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「バカと無知」

「バカと無知」(橘玲 新潮社)
「言ってはいけない」などで有名な作家による、人間のやっかいな振る舞いを心理学・社会学的知見をもとに解明を試みた本。非常に面白い内容であると同時に、人間が生物として生き延びていく過程で埋め込まれたメカニズムが、人間の行動のやっかいさを生み出していると知ると、何というか、やり切れない気持ちにさせられる本である。心理学や社会学の本と考えてもいいかもしれないが、多くの話が結論をやや単純化しすぎている傾向がある。このような学術的見解もあるのかも知れないくらいの気持ちで読んだ方がいいと個人的には思った。

「7 民主的な社会がうまくいかない不穏な理由」では、現実には「三人寄れば文殊の知恵」とは必ずしもならないことの理由として、賢い者がバカの過大評価に引きずられる「平均効果」を指摘し、「集合知を実現するには、一定以上の能力をもつ者だけで話し合うこと」「それが無理な場合は話し合いをあきらめて、優秀な個人の判断に従った方がよい選択ができること」の二つの結論を示している。(民主主義より独裁の方が良いことになる)(56-58ページ)

「18 ほめて伸ばそうとすると落第する」では、「高い自尊心があればなにもかもうまくいき、低い自尊心ではすべてがうまくいかない」という通説は誤りであり、そもそも自尊心が何かがよくわかっておらず、(成績が良いなど)結果が良いから自尊心が高くなるのであり、ほめて伸ばす子育てや教育は意味がないばかりか有害である可能性を指摘している。(122-125ページ)

「30 強く願うと夢はかなわなくなる」では、楽観的か悲観的かはヒトの基本的なパーソナリティのひとつ(神経症傾向)で、およそ半分は親からの遺伝で決まり、残りの半分は環境の影響だが、思春期以降はほぼ変わらないとされると述べている。(198ページ)

「33 道徳の「貯金」ができると差別的になる」では、人種やジェンダーなどの差別をしない判断をすることで「道徳の貯金」がプラスになり、その次の判断では逆に非道徳的な判断をする傾向があることを述べている。(217-219ページ)

「37 トラウマ治療が生み出した冤罪の山」では、ヒトの記憶がパソコンのハードディスクに保存されているようなものではなく、流動的でつねに書き換え可能であり、実際には起きてないことが、記憶の断片がつながることで記憶がよみがえったと感じてしまう場合があることを指摘している。(244ページ)

「38 アメリカが妄想にとりつかれる理由」では、「アメリカは妄想的な人間が集まってつくった国だから」とした上で、日本の自殺率が先進国の中で高い理由として、遺伝的・生物学的基盤が原因の可能性があることを示唆している。(248-251ページ)

「39 トラウマとPTSDのやっかいな関係」でも、「脳はビデオカメラのように、起きたことを正確に記録し、いつでも再生できるようにしているわけではない。脳にハードディスクが埋め込まれているのではなく、何らかの刺激を受けたとき、そのつど記憶が新たに想起され、再構成される」と述べている。(257ページ)

「40 人類がトラウマから解放される日」では、「脳科学の最先端では、脳内に電極を挿入したり、脳の特定部位にレーザー光線や超音波を当てて記憶に影響を与えたりする研究が進められている。将来的には、これによって記憶を自由に書き換えることができるようになるかもしれない。そうなれば、もはやトラウマに苦しむこともなくなるだろう。だがそのとき、「わたし」とはいったい何者になるのだろうか」と述べている。(263ページ)

PARTI 正義は最大の娯楽である
1 なんでみんなこんなに怒っているのか
2 自分より優れた者は「損失」、劣った者は「報酬」
3 なぜ世界は公正でなければならないのか
4 キャンセルカルチャーという快感
PARTII バカと無知
5 バカは自分がバカであることに気づいていない
6 「知らないことを知らない」という二重の呪い
7 民主的な社会がうまくいかない不穏な理由
8 バカに引きずられるのを避けるのは?
9 バカと利口が熟議するという悲劇
10 過剰敬語「よろしかったでしょうか」の秘密
11 日本人の3人に1人は日本語が読めない?
12 投票率は低ければ低いほどいい
13 バカでも賢くなれるエンハンスメント2・0の到来
PARTIII やっかいな自尊心
14 皇族は「上級国民」
15 「子どもは純真」はほんとうか?
16 いつも相手より有利でいたい
17 非モテ男と高学歴女が対立する理由
18 ほめて伸ばそうとすると落第する
19 美男・美女は幸福じゃない?
20 自尊心が打ち砕かれたとき
21 日本人の潜在的自尊心は高かった
22 自尊心は「勘違い力」
23 善意の名を借りたマウンティング
24 進化論的なフェミニズムへ
PARTIV 「差別と偏見」の迷宮
25 無意識の差別を計測する
26 誰もが偏見をもっている
27 差別はなぜあるのか
28 「偏見」のなかには正しいものもある?
29 「ピグマリオン効果」は存在しない?
30 強く願うと夢はかなわなくなる
31 ベンツに乗ると一時停止しなくなるのはなぜ?
32 「信頼」の裏に刻印された「服従」の文字
33 道徳の「貯金」ができると差別的になる
34 「偏見をもつな」という教育が偏見を強める
35 共同体のあたたかさは排除から生まれる
36 愛は世界を救わない
PARTV すべての記憶は「偽物」である
37 トラウマ治療が生み出した冤罪の山
38 アメリカが妄想にとりつかれる理由
39 トラウマとPTSDのやっかいな関係
40 人類がトラウマから解放される日
付論1 PTSDをめぐる短い歴史
付論2 トラウマは原因なのか、それとも結果なのか?

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