こんな学校あったらいいな

 僕の学校の話を聞きたいのはあなたですか?

分かりました!

それでは、
早速僕の学校の紹介をさせていただきます!

おっと、その前に自己紹介が必要でしょうか?

僕は巴小中学校6年生で児童会長をしている佐藤光瑠(ひかる)といいます。

それでは、これから一日の流れに沿って、
僕たちの学校の紹介をしていきますね。

〜1時間目算数〜

 1時間目は算数の授業です。

今日はどの先生の授業を選択しようか迷います。

前回の確認テストで「中2レベルクラス」の基準をクリアできたので、今日は中2レベルクラスに挑戦してみたいと思います。

中2レベルクラスが行われている教室に入ると、様々な年齢の生徒がいる事に驚かれるかもしれません。
中には私より年下の生徒もいますし、
私より年上の生徒もいます。

つまり、年齢は関係無く、偏にその授業を理解する能力があるかどうかによってクラスを選択出来るのです。

この緩やかなクラス編成は、大昔の学校にあった同調圧力を消滅させる力もあったようです。

僕の学校の最古参のおじいちゃん先生は、
「この風通しの良いクラス編成が江戸時代の五人組制度メンタリティーから日本人を解放した。」
と言っていましたが、最初から習熟度別クラスだった僕には少し大袈裟な感じがして今一つピンときません。

この習熟度別クラス制度が導入される前は、「習熟度別クラスの導入により、学力に基づく差別が起こるのではないか」と心配されていたと聞きます。(しかしその反面、あからさまな学歴差別は放置されていたそうですが…)

でも、僕たちは学校に入るとまず最初に
「勉強や運動の成績は、その人間の価値を決めるものでは無い」という事を習ったせいか、
その心配についてもあまりピンときませんし、実際そんな馬鹿げた差別も起こっていません。

おじいちゃん先生が、
「大昔には、頭の良し悪しや運動神経で人の優劣が決められていた」
という昔話をしてくれた事があったけど、
「頭がいい」といったって、
それは記憶力にのみ基づくものだったり、
「運動神経がいい」といったって、それはたまたまの生まれつきのものもあるのだから、
そのような物差しで人間の価値が決められるような野蛮な時代に生まれなくて本当に良かったと思います。

でもそのような暗黒時代があって、それに異を唱える人達がいて今の時代があるのだから私たちは感謝しなければいけないのかもしれませんね。

 算数の時間が終わりました。

終わったらアンケートを記入します。
説明はわかりやすかったかどうか等いくつかの設問に、5段階で評価します。

記名でも無記名でも大丈夫です。

ただ、もし記名で質問すれば、
後日個別に回答が送られてくるシステムです。

この間おじいちゃん先生がポツリと話してくれたのですが、このシステム導入時にも
「そんなことをしたら授業が『人気取り』になってしまう」という批判があったそうです。

単純に「生徒に人気のある授業で何が悪いんだろう」という疑問が浮かんでしまうのですが、昔は「担任制」というシステムで、実力の無い先生や人気の無い先生が守られていたのかもしれませんね。

〜2時間目理科〜

 2時間目は理科です。
今丁度、植物の身体のつくりについて勉強しているのですが、その教材は僕たちが実際に育てた植物です。

大昔の授業では、紙に印刷されたもののみに頼って授業をしていたそうですがちょっと信じられません。

以前、盲学校の生徒が、目が不自由な分、触覚や嗅覚さえフル活用して対象物を把握していることを紹介したテレビ番組がありましたが、
僕たちが目が見えるからといって、視覚のみに頼って対象を把握しようなんて何て傲慢で無茶な試みだったのでしょう!

大昔とは違い、今はその形、匂い、手触り…五感を全部使って植物の身体の仕組みを学んでいます。
自然は様々な事を、様々な感覚を通して僕らに語りかけてくれますからね。

〜3時間目体育〜

 3時間目は体育です。
体育ではそれぞれの競技に合わせた身体の動かし方を教わります。
何でこんな当たり前の事を言うかといえば、
大昔はそれを教えてもらえなかったそうだからです。

出来る人は出来る。
出来ない人は出来ないまま。
それで点数がつけられたり、
運動が出来ないと差別されたりしたそうです。

大昔の先生は一体何を教えてらしたのでしょう?とってもお仕事が楽だったんでしょうね。
でも、そのせいで、身体を動かす事が嫌いな人が続出して、健康への悪影響が酷く、結果政府の医療費負担が増大したのだそうです。そのような統計がありました。
酷い話だと思います。
動物である人間が動く事を嫌がっただなんて、
やはり不自然な時代だったんでしょうね。

〜4時間目〜

 4時間目はディベートの時間です。
これは昔は無い科目だったそうです。
昔は皆、ディベートのやり方を知らなかったから、意見が異なるとそれだけで人格否定や個人攻撃が行われていたそうです。俗に言う
「インターネット黎明期の野蛮時代」ですね。

何だか石斧で血塗れになりながら殴りあっているようなイメージです…。
そのダメージから心の病になってしまった気の毒な方もいらっしゃったようです。
その頃の人たちにディベートの知識があれば良かったのに、と心から思います。

だってディベートのルールでは、
その話題と関係ない事で、
しかも相手の人格否定なんてしたら、
たちまち「負け」を宣告されてしまい、
誰にも相手にされなくなってしまいますから。

〜給食〜

 いよいよお待ちかねの給食の時間です!

給食で使われるには、
僕たちが育てた野菜が使われています。

野菜は、その育て方を覚え、理科の勉強でも使われ、最後は給食の食材になります。

ピーマンが嫌いだった子が、自分で手塩にかけて育てたピーマンを食べてから、好きになった例もありました。

自分で育てると野菜も可愛いんですよね…。
調査によれば、好き嫌いも減ってきているそうです。

〜5時間目〜

 5時間目は人権教育・ジェンダー教育の時間です。

例えば、僕は気持ちの上では男性ですが、身体は女性です。
そんな僕の性同一性障害が個性が尊重されるのも、この授業のお陰なのかもしれません。

おじいちゃん先生によると、昔、「日本国憲法は時代にそぐわない」と言って憲法を変えようとした人たちがいたそうです。

でも、古かったのは憲法では無く、そのような人たちの頭だったというのは歴史が証明しています。

おじいちゃん先生によれば、すべて国民は、個人として尊重される(憲法13条)の理念がようやく形になったのが、この授業だという事です。

 性教育に関しては、個々人にはそれぞれ「プライベートゾーン」が存在し、それは誰によっても侵害されてはならない事を厳重に教えられます。

かつて、性犯罪の多くが「いたずら」という軽い言葉によって矮小化されてきましたが、
今ではそれが許されない事だという共通認識が出来上がっています。

自分の欲望の為に、
他人の身体を無断で使う事は卑劣な犯罪です。

同様に、「恐喝」「暴行」「傷害」等に当たる各種犯罪も「いじめ」という軽い言葉で矮小化されてきましたが、それらも同様、カウンセリングや刑事罰の対象となっています。

かつて、男子生徒による女子生徒への嫌がらせが「あなたの事が好きなのよ」といった理不尽な理由によって正当化されていたそうです。

そのように甘やかされて育った結果、
良い事と悪い事の区別がつかなくなった一部の男子生徒は、その後、世界的に悪名高かった、かつての日本の恥部「CHIKAN」になったりしていたそうです。
現在では痴漢は受診の対象となっています。
また、かつての性犯罪者の温床であった、
「加害欲と性欲の結合」もその数を減らし続けています。

 また、今では不登校の児童に対するオンライン授業も完備されています。

これでようやく憲法26条の教育を受ける権利も認められた形になるのでしょう。

大昔は、「不登校は自己責任」という野蛮な時代だったそうです。
これについておじいちゃん先生が
「国民に自己責任を求めるのならば、そのような政府は要らない」というお話をされていました。僕もその通りだと思います。

 僕の話、あまりに「当たり前」過ぎて退屈だったかもしれません💦

でもこれが2120年の学校の日常的な一コマです。

2020年の野蛮な時代の方には、
夢幻のように感じられるかもしれませんが…。

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