村上春樹「猫を棄てる」感想文

「いずれにせよその父の回想は、軍刀で人の首がはねられる残忍な光景は、言うまでもなく幼い僕の心に強烈に焼きつけられることになった。ひとつの情景として、更に言うならひとつの擬似体験として。言い換えれば、父の心に長いあいだ重くのしかかってきたものを-現代の用語を借りればトラウマを-息子である僕が部分的に承継したということになるだろう。人の心の繋がりというものはそういうものだし、また歴史というのもそういうものだ。その本質は<引き継ぎ>という行為、あるいは儀式の中にある。その内容がどのように不快な、目を背けたくなるようなことであれ、人はそれを自分の一部として引き受けなくてはならない。もしそうでなければ、歴史というものの意味がどこにあるだろう?(文藝春秋2019年6月号254頁)」
 

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