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怨念の星空

 無限に続く宇宙の星々も、見飽きてしまえば暗幕の上に置かれたビー玉と変わらなかった。
 宇宙作業員の訓練をしている最中はわくわくしていた。だが、いざ宇宙に上がってみると一週間と経たずに飽きてしまった。最初はアトラクションのようで楽しかった無重力も今では不便さばかり感じる。30年以上連れ添った重力がいかに大事だったかをマットは実感した。
 「第4ブロック異常なし。どうぞ」
 通信機でマットはジョセフに定時点検の報告をする。
 『了解。点検終了だ。早く戻ってこいよ』
 「戻ったってなんもねーだろ」
 『なんだよ勝ち逃げか?腰抜け野郎め』
 ジョセフが通信機越しに挑発してきた。マットの冷えた感情に少しばかり火がくべられた。
 「お前こそ負けた分取り換えしたくて焦ってんだろ?地球に戻ったら耳そろえて払えよ」
 『この野郎……』
 険悪な空気が宇宙船の中に流れ、すぐにどちらともなく気の抜けた笑いをこぼした。賭博と罵声という人類の伝統的娯楽は宇宙でも機能していた。
 マットは居住ブロックに戻るべく第3ブロックへと通じる隔壁を開けた。
 そこには女がいた。白いワンピースから青白く枯れ木のような手足が生えており、ぼさぼさの黒髪が胸まで垂れ下がっていて顔は見えなかった。
 そして何より、女の素足は宇宙船の床を踏みしめていた。無重力であるにも関わらず。
 マットは女を凝視したまま、ジョセフに通信を送った。
 「なあ、この船って重力発生装置積んでたか?」
 『はあ?何言ってる。そんな贅沢なもんが俺らの船に使われるかよ』
 ジョセフにどう返事をするか考えていると、女が声を発した。
 「……せ……な……せ……」
 女が一歩前に踏み出した。べちゃりと音がした。よく見ると女の手足は濡れていた。
 「ながせぇぇぇぇ……ながせぇぇぇぇぇ……」
 女はぎこちなく歩き出した。マットは逃げようと思ったが、身体はぴくぴくと震えるだけだった。

【続く】

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