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緊張の処方箋

アイルランドの伝統的な音楽も、今やスーパースターがステージに立ち、華やかでアピール豊かな演奏をします。私もそういう音楽が大好きです! 誰でもあんな風にやってみたくなるものですよね。私の教室でも、年に一度、発表の場を設けています。普段とは違う場所で、人前での演奏に、ドキドキしてしますよね。それがみなさんにとって、楽しい音楽体験となるよう、今回は、緊張の処方箋を書いてみましょう。


まず、緊張には対処法があることを知ろう

民俗音楽がようやく人々に注目され始めた頃のお話です。地元では名人と謳われたフィドラー達を、家庭や路地から、舞台に引っ張り上げたとき、いつも通りに演奏ができない、あるいは演奏を拒否される、という事態が起こったそうです。

無理もありません。それまで彼らは、家族や近所のよく知っている顔ぶれを前にして、暖炉を囲んで、温かいくつろいだ雰囲気の中、演奏してきたのですから。音楽の善し悪しを判断してやろうと、大勢の知らない人が待ち構える舞台に出ていって演奏するのとは、勝手が違いすぎました。

私が主催する発表会は、昔ながらの音楽シーンの再現、とはいかないまでも、あまり緊張するようなシーンではなく、メンバーを囲んで温かい集まりになるよう、工夫しています。


処方箋その① 歴代のプロの舞台人が教える、”おまじない”を試そう

さて、古今東西、プロの世界で、これまで数多くの舞台人たちによって、緊張を解くさまざまな”おまじない”が伝授されてきました。これらは、心理学的に、あるいは後で述べる神経生理学的に根拠のあるものを含み、自分を落ち着かせることができるよい方法です。こうした他にも、みなさんも、自分なりの”おまじない”をお持ちかもしれませんね。


複式呼吸(深呼吸)を3回する

肩の力を抜く

リラックスできるツボを押す、マッサージをする

ジャンプする

人の字を手のひらに書いて3回飲み込む

背中をポンと叩いてもらって、励ましの(あるいは汚い)言葉を言ってもらう

観客を象徴的に捉えるようにする。また逆に、観客一人一人に向けて訴えかけるようにする

先生や、これまで自分を支えてくれた人達のことを思い出す

チャームを身につける、あるいはそれを触る

十字を切る、柏手を打つなど、特定の動作をする ect.


処方箋その② 神経の興奮状態をコントロールし、パワーに変える

とはいえ、緊張しないようにと思っても、ますます緊張してしまうものですよね。けれども、緊張することは本当に悪いことなのでしょうか。

フランスの国民的シャンソン歌手エディット・ピアフの映画では、初舞台を前にして、極度の緊張で震える彼女を見て、興行主が、「緊張するのは、大物になる素質があるということだよ!」と喜んでいました。

街で謳っていたピアフは、ナイトクラブのオーナーに見いだされ、「ヒバリ」というあだ名を付けられて舞台に立ちました。

また、歌手の宇多田ヒカリさんは、緊張感を「ワクワクしてきた!」と、高揚感としてプラスに捉えようにしている、と最近の動画で語っています。

緊張は、交感神経が優位に働いて起こります。交感神経は、アドレナリンという神経伝達物質を分泌し、緊急時として対処できるよう、体の状態を「危急モード」に切り替えます。心拍数が上がり、息が速くなって酸素を多く取り込み、筋肉への血流量が増え、一種の興奮状態になります。

筋肉が疲れ知らずで活発になるので、いつもより、フィンガリングやボウイングが冴え渡ります。野性的な気持ちになって、音楽を熱く表現するのにうってうけな体の状態になっているのです。

けれども、英語では、緊張していることをナーバス nervous というように、不安感が強いときは、自分自身で、交感神経と副交感神経をコントロールできるようになるといいですね。こうしたことは、「場数と踏む」、というように、ある程度は訓練です。先に述べた深呼吸などは、副交感神経を優位にすることができる方法ですよ。

私などの場合、ある程度緊張感がないとよい演奏ができません。家ではリラックスし過ぎていて、宅録がうまくいかないのが悩みです。ある程度の緊張状態を保ち、集中力を切らさず最後まで演奏を上手くやれたときは、最高の気持ちです。


処方箋その③ 間違いなどない、と気楽に構える

「人前で間違えたら恥をかくのではないか。」そんな恐れは不要です。意外と人は、音楽を全体の印象で聴いているものです。みなさんもそうではないでしょうか。 演奏している本人が「間違えた!」と思っても、聴いている人はそれを「間違え」と気付かないものです。でも、首をかしげたり、「てへぺろ」とすると、間違えたな、と思われますよ。ぜひ、ポーカーフェイスでお願いします。

ピート・クーパー先生は、ライブを前に緊張している私にこう言いました。「人間だからミスすることもある。それは仕方がない。大事なのは、音楽を前に進めていくことだよ!」

そもそも、フィドルには、「こう弾かなければいけない」というのがないので、「間違い」という概念がありません。ボウイングは決まっておらず、メロディもバリエーションも固定されていません。もし、自分が思っているのと違う音が鳴ったら、それは装飾音かもしれません。気楽に考えましょう。



処方箋その④ 聴衆を味方にするために普段から心がけること

以前、あるフィドラーが、人の演奏を意地悪くダメ出ししていて、いざ、自分の番になったとき、フィドルが弾けなくなった現場を見たことがあります。

自分が人の演奏に対して批判的(間違い探しを含む)であれば、人も自分の演奏を批判的に聴く、という因果を自分の心の中に作り出しているわけですから、当然といえば当然です。楽器演奏は、非常にメンタルで繊細なものなので、そのフィドラーは、自身の行いの報いを、自身で受けるはめになったのです。

普段から、人の演奏を評論家のように厳しく聴くのではなく、優しく、おおらかな気持ちで聴くようにしましょう。いつも、演奏のよい部分に耳を傾けるようにしていれば、今度は自分の番になったとき、他の人も、きっとそのように聴いてくれるはず、という心持ちになれます。聴衆に対して恐怖心ではなく、安心感を抱くことができれば、聴衆を味方に付けたのも同然です。

緊張の最後の処方箋は、自分自身の優しい心によって、さらに一行書き加えることができるのです。


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人々の笑い声が聞こえてきそうな、温かな炉辺の音楽を、みなさんもぜひ。


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Tamiko/ フィドラー
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