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【短編小説】エメラルドの海で

1.1ページの始まり

アメリアは一人旅に出ていた。長く続く一本道に車を走らせ、行きつく場所は何も考えずただただアクセルを踏み続け遠くへ走った。青空と太陽が眩しくて、どこまでも続く高い空にいつも以上に解放感に包まれた。

アメリアは車を走らせる途中、何気なく気になったビーチに立ち寄った。誰もいない白い砂浜がどこまでも長く続くロングビーチだった。アメリアは思わず海に向かって駆け出した。着ていた丈の短い小さめのTシャツとショートパンツを脱ぎ捨てて、エメラルドに輝く海にダイブした。波はやや高く、波が来るたびにアメリアは頭から潜りこんだ。水面から頭を出すと、まぶしい夏の太陽が照り付け最高の気分になった。水面に仰向けになって浮いているだけで日ごろの慌ただしい日常が消え去った。

アメリアはとある大都会でファッション関係の仕事に就き、毎日多忙な日々を送っていた。アメリアは大好きなファッション関係で活躍し多忙ながらも充実した人生を送っていた。しかしアメリアは、このまま多忙な人生を送り続けることに徐々に嫌気がさしていた。彼女は、共に働いていた仲間たちから反対されながらもファッション業界を去る決意をしたのだった。

一気に静かな日常が訪れ、アメリアは戸惑った。これが求めていた落ち着いた日々のはず。しかし、アメリアの性格上じっとはしていられなかった。思い立ったのが、旅だった。アメリアは都会の喧騒しか知らない。都会とは逆の田舎町を旅してみよう。それから、あてもない一人旅に出ることを決意したのだった。そうと決まると、アメリアは胸を躍らせてボストンバックに乱雑に何日か分の服と、食料を入れて自分の車にエンジンをかけた。

何とも言えない解放感だ。ラジオから流れる少し古い曲が雰囲気を作った。

2.浜辺で

浅瀬に来ると自分の足がはっきりと見えるくらい透き通った海だった。浜辺に上がると、ヤシの木の木陰で横になっている一人の男がいた。地元の人だろうか。アメリアは少し気になったが話しかけはしなかった。アメリアも持ってきていたビーチマットを広げ、太陽の光を浴びた。波の穏やかな音と心地よく吹く風を感じながら目を閉じた。

しばらくして目を開けると、海の水に飛び込み気持ちよさそうに泳ぐ男の姿があった。ヤシの木の木陰の下を見ると、そこにはビーチタオルだけがあった。あの男だ。しばらくするとその彼は海から上がり、キラキラと水滴をまといながらまぶしそうな顔でこっちに向かってまっすぐ歩いてきた。アメリアは少し戸惑った。彼は自分の手前までやってきたのだ。

「あ!すみません!自分の場所、間違えちゃった。太陽が眩しすぎて、てっきり自分のところかと・・・。」

そう言うと彼は目を細めながら自分の場所を確認し戻ろうとした。

「あの、私もその木陰に来てもいい?ここ、結構日差しが強くなってきちゃって・・・。」

アメリアはそう言った後、自分の鼓動が早くなっているのを感じた。

「もちろん!ここの海、いつも誰もいなくて独り占めするにはもったいないと思ってたんだ。」

そう言って、笑顔で答えてくれた。彼は綺麗な小麦肌に焼けた肌に、少し長い髪をラフに結っていた。木陰に着くと彼の隣にビーチタオルを敷いた。

「僕はカイル。この辺に最近越してきてこのビーチを見つけたんだ。」

話を聞くと、カイルは地元の人間ではなかった。彼もまた、都会からはるばる旅をしながらこのエメラルドビーチに滞在していたのだった。二人は意気投合し、長く語り合った。カイルは21歳だった。アメリアと7歳も年が離れていてカイルと話していると好奇心と自分の心の奥底に眠っていた純粋さをくすぐられた。

気が付くと、日が落ちようとしていた。青々としていた空は橙色と紫がかったピンクのグラデーションになり水面もきれいに夕日に染まった。最後に二人で海に飛び込んだ。意気投合した彼らの笑い声が美しい夕日と共鳴しているようだった。

3.曖昧なまま

その日は、また会う約束をして別れた。アメリアは海岸の道路わきに止めた車の中で一夜を過ごした。辺りは暗くなったが、今日の出来事を振り返るようにまた夜の海辺を歩いた。夜の砂浜なんか歩いたこともなかった。月が意外にも明るくて、水面がキラキラとはっきり見て取れた。今日カイルと話が盛り上がったあのヤシの木の下に座り、夜空を見た。星がこんなにあるとは知らなかった。感動して自然の美しさに浸ると同時に、彼の顔が思い浮かんだ。

「あれ?アメリアもここに?」

声の方を見るとカイルだった。お互い時が止まったが、間もなく笑顔がこぼれた。カイルも同じことを考えていたのだろうか。そんなことは恥ずかしさで聞くことができなかった。夜の静けさの中、二人は寝ころびながら夜空を眺めた。二人の未来なんて教えてくれなさそうな遠く遠く離れて輝く星たちだった。

「女の子一人で車中泊なんて聞いたことないよ。正直心配だったんだ。僕でよければそばにいてあげようか?」

そう心配した様子で、カイルはアメリアと車に乗り込んだ。沈黙が続き二人は睡眠をとることにした。シートを倒し横になり目を閉じてしばらく時間だけが過ぎた。カイルは、アメリアの左手をそっと握った。アメリアは目を閉じていたが、どきどきと鼓動が高鳴りながら眠ったふりを続けた。緊張感もあったが、同時に懐かしくも心地よい気持ちになった。

それから、何事もなく朝になった。朝6時に目が覚めた。アメリアはすっかり眠ってしまって外はすでに明るかった。ふと助手席を見ると彼は居なかった。アメリアは外に出ると、目の前に広がるすがすがしい朝の海に飛び込むカイルの姿があった。

「おーい!おはよーう!」

ニコニコしながらカイルの元へ駆け寄ると、彼から思いっきり水をかけられた。アメリアは、はしゃいで気づけば忘れていた童心にかえっていた。アメリアはこの生活に魅力を感じ数日間滞在した。毎日が新鮮でのんびりしていて居心地がよかった。カイルと過ごす日々はアメリアの心に潤いを与えてくれた。純粋に毎日が幸せだった。しかし二人の関係は、進展しないまま時が進んだ。アメリアは、カイルのことが好きだったが気持ちを確かめてもし自分の気持ちと違ったらこの関係が壊れるんじゃないかと恐れていたからだった。

ある朝、いつものようにエメラルドビーチに行くと、いつもいるはずのカイルはそこには居なかった。寝過ごしてるのかもしれない、そう思ってしばらく待ってみたがいつまでたっても来ることはなかった。不安になりながら、いつものヤシの木の木陰に来てみると、そこにポツンとエメラルドグリーン色の綺麗な丸いシーグラスが置いてあった。そこでアメリアは察したのだった。

4.月あかり

アメリアは複雑な気持ちになった。これを置いていくということは、ここでの出来事を忘れないでと言っているような気がした。なんで、どうして。悲しい気持ちと同時に少し苛立ち涙がでた。何も言わず去るなんて。少しの希望を信じその日は1日待ってみたが彼は戻ることはなかった。すべてが無機質に見えた。あの日感動した海に映る月あかりでさえ見てもなんとも思わなかった。

次の日、アメリアはエメラルドビーチを移動することにした。寂しく虚しい気持ちは残っていたが先に進むことにした。自分の本当の目的は長い旅に出ることだ。そう言い聞かせ一つ大きな深呼吸をすると、また車を走らせた。

アメリアの旅はそれから1年は続いた。たくさんの雄大な自然に触れ、いろんな人々に出会い今まで味わったことのない経験ができ満足していた。あの時のことも次第にいい思い出となって薄れていった。

1年が経ち、アメリアは都会にある家に戻ってきた。旅で使い古したボストンバックの中身を整理していると、奥の方からあの時のシーグラスがコロンとしていた。握りしめてみると、あの時の楽しくて純粋な気持ちにさせてくれたカイルのことを鮮明に思い出したのだ。アメリアは急に寂しくなった。今何をしてどこにいるんだろう。アメリアはこの記憶を忘れてはいけない気がして、そのシーグラスに紐を通しペンダントにした。

アメリアはそのペンダントを肌身離さず身に着けていた。それからしばらくして、アメリアはまたファッション業界に復帰したのだった。

「やっぱり私にはこの仕事しかないんだな。」

そう思った。幸運にもアメリアが仕事に戻ってくるのを心待ちにしていた人物がいた。アメリアの上司であるクリストファーだった。

5.心新たに

アメリアはクリストファーからのオファーを受け、彼の下で働くことになったのだ。アメリアはクリストファーのことを尊敬していたし、手の届かない存在だと思っていたので一緒に働けるなんて夢にも思っていなかった。アメリアはクリストファーに応えるため必死で働いた。アメリアは元々仕事は出来たしセンスも良かったのですぐにものにした。

ある日、クリストファーからディナーに誘われた。もうすぐ大規模なファッションショーがあるのでそれの打ち合わせかなと思っていた。時間になり、彼が漆黒に輝いた車で迎えに来てくれた。到着したレストランは敷居の高い煌びやかな雰囲気だった。アメリアは驚いた。こんなに高級なレストランには訪れたことがなかった。

仕事の話は一切なく他愛もない会話をした。おいしくて、目にも美しい食事を楽しんだ。そのあと、彼は赤いバラの大きな花束をアメリアに贈ったのだった。

「アメリア、僕と結婚してくれ。」

クリストファーは以前からアメリアに好意を寄せていたことを語った。仕事のことしか話していなかったし、そんな感情は一切見せなかった彼からの言葉に驚きすぎて、涙が溢れだしてきた。しかし、アメリアは彼の優しさや熱意が人間としてとても気に入っていたのですんなりと受け入れた。

「はい。もちろんです。私でよければ。」

6.運命のいたずら、儚い思い出

それから、二人はパリで行われるファッションショーに向かった。会場には多くの関係者やモデルたちがいた。アメリアたちは会場の席に座りショーが始まるのを心待ちにしていた。いよいよショーが始まり、音楽と共に次から次へとモデルたちが素晴らしいウォーキングを見せた。その時だった。

「え・・・。」

アメリアの視界はスローモーションに変わった。アメリアの目に映ったのは、エメラルドビーチで出会ったあのカイルだったのだ。まさか・・・。そう思ったが、一瞬の出来事で見間違いだと思った。しかし気になって終わってからもあの瞬間が何度も脳裏をよぎった。

ショーのアフターパーティーに訪れた。クリストファーとの挨拶周りに忙しく少し疲れたので彼から離れ、会場のバルコニーで月を眺めながら一つため息をついた。

「アメリア?」

振り返るとそこにいたのはカイルだった。やっぱりあの時のモデルはカイルだった。

「やっぱり君だったんだ。そのシーグラスが目に付いて。あの時はごめん。急に母の体調が悪くなって帰らなきゃいけなくなったんだ。君に心配をかけないように、それを置いて去ったんだ。でもそのあと、すごく後悔したんだ。君のことが好きだったから。」

そう言うと、カイルはアメリアを強く抱き寄せた。そして口づけをした。アメリアはあの時やっぱり同じ気持ちだったんだと思うと涙が溢れた。

「母の元へ帰ってから、君がずっと働いていたファッション業界に飛び込めばいつか君に巡り合えるんじゃないかって思って。少ない可能性を信じてアパレルで働いていたらモデルのスカウトがきて、それで。そのあとまさか君に会えるなんて。」

カイルはそう言ったが、アメリアはカイルから一歩離れた。

「ごめんなさい。私、婚約しているの。」

それ以上あの時同じ気持ちでいたことは語らず、その場から走って化粧室へ駆け込んだ。アメリアは屈指の決断に号泣したがすでに起こってしまった運命に身を任せることにした。

数日後、アメリアはファッション業界に終止符を打つことを決め、またあの思い出の海を訪れた。アメリアはペンダントになったシーグラスを、思い出と一緒に海に返したのだった。

あの日来た時より波は静かだった。

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