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《ショートショート*5 雨の日が好きなのは》

【ジャンル:恋愛 文字数:3,540文字】


平日に降る雨が嫌いじゃない。なんて、まどろっこしい言い方をするのは自分に向けての照れ隠しみたいなもので、本当は平日に降る雨が好きだ。翌日の予報が雨だとちょっと期待するし、起きた時に雨が降っているとテンションが上がる。いつもより少しだけ早起きして、自分を可愛く見せるための身だしなみを欠かさない。それが、雨の日のルーティンだ。

今日もばっちり予定通りに起きれた。アラームが鳴る10分前には目が覚めると、ベッド横にあるカーテンを開ける。あまり光が入ってこない窓の外に目を向けると、まるで優しめのシャワーが空からかけられているかのように、細かな雨粒たちが、ほどよく地面を濡らし続けている。さすがに強雨だと困るので、このくらいの雨が一番良い。

よしよし、と心の中でガッツボーズを決めて、ルンルンで朝の支度と髪のセットに移る。

脳内わたし会議の結果、今日はポニーテールに決定した。ヘアゴムで結び目を作って、おくれ毛に細心の注意を払い、トップは軽くボリュームを出す。最近、SNSで結び目を髪で隠すポニーテールが最近の流行だって見たんだけど、それは現在練習中だ。

鏡の前で最後の確認をして、準備おっけー。カバンの中身を確認して、行ってきまーすと玄関から家を出る。

私が通う高校は家から自転車で25分くらいの距離にある。ちょっと遠いと感じる距離だけど、日頃の運動には悪くない距離だし、このおかげであまり太らずに済んでいるのかもしれない。

普段は自転車で登校するのだけど、雨の日は別だ。高校の目の前にはバス停があるので、雨の日はバスで通うことにしている。時間にすると15分くらいだろうか。

幸いにも自宅から徒歩3分くらいの位置に乗り口となるバス停があるから、バスに乗るまでにあまり濡れずに済む。この場所に家を建ててくれた両親に感謝しながら、雨の日は優雅にバス登校するわけだ。

そんなバス登校に私の楽しみがある。いつもの時間にバスへ乗り込むと、バスの前側に、カッコいい男の子がいるんだ。よく言われるイケメン顔に該当するのかはわからないけど、わたしにはガッツリ刺さってくる容姿なので、いつもスマホをいじるフリをして、ちらちら覗いている。

雨の日のバス登校を始めて、彼を見つけて、気がついたら目で追っていて、気がついたら気になっていて、気がついたら、多分、好きになっていた。

その男の子も制服を着ていて、歳もだいたい同じくらいだと思うから、多分高校生だろう。男の子はバスの中で単語帳を開いて勉強しているか、小説っぽい文庫本を読んでいる。

イマドキの男の子みたいにスマホを触るんじゃなくて、アナログに生きているところが私には刺さった。バスに揺られながら、そんな彼と本屋さんデートをする妄想なんかもした。うん、わたしながらちょっと気持ち悪いな。

でも、男の子の高校は私と違っていて、私が降りた後も、その男の子はバスに乗り続けている。男の子はいつもバスの前側にいるから、私が前の出口からバスを降りる時にちょっとだけ近づける。本当は近づけて嬉しいんだけど、なんだか気恥ずかしくて、ちょっと早歩きになっちゃう。

欲を言えば近くで顔を見てみたいのだけど、私は表立ってガツガツいける性格ではないから、間近で顔を見る勇気もない。だから、遠くからストーカーみたいにちらちら見ることしかできないのがもどかしい。

一度だけ、晴れた日にバス登校をしたことがある。もっと男の子に会いたいなと思ったんだ。だけど、男の子はバスにいなかった。やっぱり私と同じで、雨の日にしかバスに乗らないらしい。

これが、私が平日の雨の日を好む理由だ。あなたを一目見られるから、わたしは平日の雨の日が大好きなんだ。

❄︎❄︎❄︎

今日も予定通りにバス停についた。朝、窓から見た時の優しい雨は、私が家を出る頃には小雨に変わっていた。空一面に平らに伸びていた灰色の空も、今はところどころ小さな青色が覗いていて、灰色の雲がちりぢりになっている。

こういう微妙な天気だと男の子がバスに乗ってくるか少し不安になる。もしかしたら、自転車で登校しちゃってるかもしれない。やっぱり自転車で投稿しておけばよかったかな・・・。でも、男の子の方が家を早く出ているはずだし、さっきまで空も暗かったからやっぱりバスで来ている気がする!

こんなことを考えている時点で、本当に私って恋してるんだなって思う。今日の自分が可愛いかどうかもすごく気になるし、家の鏡の前で変なところがないか何回チェックしたかわからない。

バス停で待っている間も、近くにあるこぢんまりとしたお店のショーウインドウで自分の髪型をチェックする。うん、悪くない出来だな。

そうこうしている間にバスがきた。バスの中はいつも混雑しているので、外から中の様子を覗いたくらいで男の子の様子はわからない。

バスが目の前で立ち止まり、扉が開く。意を決してバスに乗り込むと、バスの前側の人だかりを確認する。

ーあ、いた。

見つけるのは一瞬だった。男の子がいる場所が周囲とは違う気がする。例えるなら、草原の中に一輪だけきれいなお花が咲いているようなイメージ。わたしからみたら男の子の場所だけが色づいていて、目が引き寄せられてしまう。

ーバスに乗ってくれていてよかった。

私は心の中で安堵した。しかも今日はいつもより車内が混んでいない。この様子ならもう少し近づけそうだ。まだバスが発車しないのを確認して、もう少しだけ人の間を縫って近づいてみる。

ーあれ?なんなら隣までいけそうなくらい。

男の子の近くまで問題なくいけそう。まさかこんなに近づけるとは思ってなかったから、心臓が血液を拍出する音がどくどくと、私の体全体に響いている。

ちょっとこれ以上はどきどきが、と思って立ち止まろうとした次の瞬間、私は自分の足に自分の足を引っ掛けてしまった。

ーあ、やばい。

私は少々奇声を発しながら、体勢を崩して、前方へ倒れ込むような形になる。

その瞬間、反射的に両手を差し出してどこかに捕まろうとする。だけど、通路の真ん中にいるから、手すりまでの距離が離れていて、届きそうにない。

本当にやばいと思って目の前を見た。

そこには思ったよりも近い距離に、私の気になっている男の子がいた。

ーいや、まってこの距離は

もはや反射だった。

完全に体勢を崩してしまった私は、男の子に正面から抱きつくような格好で、男の子の両肩に捕まっていた。

しかも完全に体重を預けているので、本当に抱きついたみたいな感じになっている。

即座に男の子と目があう。男の子はすごくびっくりした様子でこちらを見ていた。

突然の出来事に、私は完全にテンパってしまった。

「あ・・・、その・・・・・・、すみません!!!」

それだけを言い切ると、なんだか気まずさを感じてしまって、男の子から距離を取ろうとする。だけど、あまりに離れすぎても印象が悪くなるんじゃないかって思い、2、3歩離れた位置に移動して、バスの手すりにしっかりと捕まる。

運転手さんから、「大丈夫ですか?雨の日は滑りやすいので気をつけてくださいね」というアナウンスが入る。車内の乗客たちが私に注目していたので、顔から火が出てしまうくらいに恥ずかしい。というか、できることならこの場から消えてしまいたい。

離れる瞬間、男の子も何かを言いたそうだったのだけど、思ったよりも私が大きな声で謝罪を言い切ったのと、少し距離が離れてしまったので、話すタイミングを失わせてしまったのかも、と思っていたら、視界の端から男の子が近づいてくるのが見えた。

ーえ?こっちに向かってくる?なにか粗相でもしたのかな。それとも怒られる?

急に不安になる。

すると、男の子が、「あの」と声をかけてきた。

私は「あ、はい」と返事をして、怒られるのではないかと身構えながら、男の子の方を振り向いて目を合わせる。

「あの、大丈夫ですか?お怪我はありませんでしたか?」

と、心配そうな面持ちで私を見つめる男の子がそこにいた。

「はい・・・。大丈夫です。怪我もありません。本当にごめんなさい」

内心とても緊張していたので、声も震えていたと思うけど、なんとか失礼のないような返事ができたと思う。

「そう、それは良かったです」

よくよく男の子の顔を見てみると、なんだか男の子も緊張しているように見えた。心なしか、顔が少しだけ赤くなっているような気がして、再び恥ずかしい気持ちが込み上げてくる。

その後は軽く会釈をして、バスの手すりを握り直して、窓の外の景色を見つめる。

隣に来た男の子も私の様子に倣って、外の景色を見つめているであろう様子が、横目で確認できた。

「それは発車しまーす」

運転手さんのアナウンスの後、バスが発車する。

なんだか今日は、学校までの15分がとても長く感じた。

(おしまい)

雪白真冬

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