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「自分の弱さ」は、やっつけなくていい。ある種の「気質」として一旦すべて受け入れたほうが、スッと前向けるかも??

*HSP(Highly Sensitive Person)
「人一倍繊細で人の気持ちや光・音・香りなどの刺激に敏感な人たち」のことで、全人口の5人に1人の割合で存在する

*HSS(High Sensation Seeking)
「活動的で刺激を追い求める性質を持つ人たち」のこと

*そして両者の混合型気質がごく少数存在する
 ”新しい刺激好きな好奇心旺盛さがある一方で、危険は冒したくない”
 ”人とワイワイするのが好きだが、すぐに疲れてしまい一人になりたがる”
 ”計画を綿密に立てるわりにはその通りに行動できない、しないことが多い”  など、
 相反する性質が同居しており、周囲からは「変わった人」「読めない人」と思われたり、自分でも「アクセルとブレーキを同時に踏んでいる」ような感覚にとらわれて「生きづらさ」を感じることも多い。発達障害やうつなどの精神疾患と誤解されることもあるが、あくまでも気質。その人の性質である、ということ。


休職して、いろいろ考えたり調べたりしてる中で初めて知った。
こういう気質があるんだなぁと。
 詳しいことは、わかりやすくまとめられたページがたーくさんあるので、そちらを、引用&リンク貼りさせていただきます。

https://www.shinjuku-stress.com/column/psychosomatic/hsp/
https://matsuokamiki.com/archives/3356
https://liferanking100.com/what-is-hss-hsp/

 私自身を振り返ってみて、「なるほどなぁ・・・」と妙にしっくりきちゃったり、「えっ!自分そのもの??」と少しどきっとしたり、
「わかるーーーー」と叫びそうになったり。
 全てがドンピシャに当てはまるわけじゃないけれど、、9割くらいピタッとフィットした感じに、なんだか妙な親近感や安堵感を一瞬覚えたり・・・。

 そうか。たまに私を襲う脳内ごちゃごちゃ、感情のワサワサした感覚、自分でも意味不明な葛藤、もしかしたらこんな「気質」が背景にあったのかも???

「疾患」ではなく、「気質」なので「治る治らない」の概念で見つめるものではなく、
「いかに理解し、良さを生かすことができるか」を自分自身でじっくり考えることが大事、なんだそう。

なるほど・・・
早速、自分の胸に手を当て、考えてみる。

今後、私はどうしたらいいんだろう?
 「前向きさを取り戻すまで、気力が戻るまで休むべきなのか??」
 「そんなことしてたら一生働けないんじゃないか??」
 「また、新しい環境で人間関係の問題にぶち当たったらどうしよう・・・」なんて悩んでたけど、そうじゃなくて、

 「私は、人が好き、子どもが好きで、活動的に働くのが好き。楽しい企画やイベントを計画実行したりするのも大好き。かと思うと、自分でも戸惑うくらい心身の調子の落差がすごすぎて、ホッと一息ついてゆっくり落ち着く時間も必要、家族との時間も確保できないと倒れちゃうし、仕事も家庭も最大限のパフォーマンスを発揮できなくて潰れてしまう」-これは自分の「気質」なんだ、と受け入れてみる

 するとどうだろう。
「あ、それだったら、いっそのこと フルタイムじゃない仕事を選んだらいいのかな?」
「フリーランスにも興味があるけど、いきなり、は怖いな・・・」
「だったら、むしろ、人と関わりの少ない業種のパートタイムをやりつつ、空いた時間を使って、ボランティアという形で、我が子を含む、地域の子どもたちと関わってみたり、何かしらの子育て支援活動、を展開してみることから始めたらいいのかな〜。軌道に乗ったら事業化!ってできないかな」・・・などと
ちょっとだけ前向きな考えが浮上してきて、これならなんとかいけるかな?と、ちょっぴりポジティブな自分が、ほんの少しだけ芽を出したのが感じられた。(自分でもちょっとびっくり)


仕事での辛い思い出、どう乗り越えたらいいんだろう?
 管理職や上司、同僚から、一方的にあなたはこうだ、と決めつけられたり、全否定されたり、限りなく嫌味に近いジョークを言われて嫌な思いをした。でも、事を広げたくない思いが優先しすぎて、反論せず、こっそり自分の中で【もうこの人とはこれ以上深くかかわらない】と距離をとって働き続けた。
 そしたら、不信感が募ってしんどくなった。もう誰とも話したくない、仕事行きたくない、、で、ある日突然、本当に出勤できなくなった。
 今までは、そんなの全部「意見を言えない私の弱さ」が悪いんだと思っていた。「その弱さをはねのけるだけの強さを持たなきゃ、いつまでたっても解決しないよ、頑張れ、私!」と。
 でも、どうしたってやっぱり無理なものは無理で、頭の中は
 強くなれ!と鼓舞する自分 VS  そこまでして自己主張したくない自分 で ぐるぐる、ワサワサ・・・

 そして、両者を収めるために登場してくるのは
「こんなにナーバスになって、もう私は、人と関わる仕事なんかしないほうがいい、できない。無理なんだ。諦めよう。・・それとも時間が解決するかな??」 という、グダグダ、うじうじな私。

 そこに、また凹む。「なんかこんなはずじゃないんだけどな・・・」
モヤモヤがたまる。処方された眠剤を飲んでも眠れない。。不安定ループ。

 仕事でのあれこれ。全て自分の「気質」として受け入れて、振り返ってみる。

 人と関わる仕事なんだから、意見の相違はあるし、発言の誤解だって生まれて当たり前。そこは互いのコミュニケーションで乗り越えてなんぼ、積極的に議論すべし!と「アクセルを踏む私」と、
いやいや、平和にいこう、黙っておこう、近づきたくない・・・と「ブレーキを踏む私」どちらも混在する「気質」なんだ、と。混在するから、ごちゃついて疲れてしまって、仕事にいけなくなっただけ。

 単に「弱いから」ではない。アクセルとブレーキ両方同じように踏み込みすぎて調子崩しただけ。−その表現。なんだか妙にしっくり、腑に落ちる。


 そんなことを考えているうちに、次第に、「アクセルとブレーキをうまく踏み分けたり、どちらも踏まないニュートラル、を覚え、それをうまく使える環境を自分で工夫したらいい、それは逃げなんかじゃない、適応の一つ」と、前向きに思えるようになってきた。

 フルタイム公務員を辞めることで、仕事上の人間関係に割く時間やエネルギーを物理的に減らす。あらゆる人間関係は、こざっぱりと爽やかに軽やかに、を徹底する。迷った時は焦らずに立ち止まろう・・・
 自分の本音はそう言ってるけど、果たしてそれって周囲の理解得られるのかな?逃げただけじゃないの?こびりついたような葛藤と不安で潰れそうになっていたけれど、
「そんなの決めるの自分だし。そして、それは逃げでもなんでもない、大丈夫」と少しずつ肩の力が抜けて、自分にOKが出せるようになってきた。(これにもちょっと驚き中)

 長々と書いてしまったが、、自分の「気質」に気づくことは、私にとっては明るい希望のある、とっかかりのようなものだという気がしている。
 より良い自分になるためには、「自分の弱さ」をやっつけてやろう、克服してやろう、と思ってきたけれど、それだとかえってガチガチで動けない。
 でも、「気質」という概念で捉えると、「あ、それならこう対処したらいいのかな」と自然体に思えることに気づいた。

 ただ、ここで気をつけたいのは、
「気質として受け入れる」ことは、「気質だから」と「そのせい」にして逃げることではない、ということ。そこから、自分がどうしたいか、どうなりたいかをちゃんと考え、実行すること。「気質」は自分を知るツールであって、言い訳や逃げのツールではないことを、自分にしっかり言い聞かせながら、一歩一歩進んでいこうと思っている。

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5歳〜2歳の子育て真っ只中のお母ちゃんです。 十数年ほど教育系のお仕事してましたが 職場での人間関係によるストレスなど積み上がり適応障害を発症、現在休職中。調子の波がありますが、それも受け入れ、自分の本音ときちんと向きあうトレーニングをゆるり、ふわりと実践中。
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