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【データ分析】大量のデータが手に入るならどんなデータでもいいってわけじゃない

給餌機と連携しないんですか?

僕は養殖の生産管理サービス(業務システム)を作っています。タイやブリを育てる生産者さんにエサの量や水温を記録してもらい、データ分析を自動化・効率化するような感じです。詳しい紹介は他noteで書いているので、割愛します。

営業やサポートでよく聞かれること、よく言われることがあります。

「給餌機と連携しないと、生産管理なんて意味ないんじゃないですか?」

まあ言いたいことは分かります。笑 今のところuwotechは給餌機とはそこまで密な連携はしていないです。相手がある話なので、僕らがやりたいと思ってもそれだけで連携が実現できるわけではないという話もありますが、意図的に優先度を上げていないという話もあります。

この給餌機連携の話はデータの管理や分析について考えてみる上で実は結構面白い題材だと思っているので、今回は給餌機連携というお題をベースに僕が普段考えていることをちょっと書いてみようかなと思います。


集計・分析をいつするか

魚の養殖で数値管理を行う目的・ゴールは「生産性や収益性を高めて事業を安定させること」だと思います。当然その中で重要になってくるのが給餌量ですよね。

重要なのはこの「生産性や収益性を高めて」をどうやって検証するかです。換言すればいつどのくらいの頻度で検証するの?という問いに答えるということです。現場でよく行われているあるあるの運用はだいたい以下の3パターンです。

1.出荷完了時
2.決算時
3.どんぶり勘定 ※よくわからない、なんとなく

個人や家族経営のところは3が本当に多いです。中堅くらいだと1か2で運用しているところが多いですね。

意思決定は変わるのか

ただ僕はこの3択いずれも微妙なのでは?と思っています。なぜならば、その集計・分析では意思決定は何も変わらないからです。3はそもそも今置かれている状況を把握すらできていないので、まあ頑張りましょう…

落とし穴は1,2のケース。両方とも意味がないわけではもちろんないですが、1は思考のベクトルが過去にしか向かないというのが微妙です。未来に対してどうアクションをとっていくかという示唆を得ることができないんですね。2は当歳魚も2年魚もまとめた集計結果しか数字に出てこないので、その数字の持つ意味を解釈するのが難しいという難点があります。ゆえに僕は数値の集計・分析は毎月行うべきものというスタンスをとっています。

ローリングしよう

これは「経営管理をちゃんとしましょう」というメッセージとも近いです。経営管理っぽい表現でいうと、養殖の計画は「固定するのではなく、ローリングすべきだ」という考え方で僕は養殖のデータを見ています。

漁場環境は常に変わります。種苗によっても生簀によっても魚の状況は違うはずです。成長していないのに出荷時期も給餌方法も変えないままだと、やせた魚を出荷しないといけなくなります。規格以下だとハネられますし、売上も下がります。

置かれた環境は常に変化します。自然相手のビジネスなので、計画通りには行きません。だから随時計画の見直しを行う必要があります計画は常に修正されるべきです。計画を期間中に変えず固定するのであれば、出荷完了時に目標と実績のギャップを確認すればいいですが、それだとすべてが後の祭りです。「こうしておけばよかった」と思っても時間は巻き戻せません。「時すでに遅し」です。

今月の給餌量は何キロ?

さて、ここからは「単月でデータを集計・分析するのを基本とすべきだよね」という前提のもと、冒頭の給餌機の話を考えていきたいと思います。

「給餌機と連携すればいいのに」

こうご意見いただく方が背景として考えていらっしゃることはだいたい以下の2点のいずれかもしくは両方に基づいているのではないかと思います。

1.データが勝手に入ってくれる方が楽じゃん
2.正確なデータが連携できそうじゃん

前者は理解はできますが、そこまで大した話ではない気がします。自動給餌機は「自動で給餌してくれる」から自動給餌機なのです。給餌機にエサが入っていなければ給餌できません。だから週に1~3回くらい自動給餌機にエサを運ぶ補給作業が必要です。その補給記録を記録するだけなら週3回だけ数字を入力するだけで済みます。

1生簀あたり週3回だけ入力作業があるか、完全自動化できているか、の違いです。もちろん自動化できた方がいいに越したことはないです。ただ、これがそこまで致命的な手間だと思う人は少ないのではないかと思います。

そのデータは本当に信頼できるのか

後者はどうでしょうか。

「正確なデータが連携できそうだよね」

これは直感的には確からしい気がします。だって補給作業時の餌の給餌量を入れるだけだと2~3日に1回しか記録が付かないんですよ。自動給餌機のデータと連携すれば毎日の給餌量が入力されるんです。何時に何キロ落としたかの記録も連携できるし、自動給餌機側の設定情報も連携できそうですよね。なんかめっちゃいいじゃん!という気がします。

さて、この直感は本当に正しいでしょうか。実はこの話の背景には以下の2点が暗黙の了解として前提にされています。

・自動給餌機の日々の給餌量データは信頼できる正しいデータである
・日々のデータがなければ、生産性や収益性を正確に把握できない

データがいろいろ連携できた方がみれるものが多くなるというのは確かだし、データが繋がるのもいいことだと思いますが、この2つの前提条件が存在していることを見誤ると給餌機のデータに過剰に期待してしまうことになります。

給餌機データは誤差だらけ

給餌機で自動的に取得される日々の給餌量データは実は100%正確なわけではありません。つまりあくまでも参考値として扱うべきだということです。ずれてしまう理由は様々あります。この誤差は構造的に考えて避けられないものばかりです。

機器ごとに個体差がある

一般的な給餌機の場合、プロペラの1分あたりの回転数と回転時間のかけあわせを設定しています。9時になったら1分あたり4くらい(5段階)の強さで1分間くらい給餌するみたいな感じです。言わずもがな、この管理は重量とは全く紐づいていません。無理やり紐づけることはできなくはないかもしれないですが、モーターの特性や回転数は機体に大きく依存します。劣化によって時系列でも変化します。プロペラの回転数もかなりざっくりしたものです。同一の機体で「回転数3で1分」よりは「回転数5で2分」の方が給餌量が多いというのは正しいですが、確実にわかることはその程度です。

給餌機内の残量の形状は複雑&都度変化する

そこで増えてきたのが、カメラで給餌機内の様子を撮影しておいて、給餌前ー給餌後=給餌量と計算するようなタイプの自動給餌機です。この場合は給餌前と給餌後の重量をそれぞれ正確に予測する必要があります。このとき問題になるのは給餌機内の餌がどのような形状で入っているかです。常に残量が水平な面のままなのであれば誰も困りません。給餌機内に1cm刻みで線を引いておいて、底面積×高さで体積を計算すればいいからです。ところが自動給餌機では一カ所からエサが落ちますので、必然的に残量は蟻地獄のような中央が凹んだ形になります。波によって給餌機が傾くとこの残量の形状も変化してしまいます。積分して体積を推定する?関数を作る?給餌前後で毎回機械学習サーバーをたたく?考えるだけで嫌になりますね。近似させるのが限界ではないかなと正直思います…

エサによって比重が異なる

そして上記はあくまでも体積の話。重量となると、さらにここに別の変数で誤差が入ってきます。比重です。エサによって体積あたりの比重(密度)は違うはずなのです。わかりやすくいうと発泡スチロールの白い粒を詰めるのと、鉄の粒を詰めるのとでは体積は同じでも、質量は違うはずですよね。重量換算するということは、餌によって本来計算されるべき重さは違うように設計されるべきということになります。そんな運用をしている自動給餌機は聞いたことがありません。僕がメーカーでもそこまで考慮しないでしょう。

波がある以上、重量計はワークしない

いやいや、シンプルに重量計を給餌機に備え付けたらいいだけなんじゃないの?と思ったあなた。甘いです。重量計にも沼があります。傾斜誤差です。斜めになってしまうと力が水平方向に逃げてしまうので、実際よりも軽くなってしまうのです。

はかりは水平面に対し垂直方向にかかる重力を検出する構造になっています。はかりが傾いて設置された場合、物体にかかる力が、天びんに対して垂直な成分と水平の成分に分解されてしまいます。結果、はかりに対し垂直な成分の力のみを検出することになるため、本来の質量値よりも表示値が軽くなってしまいます。これを傾斜誤差と呼びます。

はかりの誤差要因
水平度による傾斜誤差

自動給餌機が置かれるのは海上です。365日24時間、高さに差はあれどずっと波がある環境です。つまり給餌機は常に傾き続けます。この傾斜誤差は避けられません。だから重量を測るためのはかりなんて入れたって構造的に信頼できる正しいデータは得られるはずがないのです。

余談ですが「鳥が乗っかっただけで重量がブレた」と言っている生産者もいて面白かったです。笑

予測値より実績値を使って分析するのが鉄則

毎日の給餌実績が仮に自動で入力されるとしても、いかにその値が予測値に過ぎないか、参考データにすぎないかということが良くお分かりいただけるのではないでしょうか。

もちろん餌のやり方(回数・頻度など)を分析したいのであれば、給餌実績が連携されていること自体にはメリットがあるかもしれません。※それだけなのであれば、日々のデータはいらなくて給餌設定のメモだけあれば実は十分ですけどね…

ただ、そのデータを生産性や収益性の分析にそのまま使うというのは全くオススメできません。給餌機のデータ自体が間違っている可能性があるので、そんなデータを使って分析しても判断を間違えるリスクを冒すだけです。誤差の範囲もその時の環境や機体、エサなどによって変わると思われます。

そんなデータを使うくらいだったら、確実に正しいことがわかる実績値を使って集計・分析すべきです。実績値というのは、自分が実際にその給餌機に補給した量です。袋ごとに20kgというのは分かっているので、何袋入れたかがわかれば実績値は簡単に把握できます。そしてその方が管理はシンプルです。わざわざ変なリスクを取る必要もありません。

生産性や収益性の分析を考えるのであれば、給餌機の日々の給餌データははっきりいって、ただのノイズです。給餌データが二重管理になってしまい、UXも煩雑になるだけです。

データを使って何を管理したいのか

総じて「給餌機」を管理したんだったら、給餌機の日々の給餌データは絶対に必要だと思います。そしてそれは予測値で十分実現可能です。期待した設定どおりに給餌機が稼働していることが確認できるということが大事なことので、それが管理の目的なのであれば重要なデータであるといえます。

でも僕らが養殖業の経営を考えるとき管理すべきなのは「給餌機」ではありません。「魚」です。「魚」を管理したいんだったら、給餌機のデータよりも実績値(=給餌機に補給した給餌量)で管理する方が正確に計算できます。

補給量でも生産性・収益性の計算はできる

給餌機のデータが必要だと主張する人の根拠となっているであろう暗黙の了解は前述の通りふたつあって、もうひとつの立場がまだ残っています。次にこちらの前提について考えてみます。

「日々のデータがなければ、生産性や収益性を正確に把握できない」

これです。補給量だとざっくりすぎじゃんと。日ごとでデータが取得できるなら、その方が確からしい計算結果を得られるんじゃないの?いろいろ分析できそうじゃん?ということですね。

これよくよく考えると実はそうでもないんですよ。例で考えてみましょう。計画や意思決定の修正は毎月行っていくべきという話をしたので、その前提で例を組んでいます。給餌戦略はいったんシンプルに設定しています。

期間:5/1~5/31
給餌機の最大積載量:300kg
5/1時の給餌機残量:100kg
5/31時の給餌機残量:0kg
給餌方法:毎日100kg給餌する

5月の給餌量の正解の値は
5/1 100kg
5/2 100kg
5/3 100kg
… …
という感じになりますね。合計3100kgです。

補給は0kgになった翌日に最大量の300kgを入れる運用で考えるとすると、こんな感じになります。
5/2 300kg
5/5 300kg
5/8 300kg
… …
補給回数は10回/月ですので、合計3000kgです。100kgずれてますね。

給餌機データはどうでしょうか。上述の通り、誤差が必ず含まれますので、±5%(±155kg)の誤差が発生すると仮にすると、給餌量として実際に画面上で表示される値の範囲は2945~3255kgということになります。

これなら補給量の実績値を使う方が却って正確に計算できるといえます。

実績値のズレは在庫によるもので正常

ちなみに実績値でなぜ100kgのズレが発生したのかというと、計算ミスしたからではありません。在庫を考慮していないからです。つまり月初月末の給餌機の中の残量はわからないので、潔く無視しちゃおうという考え方で計算したからです。

期初の5/1時点の在庫量の100kgと給餌量の3000kgを足すと正解値の3100kgになります。もう少し正確にいうと以下が正しい計算です。

給餌量=月初在庫量+当月補給量ー月末在庫量
3100=100+3000-0

当月は在庫差異分(月初在庫量ー月末在庫量)がずれるんですね。ただこれは毎月の運用でそうなっているだけで、在庫は翌月に繰り越されていきます。長い時間軸で生産性や収益性の数値を捕捉したり調整したりさえすれば、ここの在庫差異分は捨象してもいいのではないかと僕は考えています。

まとめ

最後にこの記事の内容を再度、まとめておきます。雑にいうと「給餌機との連携は実は注意しないと弊害だらけ」がサマリです。


  • 生産者の経営を安定させ、利益を出せるようにするためには、魚の生産性・収益性を管理することが重要

  • 出荷後や決算後に集計・分析しても打ち手が打てない。毎月データを確認しながら、計画や意思決定を修正する運用が理想

  • 給餌機の日次の給餌データはあくまで参考値と考えるべき。誤差が出るような構造でしかデータを取得できない

  • 給餌機の給餌量データは給餌機を管理することが目的。魚を管理することではない。魚の管理には不向きなデータでノイズになる

  • 養殖で給餌量は大事なデータ。誤差のある信頼性の低いデータを元に生産性や収益性の計算をするべきではない。確実に正しいことがわかる実績値を使って集計・分析すべき

  • 日次で給餌データを得なくても期間の給餌量は正しく計算できる。在庫差異は時間軸の中で吸収できる


・何のために取得しているデータなんだっけ?
・データ取得の背景や制約はどこにあるんだっけ?
・今自分にとって必要なデータってどういうデータなんだっけ?
ということを冷静に考えて、AIやテクノロジーと上手に付き合っていくことが大事というお話でした。

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