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ストライダの反撃 −その10−古の魔神


竜の仔の物語 −第2章|3節|−ストライダの反撃

−その10−古の魔神


 奇怪な音が止むと、未だ頭の中で響く耳鳴りを振り払いながらソレルは立ち上がる。音の元凶を見渡すと、イハータラが操り人形のようにゆらりとオーギジアルの死骸のもとへ進んで行くのが見える。

 「ラウ!そいつをとめるんだ!」

 ラウは素早くオーギジアルの胸から鶚の爪を引き抜き、イハータラに向かって走り出す。

 「手に持つ頭蓋を狙え!」ルーアンが叫びラウが剣を振り上げる。一足飛びで老婆に詰め寄り、思い切り剣を振り下ろす。

 するとイハータラも飛び上がり、頭蓋の代わりにその刃を受ける。布を引き裂いたような感触が伝わり、老婆の死骸は真っ二つ分かれ、上半身だけがオーギジアルのもとへ飛んでいく。

 「ラウ!」ルーアンが叫ぶ前に、彼はすでに足を切り返している。しかし、頭蓋から発せられた光の波動に、その身体は吹き飛ばされる。

 横からアルベルドが躍り出て、剣を突き立てるが見えない膜に阻まれ攻撃が弾かれる。

 「なんだかしらねぇが!まずいぞこりゃ!」

 何度となく見えない膜を叩きつける。その度に火花を散らし弾かれるが、僅かに膜から光が漏れはじめる。ミスリルの刃が魔法の障壁にも効果があるとわかった彼は、休むことなく猛然と攻撃を続ける。

 そうこうしているうちに、頭蓋が浮遊しイハータラの手を離れる。すると老婆は崩れ落ち、ボロ布のような死骸に立ち戻る。

 そうして頭蓋が割れ、左右から包み込むようにオーギジアルの頭に覆いかぶさる。

 強い光が辺りを包み込み、真っ白に染め上げる。冷気を孕んだ強い衝撃が彼らを襲う。光が収束していくと、その先でオーギジアルと思しき男が、静かに立ち上がるのが見える。

 「オーギジアル!」ラウが叫ぶ。

 「いや、あれはオーギジアルではない。」ルーアンが遮る。「・・あれが、イミィールだ。」そう静かに呟く。

 イミィールは黙り込み、自分の両手をじっと見つめ続ける。受肉したその躯を確かめるかのように、手のひらを握ったり開いたりする。眉間の上には大きなツノが一本飛びだし、四つの瞳が冷たく輝いている。

 アルベルドが背後に回り込み、両腕に渾身の力を込めてその青白い異形の男に剣を振り下ろす。

 イミィールが振り向き、両手を広げる。すると、もの凄い吹雪が地下の広間全体を吹き付ける。

 あっという間に全てが凍る。イターハラの、スメアニフの死骸が、血が肉片が、床が壁が、天井とそれを支える四つの支柱が、すべて霜の張った氷の塊となる。

 足許さえ凍り付き、アルベルドは身体の自由を奪われる。振り返ればソレルも膝を突いたままで固まり、白い息を吐き出している。しかしラウだけが動き出し、こちらに向かってくるのが見える。

 ラウが攻撃の姿勢を取ると、イミィールの四つの瞳が憎しみに濡れ、歪んでいく。歯を剥き出し口角が三日月型に上がる。顔つきこそ違うが、不敵に笑うその様がラウにはオーギジアルそのものに見える。

 「ラウ!逃げろ!」しかしイミィールはアルベルドの叫び声よりも素早い。瞬きをする間もなく、すでにラウは頸を掴まれ、身動きを封じられている。

 がきり。鈍い音が響き、いとも簡単にラウの左手首が砕かれる。

 「うわぁぁぁぁ!」

 叫び声が氷の空間に反響する。イミィールは冷気の息を吐き出しながら、その太い指を上にずらし、今度は関節を逆に折る。さらにずれると躊躇なく二の腕を砕いていく。その度に、塵さえ凍りついた空間に、ラウの叫びがこだまする。

 アルベルドはその様子を見つめる。首さえも動かさずに慎重に腰のポーチに手を入れ、ソレルに目線を送る。

 ソレルもアルベルドを見つめている。彼のその手には早火の石が握られている。

 ソレルが指で暗号を送る。アルベルドが黙って頷く。

 そうしてまず、ソレルが早火を投げ付ける。

 爆発と閃光。業火があたりを包み、熱風が氷を溶かしていく。

 足もとの氷が溶け、自由になったアルベルドがすかさず走り出す。それに合わせてラウのツノが輝きを放ち、その一閃がイミィールの腕を傷つける。炎に乗じたその攻撃に一瞬のひるみを見せた敵に、身体全体を使い、顔を蹴り込み、掴まれた腕を何とか振りほどく。

 その隙を見逃さず、アルベルドが早火を投げつける。

 視界が光に包まれ、大爆発が起きる。溶けた氷が水蒸気爆発を起こす。衝撃が走り、急激に熱せられ、脆くなった四つの支柱の二つが破壊される。水蒸気が閉鎖空間で濃霧のように立ちこめる。

 爆発に巻き込まれアルベルドが吹き飛ぶ。

 「天井が落ちるぞ!」ソレルは力を振り絞り立ち上がる。落ちてくる瓦礫を避けながら必死で進み、真っ白な視界の先にラウを見つける。彼は倒れ込むラウを肩に担ぐと、出口を目指して走り出す。

 水蒸気の霧が次第に消えていく。奥でさらに強い冷気を放つ大男が揺らいでいる。

 ラウが目を醒まし、霞む視界で崩落する天井を見る。

 それから頸を傾ける。

 そこでラウは見る。

 彼は血の剣を握り佇むイミィールの、その先の目線を辿る。

 霞んだ白い空間の先、落ちてくる瓦礫の合間にそれを見る。

 イミィールに胸を貫かれている、アルベルドのその姿を。

 「アルッッッッ!!!!」

 ラウは叫ぶ。身体をひねりソレルの肩から滑り落ちる。

 「アル!!アルベルド!」

 「よすんだ!」ソレルはもがくラウを必死で抱き寄せる。もの凄い力に彼は身体ごと引きずられて行く。

 「アル!アルベルド!アルベ・・」

 するとラウの身体が虹色に光り出す。背中から四つの光の筋が伸び、翼を形成する。

 ソレルは唖然として思わず腕の力を弱める。すると、ラウの身体はばねで弾かれたかのように高速でイミィールのもとへ向かっていき、その巨体をはね飛ばす。

 巨体が残る柱にぶつかり破壊する。天井の一部がイミィールの頭上に落ちてくる。埃と瓦礫が飛び散り、ふたたび悪化する視界のなかでソレルは虹色に輝くツノを見つける。アルベルドを抱きかかえ、ゆっくりと立ち上がるラウの姿を見つける。



 「ラウ!早く逃げろ!」ソレルが叫ぶ。

 巨大な瓦礫を押しのけてイミィールが立ち上がる。虹色に輝く竜の少年を見つけると、もの凄い速度で向かってくる。

 ラウは砕けていない片腕でアルベルドを抱きかかえたままに、血の波動を難なくかわす。それから超速で切りつけてくる剣の攻撃を、針すら通さないほどの僅かな間合いで避けていく。

 イミィールが一歩引き、両手をかざす。すると猛烈な吹雪が手のひらから発生する。

 ラウもそれに合わて虹色の息を吐き出す。彼らの間で二つの波動が衝突し、吹雪が音もなく消滅していく。

 イミィールは攻撃を止めて、ラウをじっと見つめる。それから崩落する天井を見上げると、背中から歪な血管の迸った異形の翼を広げる。

 「竜よ。」イミィールが口を開く。邪悪な男達の声が幾重にも重なったような不気味な響きだ。

 「今日の所は・・」「それはこっちの科白だオーギジアル!」ラウがすかさずその言葉を遮る。

 「次に・・」「うるさい!今度会った時は、必ずお前を殺す。」やはり隙を与えずにきっぱりとそう言い、異形の魔神を睨み見続ける。もはや彼は対話する意思を全く見せない。

 イミィールは何も言わない。ただラウの金色の瞳を見つめたままに、静かに浮かび上がると、天井を突き破り、高速で飛び去っていく。



 城のほうでまたしても激しい爆発音が聞こえるが、そこにいるほとんどの人間は振り向きもしない。ただ、神経を張りつめて、目の前の不気味な魔法使いを包囲していく。

 ヴァブラは何も言わない。ただじっとルグだけを見つめている。ルグはユニマイナに血止めの咒を施されながらも、ヴァブラに敵意の眼差しを向け、声を出さずに威嚇を続ける。

 狂った男達はユニマイナの魔法で皆縛り上げられ、蒼獅子隊が拘束している。

 「おお!見ろルグ、さらなる援軍の登場だ!」

 ギジムが指差すので、ルグがその方向を見ると、ギルドで見かける気の良い戦士を先頭にして、傭兵達がぞくぞくと駆けつけてくる。

 さらに別の方向からはリパウザと共に、蒼獅子隊の増援もやってくる。 

 アギレラは包囲網が固まった所を確認すると、ギジムに近づいていく。

 「ギジム、ところであの男は何者だ?なぜここを狙ってきた?」

 「まるでわからん。」ギジムは警戒を怠らずに答える。「おれが来た頃にはすでに仲間たちが、吸血鬼どもや、あの頭のおかしい連中と戦っていた。」

 「そうか。」アギレラは頷くと二人は同時に武器を構え、アリアトと対峙する闇の魔法使いを遠巻きに詰め寄りはじめる。ここにいる皆が気づいている。これほどに包囲されてもまるで動揺を見せない、その不気味な男から発せられるただならぬ気配を。

 「・・さすがに、分が悪いのではないか?ヴァブラとやらよ。」アリアトが言葉で揺さぶりを掛けてみる。

 「増援はまだまだ来るぞ。ここはレムグレイド王国だ。・・それとも、このまま国盗りでもはじめるつもりか?」

 「たわけたことを、人間ども。」ヴァブラが口を開き、継ぎ接ぎの杖を掲げる。すると、なんの前触れもなく、蒼獅子隊の兵士が三人ほど宙に持ち上げられる。

 「なんだと!」アギレラが慌てて隣に立つ兵から弓を取り上げ、素早く矢を放つ。矢はヴァブラの額に突き刺さるが、うぞうぞと蠢く虫たちに喰われ吸収されていく。

 ヴァブラが手のひらを開き腕を上げる。

 そうして手のひらをゆっくりと閉じていく。

 すると、宙に浮いた兵士たちが苦しみはじめる。鎧がばきばきと音を立ててひしゃげ、血を吹き出しながら、内側に収束していき、兵士達は血だらけの赤黒い丸い肉塊に変わり果て、びしゃりと地面に落ちる。

 余りに常軌を逸したその光景に、ヴァブラを囲む兵達は唖然とする。ルグだけが闘志を燃やし立ち上がる。

 「・・まあよい。」ヴァブラはルグだけを見つめてそう呟く。

 「・・ともあれ、時は動き出した。お前が足掻いたところで、もはやどうにもなるまい。」虹色の両目でルグを見つめる。それから城を見上げ、おもむろに杖を掲げる。

 皆が身構える目の前で、ヴァブラの杖から羽虫が飛び上がり、そうかと思えば身体中が崩れ落ち、羽虫となって方々に飛び上がっていく。

 すかさず蒼獅子隊の弓兵が矢を放つが、矢はすでにぼろ切れとなったローブを突き刺していく。

 「火矢を急げ!」リパウザが号令を送る。しかし、兵達が矢に油を差している間に、身体のすべてが羽虫となり、飛び去っていく。 

 「逃げてしまいます!」ユニマイナがアリアトを見る。

 「放っておけ、ユニマイナよ。今はそうするしかないのだ。・・第一、お主の魔法ももう尽きているのだろう?」そう言い首を振るアリアトも、すでに小石さえ動かせないほどに魔法を使い切っている。

 「あれは?」皆が悄然としている中、ルグだけが別の方向を見つめる。城の方から大きな翼の生えた男が飛んで来る。

 「オーギジアル?」ルグは首を傾げる。

 男はかなり上空で羽虫と合流すると、南の空へ飛び去っていく。


 そうして、ドワーフとレムグレイドの正規兵とストライダ、それから魔法使いと銀のライカン。多くの者たちが見守る中、神と名乗った魔法使いヴァブラは、いとも簡単に彼らの包囲から脱し、大空で魔神イミィールと合流すると、南の空へと飛び去っていったのだった。



・・なんだ?

・・どうなっちまったんだ?

身体が動かねえし、何も聞こえねえ。

・・オーギジアルの野郎は?・・どうなった?

・・聞こえねぇよ、ソレル。・・なあ、次はどうするんだ?

・・あんたのことだ、次の作戦はもう考えてるんだろ?・・ストライダの仕事、気に入っちゃいねぇが、おれあんたの指示なら従うよ・・、あんたはいつだって間違わねえからな、

・・そうだろ?・・ソレル。

・・ちくしょう、何も見えねぇ。そこにいるのはラウだろ?そうなんだろ?ラウ。

なあ、ラウ、おれ、弟がいたんだ・・。けど、おれのせいで、おれがストライダになっちゃまったせいで、・・弟は売り飛ばされちまった。

・・そりゃ、・・もちろん探したさ、・・何年も・・何年もな、

・・けど、結局グァンテロは見つからなかった・・、

・・何年か後で、弟かもしれねぇってやつの噂を聞いたんだ、おれは噂で聞いたその村に飛んでったんだ、・・でも、そいつはもう、何年も前にくたばっちまった後だった。

・・へへ、余計な話だったな、つまりよ、おれが何が言いたいかっていうとな、・・まあ・・、

・・わかるだろ?ラウ。





・・それにしてもここはずいぶん寒いな、

 ・・ああ、そうだ・・うっかりしてたぜ、

 ・・フリセラに花、持って帰んなきゃな、

 ・・たしか、白い花だったよな・・。真っ白い花、あいつに似合うだろうな・・、



 ん?・・・なんだ、こんな所にあるじゃねえか、・・へへ、たしかに綺麗なもんだ・・、真っ白い花か・・、見つけたぜ、フリセラ、

・・これで安心ってもんだ

・・何にも心配することねぇよ・・、

だいじょうぶだって・・心配すんなって。



・・・・

・・・

・・・アル!

・・アルベルド!

 「アルベルド!!目を醒ませ!!」

 ソレルはアルベルドの鎧をはずし、流れ出る血を両手で押さえつける。

 「いくな!まだまだ逝くんじゃない!アルベルド!」

 必死に止血を続けるソレルをラウは放心して見ている。ラウには何が起きたかが理解できない。叫び続けるソレルの声も聞き取れない。彼はただ、シチリがくれた首もとの赤い布を触りつづけ、アルベルドの側に座り続ける。

 すると、アルベルドがゆっくりと手を上げる。ソレルはそれを見ると一瞬だけ息を吞むが、ふたたび力を込めて傷を押さえ込み、一心不乱にその名を呼び続ける。

 ラウは目の前に差し伸べられたその手を握る。

 すると、ラウの身体がふたたび虹色に輝き続ける。

 余りの眩しさにソレルは思わず顔を伏せる。光が弱まり、視界が開けると彼は驚愕する。

 輝くラウの胸が虹色の脈動をはじめ、口からゆっくりと虹色の息を吐き出しはじめる。

 「・・これは!?」


−第二章、終話へ続く−

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