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企業の取り組みが、日本社会を変える。DEIエヴァンジェリスト、NTTの野望

この記事は、当社の調査研究をまとめて刊行致します、「Sustainability in Japan 3: 再生型ビジネスへの道」から抜粋したものです。英語版はMediumで入手可能です。

はじめに

居住地に制限のない「リモートスタンダード制度」の導入、LGBTQ+のALLY会の開催、障がい者の社会参画促進を目的とした分身ロボットの活用など、ダイバーシティとインクルージョン(以下、D&I)の推進に多角的に取り組んできた日本電信電話株式会社(NTT)。そのキーパーソンとなるダイバーシティ推進室室長の池田円さんに、D&Iがビジネスにもたらす価値からその課題まで、パイオニアから見た現状についてお話を伺いました。

エンゲージメント向上のためには、大変革も恐れない

初めに、ダイバーシティ推進室室長就任への経緯を教えてください。

NTTは育休制度を導入した日本初の企業ではありますが、私が就任した2019年頃は、女性活躍推進を含めてD&I全般においては先進的な企業ではありませんでした。管理職に女性がいても、育児と仕事を両立しながら働いている人は少なく、若手のロールモデルになる人がいないという状況でした。

こうした中、私はパートナーと子ども2人とともにアメリカ赴任を経験していたことから、性別役割分担意識や固定観念を払拭する多様な働き方や生き方を推進する役割が与えられたのではないかと感じました。

現在はどのようなことに力を入れていますか?

今は「エンゲージメントの向上」に最も注力しています。その背景には、2014年から行ってきた従業員満足度調査があります。コロナ禍になりリモートワークを導入した年に、初めて全項目の満足度が上がりました。一方、生産性や仕事へのやりがいを調査したものではなかったため、2年前から個人と組織が連動しながら互いに貢献しているかどうかも調べることにしました。

そこから見えてきたこととは?

ワークライフバランスへの配慮や多様性の受容、研修機会の充実といった環境整備とエンゲージメントの高さは、強い相関関係にあり良い影響を与えていることが明白になりました。改善点として見えてきたのは、チャレンジングな環境作りや戦略の浸透、そして人事関連です。「希望とは異なる人事異動」「飲み会やゴルフへの出席率や長時間労働が評価される旧態依然の概念」「育児や介護休職、時短勤務などにより年功序列の昇進ルートに乗れない」等は、当然エンゲージメントの低下に直結します。
 
そうしたことから、昨年は年功序列を廃止すると同時に、評価基準を変更しました。これまではジェネラリストで強いリーダーシップを発揮するタイプの人が評価され昇進していましたが、今は個々の強みや特色に注目したクライテリアになっています。また、以前は研修や異動を会社から社員へ一方通行に伝えていたわけですが、公募制を導入・拡大しました。
 
私たちが目指すエンゲージメントの高い状態とは、理想の社会を実現するための方法・プロセスを社員が自発的に考え企画し、意見を出し合い、一人ひとりの能力を発揮して、失敗を恐れずにアクションに移すことができる、自律性のある組織体であることです。こうした改革が、企業成長に繋がっていくのではないかと期待しています。

大企業が続けてきたシステムを変えることは難しかったのでは?

持ち株会社の下に900社以上のグループ会社があり、反発はもちろんありました。ですが、頻度を上げてグループ各社の幹部や人事部との対話の場を設けました(人事部課長会議は毎週)。議論を重ね、世の中の流れの後押しを受けながら、全員で新しい仕組み作りをしているという実感があったからこそ、結実することができたと思います。

リモートワークを始めとする新たな制度や取り組みに関しては、各省庁や多くの企業がNTTにヒアリングに訪れ、大きな反響がありました。また、エンゲージメントに関する数字等を開示したところ、投資家からポジティブな評価を得ました。D&Iは他社と競合するものではありません。互いのベストプラクティスを学び合い、より良い社会の実現につなげていきたいと思います。

D&Iの真価を可視化していくために

D&Iはビジネスにどのような影響をもたらしますか?

リモートワークやスーパーフレックス制度の導入による時短勤務者の減少、従業員満足度の上昇はすぐに数字として表れたことですが、ビジネスへの影響には詳しい分析が必要です。そこで、営業利益や総労働時間、メンタルヘルスに不調を感じている社員数や、ハラスメント事案数のほか、女性管理職や中途採用者、外国籍の方が増えている組織ではどのような変化が生まれているかなど、あらゆる項目をベースにモニタリングを開始しました。様々なデータとエンゲージメント調査の関係などを分析していく予定です。まだ結果は出ていませんが、多様性が会社をより活性化するという仮説があるので、検証する価値は大いにあると思います。

結果に期待が高まります。特に注目している点は?

モニタリングを通して、「仕事のやり方」にも注目します。会議時間や参加者数を調べると、週35時間労働制のはずが、部署によっては大人数で週40時間も会議をしていて、ながら作業をしている人も多いのです。これでは本来の仕事をする時間がなくなり、残業時間の増加や活躍の幅を狭めることに繋がっていきます。

転職経験者や、育児や介護などで時間的制約がある人がチームにいると、より効率的な働き方をするために取捨選択し、今まで属人的に行われていたことをマニュアル化してオープンリソースにするなど、仕事のプロセスの変化が生まれると期待しています。このような可視化は、業績や生産性の向上に良い結果をもたらすのではないでしょうか。

さまざまな取り組みをしてきた中で特に課題となる点は?

私たちのグループでは、30代の従業員のエンゲージメントの低さが課題です。理由は分析中ですが、30代で「管理職になりたい」と回答した男性は50%以上である一方で、女性は20%台と低い。能力的に自信がないわけではなく、従来の管理者のイメージから、あのような働き方はしたくないと考える人が多く、ジェンダーギャップを生んでいるようです。

企業によるD&I推進は、日本をアップデートしていく原動力に

今後活用が期待される技術やリソースなどはありますか?

AIなどのテクノロジーは、D&Iの推進に大きく貢献できるのではないかと思っています。会議中や資料作成時にアンコンシャスバイアスや差別的な表現があればアラームが出る、ホームページの制作時に視覚障がい者のアクセシビリティを阻んでいないかを自動的にチェックする、知的障がいのある方とのコミュニケーションで言葉選びが曖昧であればAIから注意が喚起されるなど、さまざまな場面で活用の余地があると思います。

ウェルビーイングもサステナビリティにおける大事な柱のひとつとされています。どのような取り組みを行っていますか?

週に一度のパルスサーベイでのメンタルヘルスチェックや、フィットネス系コンテンツの提供、ウェアラブルデバイスによる健康管理、ヘルスケアやD&Iに関する情報提供などを行っていますが、ウェルビーイングはそれだけでは実現しません。私個人にとってのウェルビーイングは「自分の仕事や行動が何かしら社会の役に立っている」ことと、「自分や家族の健康」という二つのバランスが取れている状態です。心身の健康の話だけではなく、一人ひとりにとってどういう状態がウェルビーイングな状態なのかも異なるのです。

社員一人ひとりとより深く理解し合うために、個々が何を重要視しているかをカードに記載し共有する「ウェルビーイングカード」を活用したチームビルディングのワークショップを今年度導入します。互いのウェルビーイングを共有する機会をつくり、それぞれの望んでいることを理解することで、マネジメントは部下を育成していく上で仕事の割り当て方やキャリア形成の参考になっていくのではないかと考えます。

最後に、D&Iを推進していく意義と真の価値を教えてください。

端的に言うと、D&Iは経営のために行っています。企業が成長し続けるためには必須であり、企業戦略の中でも最も重要なことの一つです。サステナビリティの取り組みとして、昨年度からサプライチェーンのパートナー企業にも、協業する上での条件を提示し、より良い社会をつくっていくための改革を業界全体に広げていこうとしています。

そして私にとってD&Iは、日本を変えるためのツールです。性別役割分業意識といった違和感は社会に多く存在し、都市部は変革の最前線にありますが地方はさらに10年ほど遅れているのではないかと感じています。こうした中、日本全国に拠点がある古参の企業である私たちが発信し、D&I推進を阻害するような古い価値観や文化、働き方をアップデートしていくことは非常に価値のあることだと確信しています。

D&I の推進は、表面的な取り組みだけでは成し得ません。自社が抱える課題を可視化し、企業のシステムにメスを入れる。それが従業員エンゲージメントの向上に繋がり、働き方改革の真骨頂となるでしょう。

私たちは自分たちが築いてきたビジネスモデルに固執しがちですが、より良い社会を目指して変化を起こしていくことは、企業が成長していく上で必要不可欠です。

課題をオープンにし、講じてきた改善策を惜しみなく他組織と共有するNTT。ビジネスへの影響を多角的にモニタリングし分析する取り組みと実績は、今後多くの企業にとって、重要な参考事例となるのではないでしょうか。


ファブリックは、企業がより革新的で持続可能な未来に向かって進むことを支援し、戦略的デザインの構築やサステナビリティ活動が直面する、様々な課題の解決を支援するコンサルティング企業です。2004年の設立以来、東京を拠点にグローバル企業や地元企業に対してデザイン思考、サステナビリティに関する知見、深い人間洞察力を結集し、優れた戦略をクライアントに提供しています。


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