ガンガァクス攻略 −その5−魔兵の襲撃
竜の仔の物語 −第三章|2節|ガンガァクス攻略
−その5−魔兵の襲撃
手はず通り、中庭へは挟撃の心配の少ない経路を進む。充分警戒して進むも敵の気配はまるでなく、むしろ魔窟内は不気味なほどに静まり返っている。
「静かすぎる。」ラウが呟く。
「ああ、そこがかえって不自然だってぇの。」クリクが鼻白む。皆、多少の罠や待ち伏せは承知の上で進んでいる。
広い中庭の中腹まで来ても敵の姿がまるで見えない。彼らは敢えてアーチ型の橋を渡り、中庭を通過していく。ブゥブゥが橋の下で僅かに溜まる湧き水の池を見ていると、不意に水が揺らぎ、幾つもの波紋が重なり合ってくる。
すぐに眼前の下り坂から、低い地響きが聞こえてくる。ドドドドド。止めどない低音が中庭に響いてくる。
「大軍だ。」ブゥブゥが声を震わせる。
「霧も、目眩ましも出していないようです。」後衛でカイデラが荷物を降ろす。「一気に総力戦ってか。」クリクがそう言うと、ルグがダガーを構え、ぺろりと上唇と舐める。
「ここで食い止める。」マールの号令でドミトレスが前へ出て、橋の先でリンガスの盾を突き立てる。
彼女は状況を確認する。魔兵が横並びで二、三人ばかり通れるほどの小さな橋だ。前方の防衛はドムに任せるとして、さて、どう来るか?
「ブゥブゥくんは、攻撃魔法の準備を。」
「は、はいっ!」ブゥブゥが慌ててエルカノンを両手に握る。
そこで坂の下からグイシオンに乗った魔兵を先頭に、大群団が押し寄せてくる。
「来るぞ!」ラウがドミトレスの横に並び、剣を構える。
メッツは切りかえ栓を連射式に合わせる。すぐに自動ボウガンが回転しはじめる。横殴りの鉄の雨で、先頭の小鬼どもが吹き飛んでいく。
「待って!メッツ!」しかしマールが彼女を止める。敵の様子がおかしい。集団はこちらへ向かっては来ず、坂を登り切ると直角に別れはじめる。
「いったい何を?!」
醜いグイシオンにはウォー・オルグか、ホブ・ゴブリンが乗っていて、今までと違う統制の取れた動きで左右の通路に消えていく。魔獣に乗っていない雑兵どももそれに従い、ひずめに潰されたりはね飛ばされたりしながらも、こちらに敵意を向けずに必死で従っている様子。
「五つの出入り口が、ここをぐるりと囲うように繫がっています。」ブゥブゥが言う。
「・・そういうことか。」マールが頷く。
やがて地鳴りが中庭全体にこだましはじめる。
「四方に警戒!」マールは入り口を見渡す。通路は五つ。まず敵が押し寄せる正面の坂道。西の大部屋へ続く入り口が一つ、東のアーチ型の小さな入り口が二つ、それから後方。
「東だ!」東の二つの小さな入り口からグイシオンの群団があふれ出し、真っ直ぐこちらに向かってくる。
◇
魔獣が濁流のように流れ出し、合流して橋の側面へ突進してくる。
すかさずメッツが矢を放ち、グイシオンに乗りを優先して打ち落としていく。矢を受けたゴブリンが吹き飛び、後ろの同族にぶつかり魔獣に踏み潰されていくものもいれば、魔獣ごと巻き込み濁流に逆らう岩のように、ひと塊りになって流れから遠ざかっていく。
やはり大半のウォー・オルグは矢をくぐり抜けてくる。巧みに魔獣を操り、片手に持った丸盾で矢を弾くか、身をかがめて進む。
第一波が橋の側面にぶつかり、水しぶきがあがる。先頭のグイシオンが次々に橋に突進し頭をつぶし、後続の仲間の顎を後ろ脚で蹴りあげる。混乱しながらも橋の下で停滞した群れからゴブリンどもが飛び付いてくるのを、カイデラが槍で突き刺していく。魔獣の背から跳躍してきたウォー・オルグを、空中でマールが応戦する。
ドミトレスは側面の援護に回ろうとするが、正面の敵の流れからも、一部の集団が進路を変えて押し寄せてくる。
「前は任せろ!」彼はリンガスの盾を突き立て、両足を踏みしめる。歪んだツノと額が大楯にぶつかる。一撃を受け止めるが次の一撃が彼の両足にのしかかる。しかし彼の不動は揺るがない。団子状態で魔獣たちが大盾に溜まっていく。
「うおおぉぉぉ!」ドミトレスが雄叫びを上げる。先頭の魔獣ごと大楯を持ち上げ振りかぶる。魔獣の前脚が浮き上がり、すかさずその隙間に別の魔獣が突進してくる。そこへ彼はふたたび盾を突き立てる。脳天をパイルで串刺しにし、そのまま大理石に叩きつける。
足もとをすり抜けてくるゴブリンには、銀槌を喰らわし、頭蓋を砕く。さらに大楯が振り上げられ、突進してくる魔獣の眉間にパイルが食い込むと同時に横に振り抜く。
「西からも!」ルグが叫ぶ。
「メッツとカイデラは東!クリクとルグは西!」マールが叫ぶ。「おれはどうすればいい?」ラウが振り向く。「ブゥブゥを守れ!」
西側の敵は橋にぶつかるままにさせておく。クリクとルグは橋の縁に立ち上がり、飛び付くゴブリンを処理していく。
ルグが曲芸師のように足場の悪い橋の縁で跳ね回る。クリクも同じように立ち回るが、湾刀では大軍を同時に捌けない。彼は脚を滑らし、ゴブリンの首許に湾刀を引っかけたままに手を放してしまう。
「クリク!」慌ててルグが助け起こそうと走る。すかさず敵がクリクの詰め寄る。しかしそれは全くの陽動。彼は怯んだふりで敵を充分に引きつけてから、錐もみで蹴り上がり敵を蹴散らす。腰に差した、くの字に反り返る大きなナイフを抜刀し、小鬼どもの喉笛を立ち所に切り裂き、湾刀を首に巻いたゴブリンを引き寄せ、その首を飛ばす。
「近接戦闘はまかせなっての!」そうしてクリクは四つ脚で立ち回り、後ろ脚で蹴りあげ、二刀の刃で宙に浮いた小鬼を切り裂く。
「なんだよ、クリク!びっくりさせんなよ!」ルグが隣で叫ぶ。
「へっ!このくらいのハッタリは犬牙族の個性のうちだっての!」クリクはルグの背中に回り、彼の背後に迫る敵を引き裂く。
「ちゃんと覚えておけよな、ルグ。」そう言い、にかりと牙を見せる。
「へへ、」ルグは照れくさそうに鼻を掻き、それから飛び上がると光を放つ。そうして銀狼へと変身した瞬間に、錐もみでグイシオンの胴に大穴を開け、橋の下に着地する。
敵の群れを睨めつけ、ルグが大きく威嚇の咆哮を上げる。
◇
突如として目の前に現れた巨大な狼に、睨まれたグイシオンの脚が止まる。ウォー・オルグは強く魔獣の腹を蹴り、けしかけるが、銀狼を前にした魔獣はすくみあがったままだ。
しめたとばかりにルグが飛び上がる。グイシオンの首許に噛みつき、隣の魔獣に投げ付ける。岩から岩へ飛び移るように次々と敵に襲いかかる。首を噛み千切り、爪でウォー・オルグの鎧を突き刺す。狼に襲われ混乱するグイシオンは、草原で草を食む、か弱い羊の群れとなんら違いはない。
すると、前方から大きな雄叫びが中庭じゅうに響きわたる。
「あいつだ!」ラウが指差す。そこには、全身鎧で身を包んだ巨大なグイシオンがいる。そしてそいつに乗った燃えるような赤髪のゲヲオルグが剣を掲げ、叫んでいる。
怖じ気づいていた羊どもが急に勢いを取り戻す。口元から唾液を飛ばし、狂ったように突入してくる。
殊の外、前方の勢いが強くなる。背後で睨む赤髪に急き立てられるようにして、次々にリンガスの大盾にぶつかり、突き立てられたパイルが大理石を砕きながら、押し返されていく。
「ラウ、前方の援護に向かえ!」ルーアンの叫びと同時にラウが飛び上がる。赤銅色の閃光がたなびき魔獣の顔がべろりと真っ二つに割れる。前腕をついて倒れこむ魔獣の上で体勢を崩したウォー・オルグの上半身が、アリアルゴの力を浴びて千切れ飛ぶ。
ラウは敵を次々に吹き飛ばしていく。力を込めたその一撃一撃が、大砲のような爆音を伴い、彼に向かう小鬼も魔獣も魔兵さえの区別なく、押し並べて肉片になっていく。
「ものすごいな。」ドミトレスが思わず声を上げる。
それでも敵の勢いは衰えない。ドミトレスの壁とラウの剣風からゴブリンどもが次第にすり抜け、橋に入り込む。メッツの矢を防いだウォー・オルグが欄干に手を掛け、銀狼を恐れなくなったグイシオンが橋の腹にぶつかり、飛び出した敵がクリクに襲いかかる。じわりじわりと敵は彼らの防衛線を縮めていく。
「後ろからも!」カイデラが後退してくる。マールが振り向くと、後方からもかなりの数のグイシオンが怒濤の勢いで向かって来る。
「ブゥブゥくんっ!」マールが叫ぶ。
ブゥブゥはそれに答えない。
彼はただ、エルカノンの杖の先端に灯る、小さな火を見つめて神経を集中し続ける。
◇
——力を持った者は、それを正しく使わなければならない。
ぼくをアムストリスモへと導いたストライダはかつてそう言った。
——それが力に対する義務というものだ。
ブゥブゥは思い出す。
そもそもそれが、ぼくの戦いの始まりだ。
——お前にはもう、選ぶ権利はない。
彼はそうも言った。しかし、ぼくはこう思った。ぼくの魔法はぼくが選んだものだ。火、ぼくの心に灯る火。そう、炎だけは誰にも教えられずとも、ぼくは扱えるんだ。
——知っていることを教えるのは、師とはいえぬ
メチア様の言葉の意味が、今ははっきりと分かる。物言わぬダンダリ様は幽玄を通じて、ぼくの心に灯る黒い炎を押さえつけてくれていたんだ。
恐れがないわけではない。強い炎がみんなを焼き尽くしてしまう可能性だってある。
・・けど。
彼は辺りを見渡す。恐れていたって、逃げ出したくたって、敵はぼくらを八つ裂きにしに来るんだ。
彼は必死に戦う皆の背中に、決然たる覚悟を決める。かつて故郷を襲った魔物どもとの戦いの覚悟。彼の“忌み子”としての覚悟。
「大気に宿りし源たる灯」
幽玄の塔で引きこもり、心安らかだった頃とはもう違う。運命に従え。二人の師はそう言った。ぼくの運命がどういうものかはわからない。それでも今はこの背中を追いかけて、ぼくは彼らの手助けをしたいと強く感じてる。
運命がどういうものかは分からない。・・けど、ぼくはぼくの意思に従う!
広い中庭の四隅に小さな炎が灯る。それを魔兵どもは誰も気づかない。
「色無き熱 息吹無き色」
杖が蓄えた魔法の力を解放する。すると四隅の炎が吹き上がり、炎の柱となる。中庭を周回するグイシオンがおののき、ゴブリンどもが振り落とされる。
「我に使役し 我らの壁となれ。」炎柱は広がり、四隅を赤く、あるいは青く輝かせながら覆い尽くす。
「紅蓮の障壁 ウォルガボルガ!」
彼は頭上高くエルカノンの杖をかざす。
すると炎の障壁は彼の許へ吸い寄せられるように縮まっていく。逃げ遅れた魔物どもが次々に焼かれていく。壁の外側のグイシオンが慌てて逃げ出す。内側に残された魔物どもは迫る炎に追い詰められ、中心に集まりはじめる。しかし大軍ゆえにひしめき合い、混乱し、押し出されたものから順番に、その身を焼かれていく。
「すごい。」マールが声を漏らす。「これが魔法の力。」迫る炎の壁に立ち所に焼かれていく敵を唖然と眺める。皆が一体ずつ着実に仕留めていた魔兵も、障壁に呑まれ、簡単に消し炭になっていく。
「・・ありかよ、こんなの。」クリクが身震いし、体毛を逆立てる。
それでも狭まる炎に物怖じせず、襲いかかるウォー・オルグもかなりいる。そいつらを対処するラウとルグを、魔法の威力に見とれていたマールは気がつく。
「残った残党を殲滅せよ!」
◇
炎の障壁は橋を囲むように池の水を蒸発させながら停止する。内側に取り残された魔物どもは少ない。敵はドミトレスの大楯に押し返され、炎に焼かれるか、でなければ狼の牙、戦士たちの刃の餌食となる。
「さて、ここからどうする?」
最後の魔兵の首がクリクの曲がりナイフにはね飛ばされるのを確認すると、ドミトレスが吹き上げる炎を見つめる。
「・・壁は、そう長くは保ちません。」杖を掲げ続けるブゥブゥの額から汗が落ちる。
マールは輝く壁を見つめる。火の壁の向こう側では、まだまだ数多くの敵が正面の坂道を駆け上がり、左右に分かれ通路に消えていく影が見える。
「せめて、奇襲の来る範囲だけでも、狭められればいいのだが。」
すると、背中をつつかれる感触に彼女が気づき、振り向くとそこにはメッツが睨んでいる。
「どうしたの?メッツ。」
彼女をマールを睨めつけながらもボウガンから装填容器をはずし、胸のベルトから別の赤い容器を取り出す。
「爆発矢です。」カイデラが唐突な補足を加える。「メッツ殿から事前に説明を聞いています。」
「なんでカイデラだけに喋るんだろう?」ルグとラウが首を傾げあう。
「メッツ殿は通常の矢と爆裂矢を持っています。ですが、爆裂矢は製造が容易ではなく、今回は十本が限界だったそうです。」
「・・なるほど。」マールが考え込む。
「では、メッツ。それで通路を塞ぐことはできるか?」
マールの問いにメッツが力強く頷く。
「ではお願いしよう。メッツ。」
ところがそのマールの願いにメッツがふるふると首を振る。
「ええっ!!?」皆が驚愕する。「なんで?」
すると、メッツはラウの顔をじっと見つめ、そのまま動かなくなる。
「・・その、おそらくメッツ殿は、ラウ殿に頼んでほしいのかと。」カイデラがさらなる補足を加える。「なんで分かるんだよ。」ルグが苦笑いで突っ込むが、カイデラはそれには答えず、背筋を正してラウを促す。
「・・えっと、じゃあ、お願いできるかな。メッツ。」ラウがそう言うと、メッツはつかつかと彼の前に立ち、頭を垂れる。
「メッツ殿は、ラウ殿に頭を撫でてほしいそうです。」再びカイデラが淀みなく彼女の意思を伝える。
「だからっ、なんで分かるんだよっ!」そんなルグを尻目に、「これでいいのかな。」ラウがメッツの頭をやさしく撫でる。すると彼女は猫のようにすがめを細めて、気持ちよさげにじっと動かず、彼に撫でられ続ける。
「なんの時間だ、こりゃ?」クリクが呆れて舌を出す。
◇
「・・あの!取り込み中、悪いんだけどっ!」
ブゥブゥが息を切らせて言う。「炎の障壁が消えちゃう。」彼の杖を掲げた腕がだらりと下がる。
炎が消えるのは一瞬。弱まりもしなければ吹き上がりもしない。一瞬で、彼ら包み込み、敵を隔てていた炎が消える。
メッツがぴくりと跳ね上がり、素早く爆発矢を装填する。
「まずは東っ!」マールの叫びに反応し、彼女が自動ボウガンを構える。東の入り口から飛び出して来るグイシオンの群れのやや上、戸口の上部めがけて矢を放つ。
大爆発が起き、数体のゴブリンを乗せた魔獣だけを取り残し、敵の群れが瓦礫の奥に塞がれる。
さらに続けて爆発矢がもう一つの東の入り口を塞ぐ。次に西から飛び出してきた所でさらにもう一発。西の入り口はかなり広く、完全に通路を塞ぐのに三発を要する。
「ありがとう、メッツ。あとの五本はいざという時に取っておいて。」マールが正面坂道から来る敵に備える。
「さっきの赤髪の姿が見えねぇな。」クリクは左手で曲がりナイフ、右手に湾刀を構え、背後の敵を待ち構える。
正面から怒濤の勢いでグイシオンが向かってくる。しかし的が二方向に絞れただけでも、かなり戦い易くはなった。
「後は単純だ。」ドミトレスが大楯を大理石に突き立てる。「敵をすべて潰すだけ。」ラウがシチリの剣を構え、呼吸を整える。
やがて左右の進路を断たれた集団が、背後に集中して一斉に襲いかかってくる。
「ドム、ラウ、メッツは前方!ルグとわたしは後方!カイデラとクリクはブゥブゥを守りつつ、あとは流れで戦え!」
マールが的確な指示を送る。同時に、敵の肉と彼らの刃が重なり合い、金属と布と肉がぶつかる音が魔窟に響き渡る。
−その6へ続く−
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