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運命のバリトン

2006年、東京のNHKホールにMET(メトロポリタンオペラ)の「椿姫」を見に行った。この年はワーグナー「ワルキューレ」モーツァルト「ドン・ジョヴァンニ」さらにヴェルディ「椿姫」がまとめてやってくるお祭り騒ぎだった。アメコミ風に言うならばアベンジャーズってとこでしょうか(たぶん違う)


私が「椿姫」と出会ったのは中学生の頃。実家に3大テノールのCDがあり、パヴァロッティが歌う一曲が「乾杯の歌」だった。その後、大学の図書館でみつけたフランコ・ゼフィレッリ監督「椿姫(1983)」のフィルムを見て若きプラシド・ドミンゴとテレサ・ストラータスに打ちのめされてしまい、毎日放課後は図書館に通い、閉館まで4~5時間延々と見続ける暴挙にでるくらいハマった。そんなある日、METが来日公演、しかも「椿姫」をやる、美術演出はまさかのフランコ・ゼフィレッリ当人(当時83歳)と聞いていてもたってもいられず、すぐチケットを予約した。

1983年作品なのでだいぶ古い。本作はアカデミー賞ノミネート、BAFTA(英国アカデミー賞)の衣装デザイン賞を受賞している。


この時私は24歳、海外のインターンから帰国後大学に編入したばかり。実家に居候しながら、2年間の学費と生活費用をバイトで荒稼ぎしていた。そんな私が貯金をはたいて購入したチケットはなんと一番高いS席。確か60,000円くらい。家賃か!今思えば学生席もあったはずなのに「本家本元プロデュースの椿姫なんて一生に一度しかみれない」と意気込んだ結果です。オタクって素晴らしいね。中央からやや左より、前から4~5列目という超良席だったので舞台端にでる電光字幕なぞ目に入らず、3時間ずっと演者を追っていた。真後ろに皇太子と雅子様がいたのはいい思い出😇😇


2006年MET公演 ヴェルディ<<椿姫>>
演出・舞台美術:フランコ・ゼッフィレッリ
指揮:パトリック・サマーズ 
ヴィオレッタ・ヴァレリー(S):ルネ・フレミング 
アルフレード・ジェルモン(T):ラモン・ヴァルガス
ジョルジョ・ジェルモン(Br):ディミートリー・ホロストフスキー 
オペラのあらすじ:「椿姫」の愛称を持つパリの高級娼婦ヴィオレッタは、パーティで紹介された純真な青年アルフレードに初めての真実の恋を覚える。ふたりは結ばれ田舎で幸せな生活を送っていたが、ある日アルフレードの留守中に現れた彼の父ジェルモンに、娘の縁談に障ると懇願され、ヴィオレッタはパリに身を隠す。事情を知らないアルフレードは怒り、パリの友人宅で彼女を罵る。数ヶ月後、ヴィオレッタは病床で死を待つだけの身になっていた。すべての真相を知ったアレフレードは許しを請うが、時すでに遅く彼女は息を引き取る。


この時、父親役ジェルモンのアリア「プロヴァンスの海と陸」を歌ったのはロシアのディミトリ・ホロストフスキー。父親から息子へ、帰ってこいよ~と訴える曲なのに、どこか失恋ソングのよう(すいません)お前の心から輝くプロヴァンスの海と大地を消したのは誰だ?おまえが去ってから家は悲しみでおおわれているのだ…!

はじめて背筋がしびれるバリトンに出会ってしまい、気づいたら号泣していた。気高くてどこかさみしくて、凛々しい歌声だった。声の力ってすごい。ホロストフスキーは2年間の闘病の末、2017年に55歳という若さでなくなってしまったけれど、ロシアが生んだスーパースターは最後まで世界中のファンに愛と歌を注いでくれていたらしい。

2016年、最後の「プロヴァンスの海と陸」このひとの声は忘れられない


NHKホールのMET祭り、プラシド・ドミンゴはワルキューレ出演組だったのに、椿姫の幕間にふらっときてくれて「82年の映画めっちゃ好きです、ファンです」っていったら抱きしめてくれた。めちゃくちゃガタイがよかった。


あらためてホロストフスキーの声を聴いておもったこと。推しに出会えることに感謝し、推せるときに推すこと。彼はもうこの世にいないけれど、ロシア民謡やオペラで大活躍していたので、いつでも音や映像でアクセスできる。こんな幸せなことってありますか。あのとき椿姫と恋に落ちてよかった。若造が勇気をだしてオペラをみてよかった。10年経ってもあなたが好きです、これからもずっと好き!




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