人生初勝利
俺は北海道出身なので、Gに極端に弱い。北海道にはクワガタやカブトムシといった黒光りする昆虫もいないので、さらに極悪なGに対する適性などあるはずもない。初めて一人暮らしを始めた横浜の部屋でヤツを見つけた時は、比喩でもなんでもなく「飛び上がって逃げた」のだ。もちろん、狭い部屋なので俺とヤツの距離は大して広がらなかったのだが。
そんな訳で、Gについては妻に丸投げしている。彼女の俺に対するG関連の評価は「世界一役立たずの腰抜け野郎」なのだが、それは甘受せざるを得ない。だって、事実なんだもん。
退職してから妻のヒモとして生きている俺が洗濯を終え、風呂を掃除に行くと足許に何か黒いものがある。どうせ妻の髪留めだろうと思って近づくと、ヤツの死体が風呂場の前にある。
困った。
だが、さすがにこれを放置して、仕事を終えて帰ってきた妻に「風呂場にGがいるから片付けて」とは言えない。そんなことをしたら片付けられるのは俺になるではないか。仕方がないので、ティッシュを引っ張り出して、それに包んで捨てようとすると、ティッシュの中のヤツが動いたのである。小さな悲鳴を上げてステップバックすると俺の手の中にはティッシュだけがあり、ヤツは元の位置に鎮座ましましている。
死ぬかと思った。
だが、落ち着いて見るとヤツの動きは極めて緩慢である。俺のいる居間以外は当然ながらエアコンが入ってないので、さすがのヤツも夏バテのご様子。「殺るなら今しかない」と決意した俺は近くにあった小さなほうきで、ヤツを叩き潰し、それをティッシュに包んでゴミ箱に捨てたのだ。こうして、今日は齢60を超えて初めてGに大勝利した日として俺の人生録に刻まれたのだ。
その後、狂ったように手を洗ったのは言うまでもない。ああ、怖かった。