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寝たまま、起き楽な瞑想で多幸感を。(その1)

https://item.rakuten.co.jp/bookoffonline/0012163876

この本の最後のエピローグの、内藤先生の言葉をみて感動しました。
「世界中で日々、菩薩行をひっそりとしている方々へ送ります」
この一言、本の表紙から伝わるエネルギーで、すぐに買いました。33年前、宇都宮に住んでいた頃のことです。


内藤景代先生の「ヨガと瞑想」と言う本とであって30年、ほとんど毎日、ヨガは日々の生活の一部として実践してきましたが。
どうも自分は瞑想が苦手で、よく背筋を伸ばして座って、リラックスして、、、
とか言う教科書的な瞑想は苦しくて全然リラックスできなくて、あまりやる気が起きませんでした。
だいたい、あぐらみたいな姿勢で座ったり、椅子に座ったりして背筋伸ばして、力を抜いて、とか自分には到底無理。背筋を伸ばして座ってる時点で力が抜けません。
だからいくらその状態で瞑想しても気持ちのいい境地には行くことができませんでした。
なので自分にとっての瞑想はもっぱら、ひと通り、ヨガのアーサナをした後に、シャバアーサナ(横に寝る)で身体の感覚を味わうぐらいのものでした。
普通に座って深い瞑想のできる人ってすごいな。
ほんとにそう思います。
そんな自分が毎日、短くても30分、長いと2時間くらい瞑想するようになったのは
寝起きにそのまま仰向けで瞑想をする
ことを実践し始めてからです。2018年ごろだったと思います。
その当時、松果体を活性化したいと思ってシリカをたくさん飲んだりしていましたが、瞑想も必要だと感じて試行錯誤する中でたどり着いたのが、

明け方、目覚めの1発目でそのまま瞑想する
ことでした。

これがまあ自分にぴったりあっていたと言うか、
瞑想最高じゃん!て。松果体もいい感じで、エネルギーの粒々がテレビのブラウン管の砂あらしみたいに見えてきて、それが集まってモノクロに近い映像になって知らない人の顔になったり、景色になったり。意味はわからないけどいといろ見えたり

人生で初めて 瞑想っていいなあ
と思えるやり方を偶然見つけました。

それまでは、瞑想が苦痛な修行みたいなイメージで、なにか聖人を目指す求道者やスピリチュアルな人がやること、みたいに思っていました。

そして、そんな面倒なことをするより、
アヤワスカやサボテン、マジックマッシュルームを使った方が、数倍効率よく本質的なエネルギーの体験ができるので、瞑想よりもシャーマニズムの方が楽に多幸感の境地に行けると確信していました。
確かにシャーマニズムは歴史的に長い間、使われてきた治療法で、その効果は絶大だと思います。
実際、自分自身、サイケデリックやシャーマニズムを探求するうえで、心身の浄化と癒し、宇宙の根源との一体感、などを体験し、それこそスピリチュアルに系統した時期もあるくらい、自分の人生や考えに影響を与えました。
しかし、いま言えることは、サイケデリックは万人向けではないこと、こころや身体、場所や周りにいる人の波動、などの条件が悪いと、効果が逆にでる場合があること(ひどいときは3次元に意識が戻れないときもあります)など、気をつけなければならないことがあります。
サイケデリックを体験した人が体験していないひとよりも優れていて、未体験のひとを見下すと言うか、馬鹿にするようなこともよくあることです。中途半端なインスタントな悟りを得たと思っている人に多いし、

自分もそうゆう時期がありました。自分は特別な存在だ、みたいな。

確かにサイケデリック経験者は未経験者に比べて脳内ホルモンの一種であるのDMTという物質はでやすくなる、という研究結果はあるようですが、サイケデリックを体験したからといってすべてよくなるなんてあり得ません。その体験が日常にちゃんと生かされて、日常が幸せにならなければなんの意味もないと思います。
これはあくまで個人個人の資質の問題で、その人のもつ本質が綺麗であればサイケデリックなんて不必要で、ヨガと瞑想くらいで高い周波数の世界にを生きているひとは山ほどいるし、なんなら、ただ生きてるだけでラッキーしか起きない人もいます。これは個人のもつもともとの資質です。
反対に、サイケデリックを体験している人でも、その素晴らしい体験に固執して執着して、いつまでも小難しくなって、うだうだ屁理屈ばかりで苦しそうなひとや、すごい神秘体験をしたあまりに自信過剰(仏教では増上慢)になり、教祖様みたいになるひとだっています。3次元世界(めんどくさい)と無意識のエネルギーの世界(そっちの方が楽)のギャップが嫌になって世捨て人的な厭世観を持ってしまう人も見てきました。

サイケデリックは諸刃の剣、ちゃんとしたシャーマンのもとで、きちんとした意図をもって体験しないと、痛い目を見ることがあります。

最近、悟り、が流行ってるみたいですが。

悟りの境地なんて一生無理だし、悟りの道なんて終わりがない旅だし、どんな聖人でも一生人間でいる限り、悟りの「境地」にはいけないと個人的には思っています。そのプロセスを楽しんでいるのが人間の「悟り」に対する本質ではないかと思います。それは宇宙や意識が永遠に変化し続けるのと同じで、終わりがないと気づいたからわかりました。
だって、宇宙には境界がないのが真実ですから。自分の体もこころも意識も感情も、そして宇宙全体も、その正体はおなじ。重さも大きさもない素粒子ですから。終わりがないんです。永遠なんです。
あと、不思議ですが、サイケデリックを必要としている人は必ず呼ばれるように体験する、と思っております。必要な人にはちゃんと行き渡る感じがしています。
だから未体験のかたでサイケデリックを体験したい、と思っている人は安心してください。くるべき時にそれはやってくるはずです。
最近では青汁王子(三崎優太)がペルーでアヤワスカを体験し、自殺未遂にまで追い込まれた精神を完全に癒やされる体験を動画で発信して話題になりました。マスコミはガン無視ですが。
代替医療としてのサイケデリックはこれからどんどん世界中で利用が広がり、研究もどんどんされて世に広まるでしょう。
しかし、サイケデリックが現状、日本で禁止されている物が多く、合法的に入手できるのは、サンペドロサボテン、ペヨーテサボテン、アカシアコンフサの根、イボガなどで(他にも、朝鮮朝顔、ハワイアンベイビーウッドローズ、サルビア、など幻覚性の植物はいろいろありますが、あまりおすすめできません。個人的に効果が嫌いだし生命に危険なものもあります。)日本では相当なマニアしか知らない世界であること、先ほど述べたように万人向けじゃないことなど、一般的に誰にでもおすすめできるものではありません。
その点、瞑想は誰にでもやる気さえあれば、目に見えない深いエネルギーの世界を体験できる最高のメソッドで、究極深い状態では最高のナチュラルな多幸感を得ることができると確信しています。
そして、この寝たままのお気楽瞑想のおかげで自分は毎朝、多幸感に包まれて布団からでて、1日を最高の状態でスタートすることができています。
呼吸は最終的に止まったようになり、1分間に一回くらいになれば多幸感が最高潮に達し、身体が宙に浮いた感覚になります。自分のエネルギーが宇宙全体に広がれば、そこはこころのパラダイス。
快楽の極み。
これをシラフで体験出来るなんて
瞑想やばいよね!
ってなりますよね^ - ^
なので瞑想、お勧めの健康法です。
最近、マインドフルネス流行ってますね。
うちの奥さんも毎朝、クラブハウスでやっているオンラインのマインドフルネス瞑想に参加しているみたいです。
自分にあった瞑想法でいいので、それぞれ各自が瞑想を日常に取り入れることで、この世の体験に対する見方、感じ方が大きく変わって楽しく幸せを感じる人生を送る手助けになることは間違いないと思います。
そして、瞑想嫌いな自分が一転して大好きになった寝たままお気楽瞑想を、瞑想が面倒で嫌い、と言う人におすすめする意味でこれを書いています。
呼吸法、イメージの使い方、など詳しいことは、長くなるので、また別の機会に書こうと思います。
それでは、今日も、よい時間をお過ごしくださいませ。キチガイの戯言を最後まで読んでくれた希少なみなさまへ。
ありがとうございました♪

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