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私のお守りのDVD

井上雄彦さんが出演されたNHKプロフェッショナルのDVDは、10年のあいだ私のお守りだった。

最初にテレビで放送されたのは2009年。
当時、私は独立をしたばかりで、先の見えない暗い道を、圧倒的な不安と孤独を感じながら、おそるおそる歩いていた。

日経の記事で取り上げていただいたり、紹介をいただいたりと、営業らしい営業をしなくてもなんとか仕事はあったけれど、とにかくいつも「自分のやっているレベルで大丈夫なのか」という不全感にさいなまれていた。どうしたらよくなるのかわからなくて、よく家の床をのたうちまわっていた。



そんなときに井上さんが出演されたプロフェッショナルの放送を観た。
宮本武蔵を主人公にした漫画『バガボンド』の連載が終わりに近づいた頃の、1年に渡る密着のドキュメンタリーだ。

そんなところまで放送しちゃうんだ、というようなシーンもいっぱいあった。あえてそういうシーンを選んで編集しているんだろうけど、「壊滅的ですよ」、「うまくいかない」、「追い詰められている」といったシーンやセリフのオンパレードだった。

「こんなにももがきながら作品を生み出している人に比べたら、私は水たまりにはまったと言って泣いているようなものだな」

と、自分の苦しみの器が広がった。
もっともっと苦しんでいいんだ、逆にもっともっと苦しまないといいものなんてできないんだとリフレーミングされた。

翌年、DVDが発売になったので購入し、行き詰まったときにはこれを観ようとお守りにした。


3.11の震災のあとにも、井上さんは笑顔のイラストを描き続け、Twitterで公開してくれていた。

DVDを通して、1本の線にどれだけこだわって描いているかを知っていたから、余計にその1枚1枚のイラストに込められた思いが響いてきた。あの頃、多くの人が抱いていた無力感に、これらの笑顔がどれだけの光をもたらしてくれただろうか。


井上さんの『スラムダンク』も、何度も繰り返し読んだ。
今では、『スラムダンク』の話をしたり、駅でこんな看板を見かけるだけで目頭が熱くなる。

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昨日、「芸術」や「表現の衝動」ということについて考えていたのだが、それでこのDVDをまた観てみようと思った。私に「表現の衝動」を教えてくえた、原点みたいなものだから。


メモを取りながら観て、泣いた。
10年前と同じ言葉で、泣いた。
その言葉は、まったく色褪せないどころか、さらに大きくなり、濃くなり、深みと重みを持って、迫ってきた。


「結局自分のことを描くしかない。一番奥にあるようなことを引っ張り出す。自分がそうだと思っていないことは描けないから」

「自分がその感情になって描くしかない。自分を完全に空っぽにできていないと、よけいな雑念、ノイズがあると、100%その感情につながれない」


佐々木小次郎が次々と人を斬っていくシーンでは、井上さんは筆が持てなくなり、1年間の休載をした。

「スラムダンクでポジティブな光の部分を描いて、反対のものを書きたいと思った。自分に対して嘘のないように描こうとしていたら、影に自分も同化しちゃった」

「なんかずるいような気がして。人を斬るところを描いてて苦しくなったりとか痛くなったりしなきゃ、ずるいような気がしたのもありますね」


作品に自分を込めるということを何でしなくちゃいけないのか?という茂木健一郎さんからの質問に対しては、

「自分の内側を掘っていくことをやんなきゃいけないんでやるんですけど、ちゃんと掘って掘って掘っていったら、結局根っこしか残らない。後からついたものじゃなくて、もっと根っこのものに辿り着く。それっていうのは、普遍っていうか、みんな同じじゃないかっていうのが僕のなかにはあって。自分の内側を掘ったら広い普遍っていうスペースがあるっていう気がしているんですけどね」

「今の時代に受けようという気持ちも、勝負論の中ではありますけど、もっと大事なのは何年たっても、どの世代でも、読んだら何か普遍的なものがあるっていうことが大事だと思ってるんでね。時代も国も取っ払っても、通じるようなもの。人間ってことだと思いますけど。人間を描けているかどうかじゃないですかね」


昨日、「表現の欲求」について、平田オリザさんの言葉を引用したけれど、それと通じるところがある。


何年か前、人生に文学を。というサイトのコピーが、アニメを揶揄しているとして、炎上したことがある。日本文学振興会が謝罪文を出す事態になった。「アニメは文学に勝るとも劣らない芸術です」と。

「芸術とは何か?」という昨日からの問いに、まだ自分なりの答えは見出せていないけれど、私にとって井上雄彦さんの作品は間違いなく芸術だ
人間というものを、そして自分というものを、逃げずにまっすぐに、そして1㎜の妥協もなく、誠実に見つめているという点で。それがどれだけ孤独で苦しい道のりであったとしても。

さ、久しぶりに『バガボンド』を読み直そう。


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