
旅行×医療が動く。トラベルドクターの「寄り添う医療」【後編】
「ファンファーレが聴こえる」では、毎回、事業を通じて社会課題の解決に取り組む方の思いをお伺いしています。本記事のほか、実際の対談を記録したポッドキャストもぜひお聞きください!
第1回目のゲストはトラベルドクターの伊藤玲哉(いとうれいや)さんです。本記事は前編と後編に分かれています。こちらは後編です。
プロフィール
伊藤玲哉(医師、トラベルドクター)
医師として、これまでに多くの患者さんの最期の瞬間に立ち会う中で、残された大切な時間で「旅行がしたい」と願う患者さんと出会う。病気で諦めていた旅行を叶えるため、『医師のつくる旅行サポート会社』設立を決意。グロービス経営学大学院 TOKYO STARTUP GATEWAY2019最優秀賞を受賞。
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近藤志人(ファンファーレ株式会社 代表)
crewwにて大手企業の新規事業開発、リクルートにて組織開発、大規模プロダクト開発などの経験を経て、2019年にファンファーレを創業。
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■医学的には説明できない力
近藤:実際に、トラベルドクターとして支援をして、支援した人の表情を見たというお話があったんですけども、サポートした時のお話を、何かエピソードとかあれば具体的に教えていただけますか?
伊藤:そうですね。ちょっと前の例を挙げると、80代ぐらいの男性で心臓に病気を抱えていて、足腰もちょっと悪くなってきていて、数十メートルぐらいしか歩けなくてなかなか家の外に出られない方がいたんですね。その方は東日本大震災で被災をされて、家が津波に流されていて、現在は一人で暮らしている方でした。旅行も10年ぐらい行っていないと。この方から福岡に行く旅行の同行サポート依頼がありました。
家から電車やバス、飛行機に乗って博多まで行き、博多の旅館に一泊して帰ってくるという旅行でした。50年ぶりに乗る飛行機では窓際の席でずっと景色を眺めていたり、旅館で普段とは違うご飯を食べたり、あとは10年ぶりに旅館の温泉に浸かった瞬間の「ふわー」っていう感嘆の声とか安らかな表情、そういうのを見てるだけでも自分もすごく勇気が出ました。
あと、すごいなと思ったのが、大宰府にお参りに行くことになっていて、途中までは車椅子で行ってたんですけど、大宰府に着いてからは自身の足で歩き始めたんですね。
近藤:参道ですか?
伊藤:そうです。参道までの距離は、往復とか回り道とかも入れるとだいたい2キロぐらいです。
近藤:歩くのがもともと辛い方ですよね。
伊藤:はい。50メートルくらいしか歩けなかった方なんですけど、2キロぐらいの道のりを全部歩けたんですよね。
近藤:へえー。
伊藤:本人も「あれ、こんなに自分歩けたんだ!」と。今までは目標がなかったので歩けないと思い込んでいたり、痛みがすぐ出てしまっていたりしていたのが、「参道に行きたい」「お参りしたい」という目標ができて、痛みが全然別の物に変わった。確かに重たい感じはあったけど、痛みとして認知されていなくて、「お参りに行くことに一生懸命で痛みを忘れられたよ」って言ってたんですね。
医学的にこれを正しく説明できるかというと、なかなかできないところかもしれないんですけど、でも実際、何十年も旅行できてなかった方が、飛行機に乗って一泊して、すごく大切な時間を過ごして帰ってきた。帰った時に満足感というか、ずっと失っていた自信を取り戻して、「次どこに旅行しようかな」ってすごく前向きになったんですね。たった一泊二日の旅行だったんですけど、その方に与えたパワーというのはすごく大きかったかなと感じますね。
近藤:素晴らしい体験ですね!きっとその他のひとつひとつの体験も素晴らしい体験なんだと思います。医療従事者が付き添わないといけないというなかなかスケールが難しい点があると思いますが、これがスケールしたらどんなに素晴らしい事業になるんだろうと思います。
■旅行業界の抱える課題
近藤:先程の話にも続くんですけども、草の根的な活動に留まっているというのが現状とのことですが、これはどういった課題があるのでしょうか?ニーズはたくさんありそうだと感じるのですが。
伊藤:理由はたくさんあるんですけど、一番多いのが「複雑」という点ですね。そもそも旅行自体が、航空会社・旅行会社・宿泊施設といった色んな業種の方が連携しているものです。急変するようなリスクを抱えた方が旅行をすることって今まであまりなかったので、ただでさえ複雑な旅行業界という中に、医療というものが加わることで複雑さが増してしまう。医師も旅行のことが分からないし、旅行業界の方も医療のことが分からない。医師と旅行業界の方との横のつながりがなかったので、なかなか実現できなかった。
さらに言うと、医療においては「医療の発展」にばかり目が向いていたんですね。病気があれば治し、少しでも長く生きることに注目されていた。日本の医療が発達した結果、「世界一の長寿国です、医療大国です」となっています。
ただ、これまでの医療は「どう生きるか」に関してはあまり目がいってなかったんですね。長くは生きたけど、その長く生きた間ずっと外に出られない人がいたり、人工呼吸器を付けながら意識はないけれども何年も生きている方がいらっしゃったり。それって、本人が望んでることもあれば、そういったことを話し合っていなかったので誰も意思決定ができなくて、延命という形を取ってしまっている方も結構多くいらっしゃる。
もちろんそれが良いか悪いかは自分は判断できないけれども、やっぱりこれからの医療が「長く生きるためだけの医療」でいいのかなっていうのはずっと考えています。やっぱりこれからは「どう生きるか?病気をケガを抱えてたとしてもどう自分らしく過ごしていきたいか?」ってところも考えていかなきゃいけないかなと。
それを考えられる医師って、医療現場ではまだ少数派なんですよね。仮に患者さんとか家族が「旅行したいんですけど」と相談をしてくれたとしても、「何でそんなリスクあることするの?」っていう風に考えてしまう。そうすると「また今度にしましょう」っていう言葉をかけてしまって、患者さんも家族も諦めてしまう。
近藤:なるほど。医療に携わる方の患者へのスタンスが、ウェルビーイングといった価値観に移り変わっていく中での事業なのかなっていう風に感じました。
旅行業界っていうのが様々なステークホルダーがいる中で、連携する時にどんな課題があるのかを教えていただいてもいいですか?
伊藤:そうですね、航空業界も旅行業界も基本的には薄利多売な業界ですね。利益は少なくても多くの人に売ることによって利益が出ている。少しでもコストを削減するためには、そういう旅行者ひとりひとりの状態に合わせたプランというのは難しいので、ツアーにしてみんなが同じようにできるようなプランをたくさん作って応募してもらう。それができない人は断るっていうのが、旅行業界の特徴かなと。
航空業界の場合もそういった薄利多売の面もあるんですけど、航空業界は別の視点もあって、リスクを抱えた方が乗っている最中に体調が悪くなって緊急着陸が必要になってしまった時の社会的なインパクトがかなり大きい。
近藤:確かにそうですね。
伊藤: そういった理由から、病気を持っている方の旅行には抵抗感がまだあるかなと考えています。もちろん、最近はサービスデスクができてきて、車椅子利用者の方、杖が必要な方、ベビーカーの方への対応がとても充実しています。ただ、一見健常者に見えるけど、心臓が悪いとか、糖尿病があるといったリスクを抱えている方に対するマネジメントというのは、医師の目線から見てまだちょっと足りないのかなと思います。
近藤:航空業界の人は医療の専門家ではないですもんね。外的な特徴がある人は分かりやすいけど、内部疾患の方は分かりづらいっていうのは本当にその通りですね。
伊藤:しかも、申告した場合は断られちゃうので、乗る側も申告しないんですね。
近藤:そうか。申告しちゃうと「だめです」ってなっちゃう。色んな課題がありそうですね。
■業界の隙間を埋める
近藤:スケールするにあたっては、色んな業種の方にご協力をいただかないと成立が難しいんじゃないかなって思ったんですけど、そのために何か取り込まれていることはありますか?
伊藤:はい、自分の理念でもあるんですけど、自分の役割っていろんな業界の隙間を埋めることかなと思っています。これまで医療ってすごく閉鎖的なもので、病院の中でほぼ完結していたものなんですね。これからは病院の中だけではなくて、家とか、旅行中とか、病院の外の医療もできるようにならないといけないと思っています。そういう中で、自分のような病院の外にいる医療者が、医療関係者・医療業界・航空業界・宿泊業界・旅行業界・・・・・(笑)
近藤:(笑)。途方もなくたくさんのところを繋いでいかないといけないですね。
伊藤:個々の業界の専門性は間違いなく高いので、各業界の隙間を埋めるような役割を担えたら、病気を抱えた方の叶えたいものが少しずつ実現できるようになるかなと考えています。
近藤:伊藤さんは経産省の始動プログラムに参加していますよね。僕も始動プログラムに参加して、伊藤さんのピッチや事業内容を聞きました。僕を含めて、ピッチを聞いた人たちが目の色を変えてどんどん応援者になっていって、いろんな業界の人たちも混ざっていって、事業を成功に導くんだろうなって思っています。
■「死ぬときのこと」ではなく「生きること」を考える
近藤:今後の展望を聞かせていただけますか?
伊藤:そうですね。僕は医療の外から医療を変えていきたいなと思っています。医療がどれだけ発達しても、人間には必ず最期がある。でも最期に「いい人生だったな」と自分の人生振り返ることで、最期にいちばん幸せのピークがくるような人生を送れる方がもっと増えたらいいなと思っています。自分が旅行を選んだ理由としては、人って旅行中は暗いことを考えなくなると思ったからなんですよね。
「死ぬことについて考えましょう」って言われても正直ピンとこないけど、生きることだったら結構考えやすいかなと思います。「最後に人工呼吸器付けたいですか?」と聞かれても分からないけど、「最期どこ行きたいですか?」って聞かれると「おいしいもの食べたいな」「温泉に入りたい」「家族としゃべっていたいな」とかイメージができる。
そういった会話ってすごく大事なんです。例えば、家族の誰かが急に倒れてしまって意識がなくなってしまったとき、その人の気持ちを聞けない状況で医療者から「人工呼吸器を付けますか?」と聞かれても、分からないですよね。ほとんどの人は、決められない。
だけど、「最期まで絶対ご飯は食べてたいな」「最期まで家族としゃべってたいな」といった会話ができていたら少し違うのではないかと思います。
人工呼吸器をつけると、食べられないし話せない。であれば、家族がそういうその人の意思を尊重して「こういうふうに治療をしてください」と判断できるようになる。
「生きること」を考えることで、もしもの時のことも自然に話し合えるのではないかなと思います。
じゃあ生きることって何?って思った時に、自分が色んな患者さんから聞いてきた、「最後に旅行に行きたい」だよねと。もちろん海外に行きたい人もいれば、近所の桜を見に行きたいとか、旅行の定義は広くても、その人が最期どう過ごしたいかっていうところを聞き出すことによって、それはつまりその人にとっての「旅行」なんだなと。それを医療の力で叶えることができれば、医療の新しい選択肢になっていけるんじゃないかなと思って旅行を選びました。
■トラベルドクターのこれから
伊藤:事業としては、今だいぶメンバーが揃ってきています。いろんなプロジェクト、プログラムに参加した中で出会った医療従事者のほか、旅行業界・航空業界・宿泊業界・保険業界といった多種多様な業界の方とのつながりもできてきました。これから自分が旅行の願いを叶えていく中で、すべての業種を巻き込んでエコシステムを一緒に作っていけたらいいなと考えています。
今回これを聞いてくださった方の中に、もし関心を持っていただいた方がもしいらっしゃれば、ぜひ連絡をいただけたら嬉しいです。
医療業界の人でなくても、旅行業界の方でなくても、全く違う業界の方でも!むしろそういう方がすごく大事な視点を持っていたりとか、すごく貴重な能力を持っていたりとか、そういうこともすごくあるので、ぜひお気軽に連絡を頂ければすごく嬉しいです。
近藤:本当に素晴らしい活動をされていて、この話を聞いた方はみなさん応援したいなという気持ちになるんじゃないかなと思います。伊藤さんにコンタクトをとりたい時にはどうしたらいいですか?
伊藤:自分の思いを発信するためのウェブサイトを作ったので、こちらにアクセスしていただけたらと思います。
近藤:ありがとうございます!
本日は、トラベルドクターの伊藤さんに来ていただきました。本日はありがとうございました!
伊藤:ありがとうございました!
(前編はこちら)
『トラベルドクター伊藤れいや』の公式ウェブサイトが公開されました✈︎
— 伊藤れいや|旅行医 (@i_travel_doctor) September 21, 2019
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