父さんへ 口下手な娘より

「しゃぶいしゃぶい」
その声とバイクの音と共に帰ってくる父さん

父さんは父の背中という言葉が似合う男で
優しい言葉をかけるというより、背中で語っていたり
ささやかな優しい行動が人となりを表しているような人だ

タバコを吸う父さんが、思春期の頃の私は好きじゃなくて
何故タバコをやめないのかと聞いたら
タバコの自動販売機をこの世から消してくれたら止める、でもタバコは虫をこなくさせるのだ(だから人間の役に立っているのだ)と言われた
開いた口が塞がらなかった

事故に遭って、胸から下が動かなくなっても
口から生まれたんじゃないかと思うほどの饒舌ぶりは変わらなかった
1ヶ月に1度1週間父さんを施設に預かってもらうと、いつも家の中の電気が急に暗くなったような気がする

酒とタバコと饅頭を愛し
自分なりの哲学を持つ父さん
肩を振って歩くのに
繊細で寂しがりで、優しい心を持つ父さん

母さんは父さんに会わなくても、一緒にならなくても生きていけたと思うけど
父さんは母さんに会わなかったら生きていけなかったと思う
母さんの笑顔と献身的な愛に支えられて生きている父さんは
事故に遭う前よりも良い表情で、まるでお地蔵さんのような顔をしてテレビを見ている

口は文句ばかり
なのに愛情深い父さん

父さん
私は父さんにちゃんと想いを伝えられているんだろうか
いつも父さんが危ない目に遭った時、口では言わないけど本当はいつか私の子供を見て欲しいと
だからそれまで、私の自分勝手な都合ではあるけれど生きていてと
願ってしまう私を許して

父さん
父さんが独り身の時に、山登りをして
頂上から見ていた景色を
私はいつか見れるのだろうか
あなたのように
私はちゃんと自分の哲学を自分で作っていけるんだろうか
父さん
いつかもし離れる時が来たとしても
いつもそばで見守っていて欲しい
もしもそれが叶うのなら
そして
それよりも何よりも
事故に遭った後の人生も悪くなかったと
少しでも良いから思う時があると良い
生きていて良かったと


父さん…
兄ちゃんに聞いたけど
私も肩を振って歩いているらしいよ

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