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【短編小説】ユリが咲く丘

1.終わりの始まり

時計の針が12時を指した瞬間、エリックは目の前の美しい景色に目を奪われていた。テーブルに置かれたワインのグラスが光を反射し、レストラン内は甘い香りで満たされていた。心地よいジャズの音楽が静かに流れ、他の客の話し声が遠くに感じられるほど、彼の意識は一つの存在に集中していた。

目の前に座っているのは彼の愛する女性、アヤは目の前で笑っていた。彼女の笑顔は、彼の心を温かく包み込むかのようだった。

「エリック、本当にありがとう。こんな素敵な場所で誕生日を迎えられるなんて、夢みたいだわ。」

アヤはうれしそうに微笑み、エリックを見つめた。その瞬間の彼女の瞳に映る彼の姿は、幸せそのものだった。エリックもまた、彼女の喜ぶ姿を見て満たされた気持ちになった。

「アヤのその笑顔のためなら、なんだってできるさ。」

エリックはそう言いながら、彼女の手を優しく握った。心の中では、この瞬間が永遠に続けばいいと願っていた。

だが、その願いは残酷にも裏切られる。突然、レストランのドアが勢いよく開かれた。エリックはそのただならぬ胸騒ぎにその方向を見ると、銃を手にした男が突入してきたのだ。

「全員動くな!動いたものは撃つぞ!金を出せ!!」

客たちは一斉に悲鳴を上げ、テーブルの下に隠れようと慌てふためいていた。エリックもアヤを守ろうと、小声でテーブルの下に隠れるよう指示した。その時、

パリン!

アヤが隠れようとした時、アヤのドレスがワイングラスに引っ掛かったのだ。緊張感に静まり返る中ガラスが割れた音が響き渡った。エリックがしまったと思うのもつかの間、バーン!と銃声が響き渡った。

「アヤ・・・!!」

彼女は胸を押さえ、苦しげに呼吸しながら崩れ落ちた。エリックは急いで彼女の体を抱き寄せたが、彼女の目はすでに虚ろだった。彼女の命はエリックの胸の中で消えようとしていた。

「嘘だろ・・・。こんなことが・・・。なんで・・・。」

エリックは叫びながら、彼女をしっかりと抱きしめた。何度も何度もアヤの名前を呼び続けた。その瞬間、彼の意識は突然闇に吸い込まれていった。

エリックが目を覚ました時、見慣れた自分の部屋の天井が広がっていた。ベッドの脇の目覚まし時計が鳴り、12時を告げていた。頭が割れるように痛い。昨日の出来事は夢だったのか、それとも現実だったのか、彼の頭は混乱していた。

「アヤ・・・。」

彼は目覚めて間もなく彼女の名前を口にし、立ち上がった。そして、携帯電話のカレンダーを見ると今日はアヤの誕生日の日だった。エリックは混乱した。あれは夢だったにしてもすべてがリアルすぎた。

「今日を繰り返しているのか・・・?」

彼は顔を覆い、深いため息をついた。あの時見たものが再び繰り返されるとしたら。彼は恐怖と不安でいっぱいだったが、エリックは彼女を救うために動き出す決意をした。

2.試行錯誤

エリックは彼女の死を避けるためにあらゆる手を尽くした。最初は小さな変更から始めた。例えば、彼女とのデートの場所を変えたりレストランの予約をキャンセルして、彼女を別の場所へ連れて行ったりした。しかし、どの方法も無駄だった。彼女は必ずどこかへ命を落とした。

彼は外出すること自体を避け、家で過ごすことにした。二人は穏やかな午後を過ごし、テレビを見ながらリラックスしていた。しかし、夕方になると、アヤは突然体調を崩し、倒れてしまった。病院にかけこんだが、医者の顔は暗く、彼女は心臓発作で亡くなってしまった。

次に彼は、アヤを国外に連れ出す計画を立てた。どんなに運命が残酷であっても、違う環境なら彼女を守ることができるかもしれないと考えたのだ。二人は空港に向かい、飛行機に乗る直前だった。搭乗ゲートで突如発生したテロによって、アヤは銃弾に撃たれ倒れた。

「なんで・・・。どうすれば・・・。」

エリックは膝をつき、絶望に打ちひしがれた。どんなに頑張っても彼女を救うことはできないのかと自問する。しかし、彼は諦めることはなかった。アヤの笑顔、彼女の声、彼女と過ごす時間。それらを永遠に失うことなど、到底受け入れられなけった。

「まだだ・・・。」

エリックは悲しみと怒りで声を上げたが、運命の鎖をほどくことはできなかった。どれだけ異なる行動をとっても、結果は同じだった。

3.真実の影

何度目かのループで、エリックは次第にある違和感に気づき始めた。ある日、彼がレストランを選んだ場合、強盗犯が入ってくるが、別の日に全く違う場所にいたときには交通事故が原因でアヤが命を落とした。どうしても彼女が死ぬという運命から逃れることができないばかりか、彼の選択によってその『方法』が変わるのだ。まるで、彼がアヤの死を『受け入れる』まで、運命が様々な形で彼女の命を奪おうとしているかのようだった。

ある日、エリックは街中で奇妙な男と出会った。その男は、エリックの顔を見つめ、にやりと笑った。

「君が何度も同じ日を生きていることは知っているよ。」

驚くエリックを前に、男は続けた。

「運命は変えられないんだよ。君がどんなに足掻いても、彼女は死ぬ。」

エリックは言い返した。

「お前は誰なんだ。一体何を知っているんだ!自分は何があっても諦めない。」

エリックは激昂したが、男は冷静に答えた。

「それがループの本質だ。運命を変えようとする者に与えられる罰さ。君が運命を受け入れるまで、何度でも彼女の死を目の当たりにすることになる。」

エリックはその言葉に愕然とした。彼はこの苦しみから逃れるためには、本当にアヤの死を受け入れるしかないのか?それでも、彼は最後まで諦めたくはなかった。

4.最後の選択

アヤの誕生日を何度も迎えるたびに、エリックは心の中で葛藤していた。彼女を救うことができないという光景が、彼の心を蝕んでいく。しかし、彼は最後の希望を捨てずにいた。

「もう一度、もう一度・・・。」

エリックは諦めることなく、何度も何度も繰り返した。またある日、あの奇妙な男が現れた。

「まだ気づかないのかい?私が言ったように目の前の運命を受け入れるのだ。それとな、ヒントを与えてやる。お前はいつも未来を変えようとしてもがいている。過去にも目を向けることも忘れるな。」

そう男が言うと人ごみの中に消えていった。

「過去・・・。」

エリックは男が言った言葉の意味を考えた。エリックはアヤと出会った思い出のユリが咲く丘を思い出した。出会ってからも何度も訪れた眺めのいい丘だった。最後に訪れたのはいつだっただろうか。エリックが思い出そうとするが、最後に二人で過ごしたあの丘でのことを思い出せなかったのだ。

「あの丘に行ってみよう。何か変化があるかもしれない。」

そう言うと、その日は一人で思い出のユリが咲く丘へ足早に向かった。

エリックは驚いて時が止まった。

「あれ、何でここにいるの?・・・アヤ。」

エリックが問いかけた。しかし、アヤは丘から眺める景色をずっと見つめながら返事に応えることはなく呆然としていた。その表情は涙を浮かべ悲しげだった。何が起こっているのかエリックは不思議に思った。エリックはアヤが座っている隣に腰を下ろし、同じ景色の方を見つめた。その時、凄まじい光と共にフラッシュバックが彼の脳裏に現れた。

エリックは客観的に自分とアヤがこの丘にいる光景が見えた。二人は仲睦まじく笑いあって会話を楽しんでいる。アヤは大きなつばの白い帽子をかぶっていた。その時、いたずらにもビューっと突風が吹き、アヤのかぶっていた帽子は宙を舞うように飛んだ。帽子は、急こう配な場所に生えた枯れ木の枝に引っ掛かった。

「この距離なら取れそうだ。」

エリックはそう言うと、気に足をかけ枝にかかる帽子に手を伸ばした。とその時、ガラガラっと音を立て乾いた土に生えていた木はもろく崩れ落ち、エリックもまた一緒に崖の方へと転落したのだった。

「キャー!!」

悲鳴を上げたのは後から駆け寄ってきた、アヤの姿だった。動かなくなったエリックにアヤは泣きながら助けを求め彼は救急車で運ばれた。そして、幸運にも一命をとりとめたが打ち所が悪く意識は戻らなかった。

5.真実を知って

エリックは思い出した。

「そうだ。自分はあの時転落して・・・。」

すべてを理解したエリックは涙を流した。

「神様、どうか願いが叶うことなら私の命と引き換えにエリックの苦しみをといて、目を覚まさせて。」アヤは言った。

そう、エリックが見ていた繰り返しアヤが死ぬ光景はアヤの願いが反映されたものだったのだ。それを知りエリックは、強くアヤを抱きしめた。

その時、心地のいい風が吹きアヤの元にユリの花が飛んできた。アヤは、ユリの花を手に取ると、不思議な気持ちになり何かが起こる予感がした。アヤはとっさに走り出した。アヤが向かったのは、エリックのいる病室だった。

「エリック!!」

なんとエリックは目を覚ましていたのだった。アヤは嬉しさに泣き崩れたあとすぐに彼に飛びついて抱きしめた。エリックは現実の世界に戻ってくることができたのだ。あの時、アヤを失う感覚に負けるものかと立ち向かったことと、愛するエリックのためなら自分を犠牲にしてもいいという真の愛のある願いが彼らをより強い絆へと結んだのだった。

アヤの手にはしっかりとユリの花が握りしめられていた。

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