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戦乱の鋒 −その8−緑のドラゴン

竜の仔の物語 −第四章|三節|−戦乱の鋒
−その8−緑のドラゴン



 レザッドの追跡は、ソレルほどの実力を持ってしてでも困難である。尤も、野でストライダを追跡するということ自体がほとんど無謀ともいえ、それは同類の者にも当て嵌められる。

 「じゃあ、どうやって探すのですか?」ミルマが単純な疑問を投げかけ、師にぎろりと睨まれる。もう一人前なのだから自分で考えるんだ。そんな目つきに彼女は背筋を冷やす。

 「だが、こればかりは経験がものを言う。」それでも彼はちゃんと教えてくれる。まずもって歴戦のストライダを見つけられはしない。痕跡はまるで残さず、動物や魔物のように決まった習性があるわけでもないからだ。

 「だから、場合によってはこうする。」するとソレルは気配を殺すことを止め、藪の中をぞんざいに歩み始める。

 「そうか。」ミルマもすぐに理解し、同じように進む。「向こうから見つけてもらえばいいんですね。」

 「そうだ。しかしこんなことは稀だ。」

 ミルマもそれは理解できる。まずこの方法は相手に敵意がないと分かっている場合のみに限られるからだ。

 「魔物どもにこちらの居場所を知られる危険も伴うからな。」それはストライダとして致命的なことだ。独特の言い回しで師が付け加える。

 「まず敵に気取られないこと、常に先手を取れる場所に潜む。」ミルマが教えを口にすると、彼はふっと笑う。「いいぞ、基本を忘れた者から、必ず野で果てる。」

 彼らは藪をいい加減に進み、所々で野草を摘み、時に虫の死骸や動物の糞などを回収していく。これもストライダの基本的な動作で、考えられる戦いに備え、霊薬の準備をするためである。

 ソレルは鞄だけを背負い、鎧を装備していない。しかし、代わりに四肢と首に装着した輪が、その代用品であることは当然ミルマも知っている。知ってはいるが、その性能は未知である。

 「アルデラルの鎧。」声に出すミルマに師が頷く。

 「試す時間が取れなかったがな、使い物にはなるだろう。」ソレルは呟くように言う。そうして鞄から笛を取り出しミルマに手渡す。「だが、こちらの方がよほど役に立つかもしれん。」

 渡された笛が何なのかもミルマは知っている。しかしそれは数あるラームの品々の中でも、今回の戦いに最も縁遠い品物だとさえ思える。首をひねる彼女が使い道を訊ねようとしたところで、ソレルが何かの足跡を見つける。

 「山羊?」師の脇から顔を出した彼女もそれを調べる。「・・じゃない、二足歩行だ。」

 「追うぞ。」

 「え、でも、レザッドさんを見つける方が先じゃ?」

 「これもストライダを見つけるもう一つの方法だ。」ストライダが見当たらなければ、別の痕跡を追ってみるのも良い。

 しばらく進むと藪が開ける、そうして運の良いことに、しゃがみ込んで何かを調べる大きな背中を見つける。

 「よかった、レザッドさん。」ミルマが声を掛ける。レザッドは振り向きもせずに、地面に倒れ込む死体を調べている。

 「何しに来た?」声を掛けたミルマではなく、ソレルに訊く。

 「紫砦での借りを返しに来た。」それだけを言う彼に、レザッドは頷きもしない。彼は勝手に付いてきたミルマのことも言及したりはしない。戦いに於いての最終判断は個々に決める。彼女もそれを承知しているので、彼らの隣に座り込み、黙って死体を調べはじめる。

 「リコラの難民ではなさそうですね。」

 全裸の死体はからからに乾いてはいるが、残った血が乾いていないことから、そう時間が経っていないことがわかる。あたりには裸足の人間の足跡と、二股に分かれたひずめの跡が無数に見られる。

 「サテュロスだ。」レザッドの言葉に二人も同意する。

 「おそらく自ら望み、干からびるまで精力を吸い尽くされたのだろう。」サテュロスに奉仕する若い男は後を立たない。ソレルが言う。

 「このあたりはやつらの領域なのかもしれん。」レザッドは立ち上がり、近くのたき火跡から消し炭を抜き取り、ソレルに手渡す。

 そうして彼らは黙ってそれを口と股間に炭を塗りたくる。サティロスの“魅惑”除けだ。それだけである程度の予防の効くその魔法に、まるで備えもせずに若い男が近づき、命を吸い尽くされる事件が後を絶たないのは、必ずしもその効果を知らないわけではなく、ベラゴアルド中の男達がサテュロスの性的魅力に、文字通り興味を惹かれるからに他ならない。

 ミルマも彼らにならって消し炭を手に取るも、「お前は必要ない。」師にそう言われる。

 「・・でも、念には念を、」「必要ない。」

 「・・なんだミルマ。お前は女だったのか。」そのやり取りを見て、レザッドがそんなことを言うので、ソレルは思わず吹きだしてしまう。

 「ああ、小鬼でないことは確かだ。」

 「モレンドでは小鬼だと思っていた人間の子どもが、どうやら、ストライダになったようだな。」

 そんなことを言い合う二人に、ミルマは何か言い返したくもあるが、二人がさっさと藪に入ってしまうので、頬を膨らませつつ、黙って後を追う。



 彼らは街道の東、切り立った崖を目指して藪を進む。足跡を追跡しつつ、時折レザッドは地形を確かめに離れていく。

 「この先は海だな。」

 戻ってきたレザッドが言い、黙々と進む。藪の先で気配がすると三人は同時にしゃがみ込み、ソレルの合図でミルマだけが藪の先へ進んでいく。

 そうして残った二人が立ち上がり、ゆっくりと藪から出て行く。その先の崖沿いの小高い丘では、青髪と赤髪のサテュロスが木の実を囲んで座り込んでいる。

 「おやおや。」赤毛の一体が彼らに気づき、声を上げる。

 大きな山羊のツノを隠しもせずに立ち上がり、「人間の良ぃ男が、二人して、・・迷子かい?」甘えた猫のような声でそう言い、さっそく腰巻きを取り外す。彼女がしなやかな腰つきで歩き出すと、みるみるうちに山羊の下半身が丸い人間のものとなる。

 「食事中のところ悪いな。」ソレルが言うと、赤毛が自分の唇を舐めまわす。

 「いーえ、お構いなく。食事は今からするところ。」囁くように言い、上着を脱ぎ捨てると、大きな乳房が露わになる。

 「悪くないな。」ソレルが肩をすくめ、レザッドのほうを見る。

 「イギーニアでは、サテュロスはどうする?」

 「依頼があれば、殺すこともある。」

 その言葉に赤髪の脚が止まり、背後の青髪が咄嗟にナイフを構える。

 「乱暴なことはよせ。」ソレルが両手を広げる。

 「あんたたち、“魅惑”が効いてないんだろう?」赤髪は二人が口と股間に塗り込んだ炭に気がつく。

 「まずいよ、こいつらたぶんストライダだよ。」青髪が怯えはじめる。

 「ここを去れ。」レザッドが無表情で言う。

 「去れだって?あんたたちが去りなよ!」勝ち気な赤髪が声を上げる。弓を取り出すレザッドを制して、ソレルが前へ出る。

 「ここはもうすぐ戦場になる。」

 「はっ!知らないねぇ。」赤髪が凄む。

 「去ってくれたら、その前に一度、きみたちにお相手願おうと思っていたんだがな。」彼はサテュロスを見つめたままに、レザッドのほうへ顎をしゃくる。

 「このダンナは絶倫だぞ。」

 「・・なんだい。」それを聞いたサテュロスの緊張が僅かに緩む。二匹で顔を見合わせ、「どうする?」相談しはじめる。

 そこで藪から矢が飛んでくる。青髪のナイフを弾き、すかさず腰に手にやった赤髪のナイフも二射目が弾く。

 ソレルが小さく舌打ちして動き出す。素早く赤髪の両手を拘束し、隣を見ると、すでにレザッドも青髪を抱きかかえている。



 「放せよ!」暴れるサテュロスを縛り上げ、猿ぐつわをする。それから藪から出てきたミルマをソレルが睨む。

 「ミルマ、なぜ矢を放った?」

 「え?」ミルマはきょとりと返事をする。「だって師匠たち、“魅惑”に罹って・・、」

 「あれは、ただの駆け引きだ。」ソレルが息を漏らす。

 「え、あ、あたしはてっきり、師匠たちが、その、・・せ、精力を。」ミルマは全裸のまま縛られ、こちらを睨むサテュロスに目を向け、顔を赤らめる。

 「ふむ。お前は少し、駆け引きを憶えたほうが良いかもしれんな。」そうは言うが咎める様子はない。

 近頃のサテュロスは“魅惑”が効かない人間に遭遇すると、ツノを切られたり、奴隷として売られることを恐れ、舌を噛み切り自死することが多い。かといえ、人間、ましてやストライダを信じない彼女らは、生中なことでは話し合いにすら応じることはない。ソレルはそう説明する。

 「だからこそ、我々は彼女らに、慎重にならなくてはいけなかったのだ。」

 「・・そうだったんだ。」ミルマはその事情を知りしょげ返る。

 「もっとも、女のお前にはサテュロスは無害だ。それだけを理由に、しっかり教えておかなかったわたしに、非があるがな。」師はそう言ってくれるが、ミルマは未熟な自分を猛省する。

 そこで彼女は師に、サテュロスを任せてもらう許可を求める。何とかして自分の口から彼女たちにここを去るように説得したかったのだ。

 「早くしろよ。」レザッドはそれだけ言うと、再び藪の中へと入っていく。

 そうしてミルマはサテュロスたちと交渉をはじめる。この辺りに戦いが迫っていること。それに伴いイギーニアからラームへの街道は危険だということ。敵はウォー・オルグという魔兵で、知恵を持ち、魔神と闇の魔法使いに従えられていること。

 サテュロスたちは訝しがりながらも真剣なミルマの態度に、次第に落ち着きを取り戻してくる。

 その様子を見守っていたソレルが感心する。自分だったらこうも簡単にサテュロスが気を許すことはあるまい。あながち女ストライダというのもこれからのラームに必要な存在なのかもしれない。彼はそんなことも思う。

 「リコラの近くで、怪しい兵隊を見た。」猿ぐつわを取ると、青髪がそう言う。「兵隊が、馬車の人間を引きずり降ろして連れていってた。あれがウォー・オルグ?」

 ミルマがソレルのほうを振り向く。

 「魔兵が仲間を増やしているのだろう。」

 彼女はサテュロスたちの縄を解く。それから何度も確認してから、ナイフも返してあげる。

 「急いだほうがいいよ。街道から西へ抜けて、太古の森沿いに北へ逃げて。」ですよね。念のため確認すると、後ろでソレルが静かに頷く。

 「寄り道せず、イギーニアより北を目指すのだ。南はこれからどんなことになるのか分からん。」それから彼はタミナ金貨を一枚取り出し、指で弾く。

 「こいつは?」金貨を受け取った赤髪が訝しげな顔をする。

 「もし人間に見つかったら、それで何とかなるかもしれん。布を巻き、ツノを隠して旅の馬車を見つければ、荷台に乗せてくれるだろう。“魅惑”魔法は男をたらし込むために使うのではなく、その姿を誤魔化すために使うのだ。」

 「上手くいくとはおもえないけど、いざとなったらやってみるよ。」青髪が素直に頷く。

 「さあ、急いで!魔兵が襲うのは人間だけじゃないから。」ミルマがせかすと、サテュロスたちは立ち上がり、急いで藪の中に入っていく。

 「獣道を進んで!道を外れると狩人が仕掛けた狐の罠があるから!」そう叫ぶと、藪の中から片腕があがる。

 「ありがとう!おちびちゃん!」青髪が顔を出し、ミルマに向かって口づけを投げる。

 「ふふ。よかった。」ミルマが満足げに師を見る。

 「ストライダは慈善事業ではないのだがな。」ソレルが腕を組む。「しかし、このやり方もそう悪くはない。」

 「あ、ねえ、師匠。」するとミルマがなにやら思い出す。「・・ゼツリン、って何ですか?」そんことを訊いてくる。

 「ふむ。」ソレルは息を漏らす。「それはまだ知らなくても良いことだ。」そう言い、彼女から背を向ける。

 



 その頃、ラームでは戦に備え、従事者たちが忙しなく働いている。砦の地下からは仕上がった矢や剣や盾が続々と中庭に運び込まれ、それをブブリアが精査し、使えるものをより分けていく。

 作業を終えたメッツとドンムゴが三日ぶりに地下の作業場から出てきて、眩しそうに中庭を見渡す。

 物見台でソッソの指笛が聞こえると、ダオラーンが防壁に飛び上がり、するすると昇って行く。

 「銀狼が戻ったぞ!」彼の叫び声で、固く閉じられた大門が開き、同時にラウを乗せたルグが飛び込んでくる。

 「おかえり。」フリセラが駆け寄ると、ファフニンがラウの肩から飛びだし、彼女の頬に抱きつく。

 「おかえり、ファフ?」黙っていつまでもそうしている相棒に、彼女は眉を寄せる。

 「どうしたの?妖精の国で何かあった?」

 「ねえ、フリセラ。ぼくが妖精じゃなくても嫌いにならないでよ。」そんなことを言うので、彼女はつい笑い出してしまう。

 「あんたが妖精じゃない?冗談。」そう言い、ファフニンの脇をつつく。

 「妖精じゃなくて、じつはドラゴンでしたなんて言い出すんじゃないだろうね!?」そんな冗談を言いひとり笑うが、ぎくりと背筋を伸ばして気まずそうにしているラウとルグを見ると、彼女は何事かに気がつく。

 「・・なにがあったの?」

 そこで他の皆も集まってくる。憔悴したメチアに魔素を使い切った様子をルーアンが見抜く。

 「砦に強い守りの力を感じるな。これならば、魔神すらも迂闊に近づいては来れんだろう。」

 「これもシチリと、ルーアン様のおかげです。」

 「シチリが?」その名に素早く反応したラウの肩に、メチアは優しく手を添え微笑む。

 「詳しいことは後にしようではないか。」ルーアンが割って入る。

 「ねえ、ミルマは?」ルグが辺りを見渡す。「その話も後でするね。」彼の問いかけにはオトネが応える。

 そうして皆は、何事かを始めようとするルーアンを見守る。

 「ではファフ、さっさと済ませようではないか。」ルーアンがファフニンを呼び寄せる。

 「矢が二千、剣が二十、盾が二十。すべて銀を混ぜた鉄を鋳型に流し込んだだけの、単純な得物となっている。」ブブリアが説明する。

 「しかし、こんなものでは、到底魔兵の肉体は貫けますまい。」ダオラーンが首を傾げる。

 「心配ない。ファフがより上等なものに仕上げてくれよう。」そう言い、ルーアンは皆の武器もそこへ置くように指示する。

 「さあ、ファフ。」そうして改めて妖精を促す。

 「・・でも。」ファフニンは自信なさげに武器の山をひと周りする。「どうすればいいの?王さま。」

 「名だ。ただその名を呼べば良い。」「名前って?ぼくの?」「そうだ、お前のスラヴニリルの子としての名だ。」

 「そんなのわかんないよ。」 

 「分からんはずはなかろう。つべこべ言わず、ただ名を口にすればいいのだ。」ルーアンはそう言うが、ファフニンは首を傾げるばかり。業を煮やし喚き出すルーアンをメチアがなだめ、尻込みする妖精へと近付き、指をかざし、そこにとまるように言う。

 「さあ、ファフニンよ。心を静め、自分の真の名前を思い浮かべてみなさい。」

 「まことの名前?」

 「そうだ。詳しい事情は知らないが、お前はきっと、その名を知っているはずだよ。」

 「・・でも、ぼく何だか心がざわざわして、」

 そんな妖精をメチアは元気づけるふうに微笑み、心を落ち着かせる咒を施してあげる。

 「ぼくは・・、」ファフニンは何かを言おうとするが、一度ラウとルーアンの方を振り向く。「ねえ、王さま。もうぼくは妖精に戻れなくなるの?」

 「いや、お前の元来の姿はあくまで妖精だ。いつでも戻れよう。」

 それを聞いたファフニンは安心し、覚悟を決める。



 「・・ぼくは。」

 空気が変わり、ラウのツノが輝きはじめる。強い魔法の力がファフニンに集まっていくのがわかる。

 「ぼくは、石と土を司るドラゴン。」きゅっと目を瞑り、妖精が意識を集中する。

 「ドラゴン?」その言葉にフリセラが驚き、思わず前に出る。ルーアンがそれを制し、ダバンに皆を下げさせ、できるだけ広い空間を空けるように言う。

 「ぼくは、スラヴニリルの仔。」砦一面に緑の輝きが包み込む。

 「ぼくは、あらがね竜、ファフニリル。」

 誰しもが視界を阻まれ、光りの収束していく場所に、必然と注目が集まる。

 そうして、そこには大きな緑のドラゴンが後ろ脚で立っている。

 突然現れたベラゴアルド最上種にクゥピオが驚き立ち上がる。翼を広げて逃げだそうとするのをドンムゴと団長が何とかなだめ、メチアが慌ててかけ寄り、軽い睡眠魔法で眠らせる。

 従事者たちも武器を取ろうとするが、警戒しつつも戦闘態勢に入らないストライダたちを見ると、取り乱しながらもひとまず状況を見守る。

 「思ったより小さいんだな。」ラウだけがやや拍子抜けたように呟く。「ふむ。お前が出会った、リンドヴルムに比べれば、かなり小型のドラゴンだな。」ルーアンも言う。それでもファフニリルの体躯は砦の防壁を追い越し、首を伸ばせば尖塔の屋根ほどにもなる。

 そんな皆の喧騒には構わず、フリセラはドラゴンとなった相棒を見つめる。緑の鱗のひとつひとつがエメラルドの輝きを放ち、三本のツノは青白く、それはミルマの鞭と同じマリクリアの輝きに似ている。

 ファフニリルは喉を鳴らしながらフリセラにその鼻先を近づける。硬い表皮に覆われその表情は窺い知れぬが、瞳の動きだけで、不安げな様子が彼女には分かる。

 「ファフ。」フリセラが手を添えると、それに応えるように彼女に息を吹きかける。

 彼女は一度、遠くの防壁でそれを見守るアルベルドのほうを見る。彼はグリフィンに続き、ドラゴンまでも従えたとんでもない恋人を唖然と見つめ、引きつった笑顔を向けている。

 「すごい!ファフはドラゴンだったんだ!」誇らしげに鼻先抱きつくフリセラに、ファフニリルも嬉しそうに喉を鳴らす。

 それから彼女から離れると、長い首を持ち上げ、鈴の音に似た、大きな鳴き声を上げる。

 「さあ、ファフニリルよ。今こそその力を示すのだ!」ルーアンの叫びにファフニリルが応える。口蓋をめいっぱいに開き、牙の隙間から緑色に輝く炎を踊らせる。

 そのあまりの魔力に警戒し、ダオラーンが念のため皆をさらに遠ざけさせる。メチアも流石に驚きを隠せない様子で、目を剥き、成り行きを見守っている。

 「グォォォォォ!」そうして、ファフニリルは緑の炎を吐き出し、武器の山に吹き付ける。

 「ああっ!」その様子にメッツが驚き、呻き声をあげるも、せっかく仕上げた武具の山が燃え上がりながら、いつまでも崩れ落ちない様子を見ると、不機嫌そうに首を傾げ、ドンムゴの脚にすり寄る。

 興味津々にルグが近づいてみる。燃え上がる武具からはまるで熱さも感じない。ルーアンに確認してみてから、ラウと二人して手をかざしてみるも、ただ風がそよいでいるような手触りは、熱いというよりもむしろ心地良い。

 「これはたまげた。」二人の老ストライダも初めて目の当たりにするドラゴンの奇蹟に眼を見開く。「驚いたなんてもんじゃないぞ。」

 「鉱竜は戦いには向かぬドラゴンだ。」そこでルーアンが皆に解説をはじめる。「・・しかし、その炎は、鉱石に様々な加護を付与する。」鋼はマリクリア、銀はミスリル、胴はアリアルゴへと自在に変容させる力を持つ。

 「・・だからスラヴニリルは人間と闇の勢力の両方に狙われたのか。」ラウが真剣な顔で言う。

 「そうだ。鉱竜は、稀少金属を生み出すその力のせいで、手を貸した人間たちからも狙われるはめになった。それも、ただ商売の道具として使うためだけにな。」ルーアンの言葉にラウは唇を噛む。ベラゴアルド中の種族から狙われ、命を落とした同胞の不憫に憤る。

 そうこうしているうちに炎は収まり、ストライダ達が慎重に武器の山に近づいていく。

 「しかし、これだけの数では、加護は一時的なものになるだろう。」ルーアンが捕捉する。

 ダオラーンが自分の剣を手に取る。よく鍛え上げられた細身の剣は、純ミスリル銀へと変容している。矢は鏃に混ぜ込められた銀が魔法の輝きを放ち、剣も盾も帷子も同じように、ミスリルが付与された武具へと変容し、重さも、従事者たちに容易に扱えるほどに軽くなっている。

 「ふむ。これならば、皆も充分戦えるな。ファフニリル殿、感謝いたす。」ダオラーンは背筋を正し、ドラゴンに向かって慇懃なお辞儀をする。しかしファフニリルは大きな丸い目玉で彼を見つめ、「きゅう、」と奇妙な息を漏らす。(だれだっけ?)そう言わんばかりにぐるりと長い首を傾げる。

 「おろろ。」ダオラーンがお決まりのように崩れ落ちる。「・・ファフ殿まで。」意気消沈し、口ひげを乱す。

 そうして、炎を出し切ったファフニリルがぐったりと頭を地面に付ける。

 「お疲れ、ファフ。」フリセラが近づきその鼻先を撫でると、嬉しそうに小さく吠える。

 「やれやれ、ドラゴンとグリフィンに慕われた少女か。」

 その様子にメチアも微笑み、遠巻きにその様子を見つめていたウンナーナ団長と頷き合う。

 「いやはや、もう何が起こっても取り乱さぬと誓ったが、」団長は忙しなくちょび髭を撫でる。「・・全く、知らぬ間に、おれはものすごい娘を育てたもんだ。」彼は戸惑いながらも、やはりその顔は誇らしげではある。


−その9へ続く−


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