りんご狩りを、渋谷で
世の中には「かもしれない」があふれている。
ライブ前に、くだもの狩りだってできるかもしれないのだ。
みなとみらいでのライブ前、きゅうきょ、渋谷へ立ち寄ることにした。距離はあるものの、乗り換えなしで行ける。
数年前から期間限定で開催されている「りんご狩りかもしれない展」。
キービジュアルは、絵本『りんごかもしれない』の作者、ヨシタケシンスケ氏。
これは、この絵本に着想を得て企画された催しだとか。
会場に近づいただけで、さわやかな果実の香りが鼻をくすぐる。
渋谷の商業ビルからは想像できない、ナチュラルでやさしい香りだ。
入り口には、ヨシタケ氏のイラストやグッズがならぶ。
二等身のおじさんとロボがお出迎え。
りんごもそうだが、まるくてコロンとしたものはかわいい。
ちょっと広めのコンビニくらいのスペースのまんなかには、青々とした大きな木が生い茂っている。
そこに、色とりどりでさまざまな大きさのりんごがぶら下がっていて、ときおりゆらゆらと揺れる。
ふしぎなりんごの木からもいだりんごは、1個250円~で持ち帰ることもできるし、その場でスライスしてもらい、食べることもできる。
土日は大盛況で、りんごがぜんぶなくなってしまうこともあるとか。
ほんとうに絵本の世界にまぎれこんだようだ。こういう幼稚園があったらたのしそう。
しかしもぎたての果実というやつは、なぜこんなにも美しく、いろどり豊かで、魅力的なのだ。
ただ、頭や目線の高さでゆれるりんごは、ボクサーのように避けなければいけない。
なぞに俊敏さが求められる。
避けたはずのりんごが、サイドからゆっくりと襲ってきてあせった。
りんごには、それぞれに品種名のシールがついている。
よく知っているものから、はじめて聞くものまで。
その日に実っているりんごは、甘さ順にならんだ一覧表で確認できる。
生食向きかお菓子の原料向きかの説明もあるので、じぶん好みのりんごを選べる。
リアルなりんごのほかに、りんごのお菓子やりんご柄のグッズが実った木も。
この見上げてえらぶたのしさ、りんご狩りにかなり近いかもしれない。
風はないし、空調も効いていて快適だ。
しばらく木を見上げながらぐるぐると練り歩き、どのりんごにしようか逡巡。
生食向きで、かつはじめてその名前を聞く品種に手をのばしてみた。
赤りんごは「こうとく」、青りんごは「もりのかがやき」。
お菓子を売るのにかまけてお菓子はつくらないから、生食するためにどちらも甘めの品種にした。
品種名のシールが、こどものお名前シールっぽくてかわいらしい。
イートインが満席だったので、ふたつのりんごは大事に持ち帰った。
持ち帰り用に包んでくれた茶紙にも、ヨシタケシンスケ氏のイラストが描かれている。
「もりのかがやき」はイートインでの提供方法にならって、輪切りにしてみた。
この切り方ははじめてなので、新鮮。
皮をむいていないし、芯もとっていないが、あますところなく味わえた。
シャキシャキなのに果汁感たっぷりで、さわやかな甘み。
「こうとく」は、りんごらしく串切りにしてみた。蜜の入り方がすごい。
一般的なりんごとはすこし異なる、独特の甘み。
りんごというよりはトロピカルフルーツのような香りで、シャクシャクとやわらかい。
はるばる盛岡からやってきたホンモノのりんごを、渋谷のビルの中で、ちゃんと木を見上げながら、もぎとる。
スーパーで選ぶときはりんごを見下ろしているけれど、狩るときはりんごを見上げる。
いつもとちがう視点のりんごは、いつもより魅力的で、躍動的なりんごかもしれない。
これは、かなりおもしろかったかもしれない、いや、おもしろかった。
りんごは、会期中は盛岡の農園から補充されるそうて、一度すべて狩られても、会期中は実り続けるという。
もいでももいでも、また違う実が星のようにまたたく、ふしぎなりんごの木。
そして、ライブはなんとアリーナ5列目。
いつもは見下ろしているステージや花道を、りんごの木のように見上げる。
いつもとちがう視点のボーカルは、より魅力的で、もともと躍動的なだけに、いつも以上に視界から消えた。
かもしれない、は、魅力の再発見でもあるのだ。