パーカーを抱いて寝る女
私は今、出張に来ている。
地元に帰る予定日まで ちょうど半分を超えたところ。
出張に来る前、恋人タミオ君と会えた日に
思い付きで「今着ているパーカーを脱いでいってくれないか」と打診した。
出張に着て行きたいと伝えると、大喜びで快くパーカーを置いて行ってくれた。我が家には、妹の旦那から頻繁に譲り受けるお下がりのトレーナーがたくさんあるので、そのうちの一つを着せて帰した。
自分の家とは違う柔軟剤の香りと、タミオ君の匂いがついたパーカーを、出張先の宿で仕事が終わって作業着を脱いだ後、寝る前の数時間だけ着て過ごしている。
そして2日目の夜からは、着ないで 抱いて寝るなどした。
こういうところが本当に自分でもちょっと気持ち悪いと思い始めてきたけど、普通に信じられないぐらい安心して寝れた。
そして昨日、毎度のことながら作業着を脱いでパーカーを羽織り、宿の食堂に向かった私はちょっとだけ嫌な予感がした。
昨晩のごはんは、焼き肉だった。
予想通り、タミオパーカーの表面には、焼き肉の匂いが付いた。
部屋に戻った私は、パーカーから香る美味しそうな匂いに絶望した。
パーカーの下は見えてはいけないヒートテックだったから脱げなかったが、脱がなかったことを後悔した。
と、本気で思っていたのがウソみたいに
一瞬にしてとてつもない寂しさに襲われた。
寂しさというか悲しさというか。いとしさと切なさと。心強さと…。
全然強くない。
小さなスプレーボトルに持参したファブリーズを若干吹きかけて、エアコンの風が直撃するエリアに吊るし、呆然としながら揺れるパーカーを眺めた。
どうか表面だけについた焼肉臭をファブリーズが分解して、浸透したタミオ臭だけを残して吹き飛ばしてくれ…と願いながら、現実から逃げるようにシャワーを浴びた。
結果、見事焼肉に勝利した。
勝てるんだ、と思った。
タミオ君の匂いだけを仄かに残したパーカーを抱いて、私は昨日も安眠した。
もう食事時に着るのはやめよう。
こんなに絶望感を味わうことになるとは私が一番びっくりしたけども。
本当は寂しかったのかな、私も。
あんまりタミオ君が寂しい悲しい離れたくないと言うから、なんだか母親のような気持ちで宥め続けて来たけど。
たったの一週間だから大丈夫、って自分自身にも言い聞かせてたのかもしれないな と思ってしまうぐらい、昨日は落ち込んだ自分と向き合った。
焼肉に勝利する前
エアコンの暴風を浴びて揺れるパーカーの下で
タミオ君に事の成り行きを話したら
「焼き肉の匂いにはちょっと勝てないかな」と言って笑っていた。
アッサリした交わしに私は少し救われて
結果的に勝利したタミオパーカーを大事に畳みながら
嗚呼、なんだかバランス取れてるな と思った。
***
どんなに想い合ったって所詮は他人。
育ってきた環境も違うんだから価値観も違って当たり前。
全てを共感共存することは無理かもしれないけど、お互いの考え方を否定しない・受け止める・理解しようとすることで埋められることはたくさんあって
無理せず、お互いを尊重しあって長く一緒に居られたら、とても嬉しい。
依存せずに、必要とし合えたら、とても幸せ。
中高生みたいにピュア一直線で猛突進してくれるタミオ君に、冷静を保ちながら愛情を返納していく私。
でも時々こうやって私が些細なことに絶望して心が折れると、タミオ君は瞬時に察知して、優しく私を包んでくれる。
何らかの理由でお互いの心が折れた時に、共倒れしてしまうかもしれない懸念は密かにあるけども
お互いの小さな異変を見逃さないように、いつも相手の様子に気を配ったり気持ちが寄り添っていられたら、大丈夫 だと 思いたい。
経験が少ないからこそ、何もかもが新鮮でほとんどが初めてで、私がその対象のすべてになってしまうかもしれないタミオ君に
それなりに経験は重ねてきたのにトラウマばかりが残って、ある意味何もかもが新鮮で初めてな気がすることが多い私は
いつだって救われて、癒されている。
経験がないことで、女性の扱い方がわからない男性や
よからぬ勘違いをしてしまっている人にもこれまで会ってきたけど
経験がなくても、相手を想う気持ちでほとんどがカバーできるし
誠心誠意伝える愛情は、これまでの経験値には比例しないこともわかった。
単純に、伝える・受け止める相性が合ってるのかもしれないけど、そういうことだって まともにできない人もいるから
生まれ持った優しさや強さや弱さが、タミオ君は豊かでとても温かい。
恋愛なんて、何度繰り返したって
新しい人と付き合えば1からやり直し。
初めてぶつかる壁もあれば、初めて感じる喜びもある。
新しいことに驚いて、幸せを噛み締めればいいだけの話。
経験があろうがなかろうが
恋人は、今目の前にいる相手であって
新たにその人との経験や思い出を積み重ねていけばいいだけの話。
そのタイミングで出会ったことにもきっと意味があって
これまでの人生で感じた色んな気持ちや出来事があったからこそ、出会って惹かれて結ばれて、必要とし合えたんだな って思ったら、感慨深くはないかい。感慨深いです私は。
なんだかポエムな言葉が次々と出てきてしまうぐらい、私はちゃんと恋愛をしていて、そんな自分が恥ずかしくもあり、嬉しくもあるのだ。
早く帰りたいな。
不安やプレッシャーはあるけど、やはり私はこの島が大好きで、この仕事に誇りを持っていて、いつだって来てしまえば次は帰るまでのカウントダウンが始まる。
任務が完了すれば少し寂しい気持ちさえ沸いて
帰りたくないな、もうおしまいか、って思ったりしてたけど
今は純粋に、早く帰りたいな って思う。
島は大好きだし
仕事に対するやり甲斐や誇りは変わらないけど
早く帰って会いたいな、って今は思う。
それまで大事にパーカーを抱いて寝ます。
もう、どんなおかずが出ようとも
ご飯の時には、絶対に着ない。
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