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連環画『通州塔』私家訳

こちらもfbに掲載したものをまとめたものです。要領はほぼ前回の『関漢卿』https://note.com/fine_broom39/n/nbe4425cba2eaと同様としました。原テキストはこちらをご覧ください。
https://www.youtube.com/watch?v=8QCcIOwSXuY

出典ははっきりしませんが、北京通州区の民話に基づくものと思われます。

(1)周通は、通州の州衙の監獄で牢番をつとめておりました。彼の父は早くに亡くなり、家は至って貧乏でした。そんな中、母はつねに彼に「監獄はもっとも暗いところだから、そこで辛い思いをしている囚人たちには、十分に良くしてやりなさい」と言うのでした。
(2)この言葉を周通は、よく肝に銘じて、捕らえられてきた民百姓に同情し、牢頭の目を盗んで、無実の罪を着た囚人の面倒をしきりと見ました。(3)このことは、すぐに大牢頭にバレてしまいました。大牢頭は周通に、今後このようなことがあったら、すぐに州官に報告する、そうすれば免職どころか、重い罰が下ることになる、と釘を刺しました。
(4)しかし周通は、自分はけっして間違ったことはしていないと信じておりましたので、大牢頭の脅しを気にもとめず、以前とまったく同様に、あれこれと囚人たちの便宜をはかりました。
(5)あるとき、郷里の大富豪がある農民の娘を強奪しましたが、州官は賄賂を受け取って、逆にその農民を半死半生になるまで拷問して、彼が悪意をもって富豪をゆすったと言わせました。周通はこれを目にして、はらわたが煮えくりかえる思いでした。
(6)退廷後、州官は周通を呼び出し、彼に因果を含めて、うまい方法で例の農民を牢内で死に至らしめ、急病で死んだと報告するように言い、それがうまくいったら、富豪が彼に大金をくれるだろう、と言いました。
州官「けっして気取られぬようにやるのだ。良いな?」
周通「ははっ・・・」
(7)周通は牢に戻ると、官府の腐敗と、富豪の悪辣とを思い返し、このような救いのないところには二度と身をおくことはできないと思い、すぐに反旗をひるがえすことを決心いたしました。
(8)夜が更けると、周通は例の冤罪を着せられた農民とともに牢獄から逃げ去りました。
(9)州官は報告を受けて、一介の牢番が大胆不敵にも、彼の意向に逆らったばかりか、囚人までをも連れ去ったことが信じられませんでした。そして急ぎあちこちに手配書を貼り出し、周通を捕らえるよう命じました。
(10)周通は官府の手配が厳しいのを知ると、ならばとばかりに、通州一帯の民百姓を呼び集め、反乱に踏み切りました。
(11)民衆はつねづね官府を深く恨んでおりましたので、周通がひとたび呼びかけると、たちまち数千人ばかり集まりました。
(12)この数千の民は、あるいは鋤鍬をとり、あるいは刀槍剣戟をとって、周通の指揮のもと、州衙に攻めかかりました。
(13)アッと言う間に、群衆が州衙に押し入ってきましたので、例の州官はドサクサ紛れに逃げ出そうとしました。周通はこれを目ざとく見つけると、追いかけて一刀のもとに斬り殺しました。
(14)周通は貪官汚吏を次々と殺し、また投獄されていた多くの民を、残らず救出しました。
(15)通州は北京までたったの40里でしたので、起義軍は余勢を駆って京城まで攻め上るつもりでしたが、あにはからんや皇帝はすぐにそのことを聞きつけ、ただちに大勢の官兵を派遣し、新任の州官がこれを率いて、まっすぐに通州へ馳せ向かいました。
(16)起義軍は数十倍もの官兵に四方を取り囲まれ、またたく間に、突き破ることはおぼつかない様子になりました。周通はなおも屈することなく、部隊を指揮して官兵と必死に斬り結びました。
(17)周通は身の危険をも顧みず多くの官兵を倒しましたが、しょせんは多勢に無勢、満身創痍となったあげく、敵に捕らえられてしまいました。
(18)この一連の農民起義が鎮圧されたあと、皇帝は威風を誇示し、また人民を威嚇するために、ただちに通州の街なかにひとつの宝塔を築き、周通をそこに閉じ込めました。これは堅固な牢獄で、どのような腕前の者でも、脱出することはできない様子でした。
(19)それからというもの、通州の人たちは周通のことに触れるたびに、胸がつぶれる思いを抱きました。彼らは例の宝塔と向かい合っては歯噛みしてくやしがりましたが、だれひとり周通を助け出す方法を思いつかないのでした。
(20)ある日、ひとりの髪もひげも白い老人がフラリとやってきて、街なかで宝物を売り歩きました。そして、その宝物は山をも押し倒し、海をも埋め立てることができる、と言いました。
(21)物見高い人たちはやかましく話し合いはじめましたが、彼らが考えたのは、その老人の宝物で山をも押し倒せるなら、例の宝塔を押し倒すことはできないだろうか?ということでした。彼らが口々に老人に問いかけると、意外にも老人の口ぶりは至って自信ありげでした。
老人「できることはできますが、わしについて宝物を取りにゆく勇気のある人がいるかどうかが心配ですな」
(22 )人ごみの中から、一人の若者が飛び出してきました。彼は王起という名でした。そして彼は、通州塔を押し倒すことができるのなら、山や海を越えるのも望むところだ、と言い放ちました。
(23)老人が王起にいうには、「道は遠くて歩きにくいし、深山の奥には猛獣がたくさんおるから、それらに食われる危険がないとも限りませんぞ」と。しかし王起はキッパリと「周通を救うためなら、どんな危険も平気です!」と答えました。
老人「よろしい、それなら一緒に宝取りに行きましょうぞ」
(24)道中、老人は前を歩き、王起は後からついて行きました。老人があんまり早く歩くので、王起は追いかけながらしきりに息を切らし、大豆ほどの汗が落ちておりましたが、彼は歩みをとどめようとはしませんでした。
(25)草鞋が破れてしまったので、彼ははだしで歩きました。やがて足は石で擦り破られ、血が流れ出しましたが、彼は周通を救いたい一心で、歯を食いしばりながら老人を追って行きました。
(26)こうして、八日八晩ずっと歩き続けて、ひとつの大きな山のふもとにたどり着きました。その山は千丈もの高さの、非常に険しい山でした。
(27)山道は険しく滑りやすいものでした。老人は至ってかんたんそうに歩き始めましたが、王起はというと、歩くうちに脚は腫れ上がり、腿もしびれておりました。しかし彼の決心は少しも揺るぎませんでした。
老人「お若いの、我慢できますかな?」
王起「息さえ続けば、きっと宝物を手に入れて周通さんを助け出して見せましょう!」
(28)彼らが山を越えると、たちまち一条の大河が流れているのに出くわしました。波はとうとうと立ち、水中では大石がぶつかり合って、ゴロゴロと大きな音を立てておりました。
(29)老人は川のまん前まで進むと、躊躇なく飛び込み、たちまち波間に消えてしまいました。
(30)王起はこれを見るや、目を固くつぶり、勢いよく身を躍らせました。不思議なことに、彼が飛び込んだあと、盛んに波立っている河水がたちまち左右に分かれて、その間に一条の道が現れたのでした。
(31)彼が目を開けてみると、すでに川を渡り終えていました。前面を見やると、例の老人がすでに崖の上に登っていて、そこから下に飛び降りるのが見えました。
(32)王起は素早く後を追って崖に登ると、目をつぶり、すぐにあとから飛び降りました。彼はフワフワと地上に降り、怪我ひとつしませんでした。   (33)王起が顔を上げて例の老人を見ると、いぜんとして前をゆるゆると歩いておりました。
(34)とつぜん一陣の狂風が吹きつけるや、山の洞窟の中から一匹の大蛇が這い出てきて、血の滴る大口をカッと開き、彼らの行手を遮りました。
(35)老人は慌てふためいて逃げ出そうとしましたが、とうとう大蛇に一口で飲み込まれてしまいました。
(36)このとき、王起はかつ怒りかつ焦り、すぐさま両手でひとつ大きな石を持ち上げると、思いきり大蛇の頭めがけ打ち下ろしました。
(37)すると、山が崩れ地も割れるような大音響と、一団の火光とで、王起は耳もつぶれ目もくらんで、昏倒してしまいました。
(38)王起は息を吹き返して、目を見張ってよくよく見ると、大蛇は見えず、彼自身は山の洞窟の中にいて、老人はひとつの石卓の傍に座っており、満面の笑みをたたえて、彼に座って休むように促しました。
老人「あんたは実に勇敢な、気骨のあるお人じゃ!」
(39)老人は、その場で彼にひとつの桃の実と、金のヒョウタンを与えました。そして、桃は周通に食べさせ、金のヒョウタンは州官に献上するように、と言いました。
(40)老人はさらにひとしきり言い聞かせました。かくて王起は、勇気百倍して、もと来た道を通州に帰って行きました。
老人「よく覚えておおきなさい。この金のヒョウタンは、けっして途中で開けてはなりませんぞ!」
(41)このとき、通州では町中、王起が山で宝物を得たという噂で持ちきりでした。欲深な州官はそれを騙し取ろうと、下役人に命じて王起を呼び出させました。
下役人「閣下がそのほうに宝物を持ってきて、お見せせよとのことだ」
王起「ちょうどそれを州官閣下に献上しようと思っていたところでございます」
(42)王起は金のヒョウタンを献上し、さらに「この宝物は必ず三日間待ってから開けねばなりません。開けましたら、ご入用のものがなんでもあります」と言いました。州官はたいへん喜びました。
(43)三日目になって、州官は付近の各県の長官や、その土地土地の地主を招待し、一同に宝物を見せました。
(44)そして州官がヒョウタンの蓋を開けるや・・・たちまちゴーッという音とともに、一条の火光が真っ直ぐに空へ上りました。一同が顔を上げて見やると、ひとつの火球が空から下に落ちるのが見えましたが、それに続いて地を揺り動かすような大音響が起こりました。
(45)王起と町中の人たちは、例の宝塔が空に飛び上がるのを見ると、いっせいに歓呼の声を上げました。
王起その他「宝塔が飛び上がるぞ!」
他の人たち「周通さんが出てくるぞ!」
(46)宝塔はまた空中から下に落下してきたのでした。それはちょうど、外れることなく、州衙の真上でしたから、そこにいる貪官汚吏、土豪劣紳は、ひとり残らず宝塔の下敷きになってしまいました。
(47)長時間の幽閉で、周通はすっかり憔悴しきっていて、人たちはこれを見て、みな涙しました。王起は彼を家へ連れて行くと、すぐに桃を食べさせました。
(48)不思議や、周通がその桃を食べると、たちまち精神も体力も回復しました。
(49)周通と王起は、再び町の人たちと一緒に暮らすようになりました。そののち、新来の州官が以前同様に欲深で悪辣なのを見ると、二人で深山の奥に入って、再び例の貪官汚吏を成敗する宝物を探しに行ったのでした。
(了)

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