者の関係性をより理解するために、私たちのまなざしの高さを頭の上よりさらに高く上げていき、風景を縁取る枠をずっと遠くへ引いてみる。そうすると色々なものと複合的に関係している風景が見えてくるだろう。
 まず「場所」というものを考えてみる。場所をみているまなざしを上空へずっと引いていくと、私たちが場所と呼んでいるものは全て「地球」の上にあることがわかる。だから場所というものを考えるためには、地球について考えねばならない。
 地球をつくるエネルギーとして大まかに捉えて現在理解できるのは大きく三つである。一つは「太陽」からくるエネルギーだ。もう一つは地球の内部にある「地殻」やマントルからくるエネルギーと言える。そして最後の一つが私たち生命体のリズムや潮の満ち引きに関係している「月」のエネルギーである。
 この三つが地球にエネルギーを与えて、それが地球上のあらゆる「場所」の条件を作っていると言える。もちろん見えないエネルギーとして「電磁気」「重力」のようなものもあるが、これは太陽、地球、月といった大きなエネルギーと関係付いている力だ。
 地球と太陽との関係性を考えてみると、地球は太陽に対して地軸を傾けたまま自転し、太陽の周りをずっと回っている。地球の自転によって光があたる昼と、陰になる夜といった光のリズムをつくり、それが「時間」を生みだす。
 地球の地軸は太陽に対して23.4度傾いたまま自転していて、光の当たり方には差が生まれる。公転によって四季というエネルギーのリズムが生まれるが、赤道は最も太陽のエネルギーを受けるところで、北極と南極の近くは太陽のエネルギーが一番弱いところである。その間にあらゆる地球上の気候が分布しており、太陽光線と地軸の傾きによって、地球上のあらゆる場所の「気候」の条件が決まるのだ。
 その一方で、地球の内部からやってくるエネルギーは大地を内側から押し上げて様々な「地形」を作りだす。地球の中で最も高いエベレスト山から、最も低い深海のマリアナ海溝まで、様々な地形が丘や谷や平地や浅瀬などを作っている。それらは全て地球の地殻からくるエネルギーを受けて出来たと言える。
 この地形と気候によって、その土地の「水分」の条件が決まる。地形が最も低くなったところから順番に水が溜まり、そして地形が最も高くなったところは乾いた場所になる。しかし海から上がった水蒸気は雲になり、また雨となって降り注ぐ。それは川となり、地形の最も高い場所から低い場所へと流れていく。こうした水の循環は「地形」と「気候」によって作られて、その間に様々な「気象」を生み出している。
 これら「地形」・「気象」・「水分」が合わさって、その土地の「植生」が決まる。熱帯にはそれに適した植生が、高山にはそれに適した植生が生まれる。植物は微生物や菌類などと合わせて、その土地の環境を生みだす。そしてそれが昆虫や動物と関係することで生態系となっていくのだ。ここに挙げたものは、全て自然がつくる場所の条件だと言えるだろう。
 もう一方で、今度はまなざしをぐっと「人間」に寄せてみる。人間の中身をもし二つに分類するならば、大きくは「身体」「精神」に分けることができる。
 私たちは自分の「身体」を保つために様々な活動を行う。植物は太陽からエネルギーを得るが、私たちのように動く生命は身体を維持するために他の生命からエネルギーを取り込まねばならない。それが「食」という形としてあらゆる活動の根本となる。
 あらゆる動物が食を得るために活動を行うが、人類は狩猟や採集という方法だけではなく、別の解決方法を発明した。それが「農」である。栽培や牧畜などによる農業は、人間が自然から効率よく食物を手に入れるための方法として考案された。
 一方で、私たち人間は「身体」だけではなく「精神」を保つための活動も行う。その「身体」と「精神」の両方の接点となっているのは「脳」「神経」だと言える。これら脳と神経を心とイコールで結べるのかについては注意が必要だが、少なくとも人間の精神と関係していることは分かっている。そしてその神経の中にも「意識」でコントロールできるものと、コントロールできない「無意識」の領域の二つがあることと言えそうだ。
 この人間の「精神」が、言語などの「記号」を生み出し、それが様々な文化へと発展していく。その文化の最も精神的なものとして、見えない「神」を信仰する宗教という表現と、その美しさを取り出した「芸術」という表現が生まれた。これが自然の場所などと結びつくことで「聖地」のような特殊な場所や聖性のような質を生みだす。もちろん「電磁気」のような見えないエネルギーもそういった場所には関係しているが、地球の中でも特殊なエネルギーを発する場所は人間の想像力をかきたてて文化を生みだす源泉となる。
 身体を保つための「食」をより効率的に得るために、人間は「精神」を使って自然を「情報」として観察する。そしてその観察から具体的に環境を操作して恵みを得る技術が育てていく。「科学」「技術」の誕生である。。その科学技術によって、さらに人間を豊かにするために環境を改変する。木々が伐採され、農地がつくられ、自然が改変される。
 そのようにして農業を始めた人類は定住をせねばならない。そのためにより快適なシェルターとして、「建物」を作るようになる。建物が集まって集落になり、都市になっていくと、自然環境の中に人間だけの領域が切り取られていく。
 そうした人間だけの領域に集まって一緒に暮らすためにはルールが必要になる。それが神に基づく宗教から法、律令などへ発展した「制度」になっていく。その制度は人の暮らしの様々なルールを生みだす。そしてその中で最も根本的な制度が「食」の配分であるが、それが「経済」という大きな仕組みへと発展する。人が食料やモノを需要する「意識」と、生産力や自然の資源に応じた供給とのバランスが「経済」を左右するので、「経済」は人の「意識」と関係している。
 こうしてまなざしの高さやスケールを変えていくと、全てのものが関係付いていることが理解できる。さらに地球や月や太陽の外側まで飛び出していくと「宇宙」へとまなざしを向けることができるかもしれない。それは私たちの「精神」と直接的、間接的を問わず関係付いている可能性がないとは言い切れない。
 大雑把ではあるが、包括的にこの宇宙から私たちの心の中までを関係付けるとこういうマッピングになっている。これら一つ一つを詳細に検討するのは専門家の役割だが、一方でまなざしを引くことで全体像を眺める役割も必要だ。それは専門家に対して「包括家(Comprehensivist)」と呼べるようなものではないか。今、この包括家が求められている。

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