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世界の結婚の今【PART4:台湾(中華民国)編】伝統的な価値観が浸透する台湾でも、国民を巻き込んだ議論により同性婚を実現

連載「世界の結婚の今」もPART 4を迎えることになりました。米国、フィリピン、フランスとその旅を続ける中で、各国の結婚が日本という島国に閉じこもっていたのでは気づかない多様性を伴っていることが見えてきました。今回の台湾編では、2022年4月から1年間、国立台湾大学法律学院で客員教授として教鞭を執っておられる明治大学 法学部 教授の鈴木賢氏への取材に基づき、同国における婚姻制度を概観、後半では台湾と日本双方の結婚事情に詳しいお二方へのインタビューを通して、各国の結婚事情を紐解いていきます。

さて、台湾の婚姻制度は一夫一婦制で、2019年の5月24日からは、異性間に加えて同性間の婚姻が認められています。租税の控除や社会保障、年金などにおける婚姻のベネフィットは日本とほぼ変わらないとのこと。婚姻年齢は、現在は男性が18歳、女性が16歳で性別により差があるのですが、2023年1月に成年年齢が現在の20歳から18歳になるのを機に、婚姻年齢も18歳となり、性別を問わず未成年の婚姻がなくなるそうです。

台湾には現状、法的なパートナーシップ制度はありません。また事実婚の場合には、日本以上に法的効力が認められておらず、多くのカップルは法律婚を選択しているそうです。しかし女性の中には育児や家事労働を忌避する者もおり、婚姻をしない、ひいては子供を持たないという選択をする女性も増えているとのことでした。

実際問題、CIAが発表した世界227カ国・地域の出生率予測によると、台湾の合計特殊出生率(15~49歳までの年齢別出生率の合計)は1.07であり、日本の1.38をかなり下回っています(台湾「今周刊」2021年4月14日)。この要因としては、男女の収入格差が、日本の31.9%に対して、台湾は14.2%と小さく(勞動部性別統計專題分析、行政院主計總處「受僱員工薪資調查」)、経済的に自立している女性が多いことが挙げられています。こうした中、今や結婚は女性のライフスタイルにおける選択肢のひとつになっているとのことですが、その一方で、儒教的家族観に基づき父方の血統を絶やさないようにしようという意識は、人々の間に深く根付いているそうです。

これは姓にも現れており、台湾は夫婦別氏制ではあるものの、家族の中で血が繋がっていない母親だけは姓が異なり、子供たちは父親の姓を名乗るのが大部分になっているそうです。つまり、男性のAさんと女性のBさんが結婚したら、双方の姓は変わらないものの、子供たちは通常Aさんの姓を名乗ることになり、どうしても女性の姓を残したいという場合にはそのようにもできますが、これはきわめて稀とのことです。

婚姻に至るプロセスは、日本と同じように比較的簡単で、役所に届け出るだけでOK。結婚式は不可欠というわけではないのですが、挙式するカップルが多いそうです。ただし、日本のように挙式後に披露宴を催すのではなく、多くは家族や親戚、友人を招いて披露宴を開催するだけ。宗教的な儀式を行うのは、国民の5~6%と言われるクリスチャンなどに限られているそうです。また披露宴は、結婚式場やレストランを利用する場合もありますが、アウトドアでケータリングを利用、大人数でのパーティを長時間にわたり開催するケースが多く、形式張った挨拶もなければ、出入りも自由で、かなりカジュアルな雰囲気だとか。またご祝儀については、日本に比べると少額ではあるものの、金一封を封筒に包んで持参するそうです。

また、台湾には日本同様に戸籍の仕組があり、結婚すると戸籍簿に記載されると共に、両親と配偶者の名前が記された新しいIDカードが発行されます。健康保険証はこれとは別に発行されるものの、これら2枚のカードには同じID番号が付いており、すべての情報が紐付けられているとのこと。また健康保険証にはICチップが入っており、そこに血液型はもちろん既往症や治療履歴などが記録され、いつでもこれらに基づく医療サービスが受けられるようになっているそうです。プライバシーの問題はありますが、台湾ではこれと利便性を秤に掛けて、前者を選択しているというわけです。

離婚についても、日本と大きな違いはないとのこと。協議離婚と裁判離婚があり、協議が整えば離婚届だけで離婚できるし、協議が整わない場合は裁判になります。費用面では、協議離婚はさほどかかりませんが、財産分与でもめればこの限りではありません。夫婦の財産については日本と同様に別産制になっているものの、前述の通り共働きが多く、収入も男性と変わらないことから、折半するケースが多いのではとのことでした。

台湾で同性婚が認められるまでには、国民を巻き込んだ議論が繰り広げられた

前述の通り、台湾では同性婚が認められているのですが、これを導入するに当たっては、憲法裁判所の違憲解釈が出たのちに、キリスト教徒を中心とした反対運動が立ち上がり、国民投票が行われました。国民投票では反対派が圧倒的多数を占めたのですが、憲法裁判所の判断に従い、民法のほかに特別法を制定し、同性婚がはじまりました。同性婚をどのように立法化するかについては最後まで紛糾し、国民を巻き込んだ議論を積み重ねて、今日のスタイルに落ち着いたのだそうです。

また同性婚を設けるに当たっては、当初、当事者団体はパートナーシップ制度も合わせて設けようという草案を出したものの、これは婚姻制度以上に抵抗が大きく、議会を通らなかったとか。台湾大学でジェンダー法学を教えておられる鈴木賢先生は、「以前からあった婚姻制度に同性間の婚姻を付加するのに比べると、従来は存在しなかったパートナーシップ制度を設けることは、戸籍の在り方にもかかわるよりラディカルな変革になり、伝統的家族が崩壊することにも繋がりかねないので、同性婚以上にハードルが高い」と語っておられました。

いずれにせよ、台湾では前述のような反対運動が表立って繰り広げられるのに対し、日本においてはこれが表面化しなければ、反対派と賛成派が一堂に会してディスカッションするようなこともありません。政権党も反対であってもそれを明言するのではなく、“慎重な検討が必要”などと言うだけで、なぜ慎重な検討が必要なのか、いつまでに検討するのかなどはベールに包まれているのが現状です。こうした中、実際に台湾社会を肌で感じておられる鈴木先生は「政治、あるいは社会の在り方として、日本に比べて台湾の方が民主的」と語っておられました。

日本で結婚生活を送る台湾人と台湾で結婚生活を送る日本人。双方の視点から、それぞれの結婚事情をインタビュー

日本人の妻と3年前に結婚、台湾企業の日本支社に務めるAさん
日本人の妻と共に東京に暮らすAさんは、30代半ばの台北出身の男性。現在は台湾企業の日本支社でマスクの生産管理の仕事をしているそうです。妻と出会ったのは、5~6年前にフィリピンの英会話学校で働いていた時のこと。当時、その英会話学校に留学していた彼女と親しくなり、4年前にワーキングホリデイ・ビザで来日、その1年後には結婚して配偶者ビザで再入国しました。

Aさんによると、日本の婚姻制度は台湾とさほど変わらないとのことですが、市役所に婚姻届を出した際に、とても不愉快な思いをしたそうです。というのは、国籍の欄に台湾ではなく中国と記され、突然、自分が中国人になってしまったからです(日本の戸籍六法には、「台湾」の国名がないため、「中国」として記されるとのこと)。加えて、国際結婚ということで煩雑な手続きを求められ、申請にかなりの時間を要することにもなりました。これは最近、日本の永住権を取得しようと思った時も同様で、3時間も待たされたのですが、そうした申請手続きは台湾の方が圧倒的に効率的で、サクサクと処理がなされるとのことでした。

一方、結婚生活に目を向けると、“台湾の女性はプリンセスのよう”だとAさんは語ります。Aさんの妻は毎朝、出勤するAさんのために、6時半に起きて玄関先まで送ってくれるのですが、台湾では夫が先に起きて朝食を作ったり、買ってきたりするケースが多いとか。夕食はほとんど外食で、掃除や洗濯については、年配層では女性が担うものの、若年層ではこれらを分担するのが一般的だそうです。ただし、育児については基本的に妻の役回りで、そのために残業のない仕事に就くケースが多いとか。忙しい家庭では、子供を保育園や塾、ピアノ教室などに通わせて、面倒をみてもらっているそうです。

また住居については、台湾では両親と同居する夫婦が多いそうです。Aさんによるとその理由は住宅が高額で、20~30年の住宅ローンを組んでも賄いきれないほどだから。Aさんには兄と姉がいますが、兄は実家の隣に住んでおり、姉は嫁ぎ先の家に住んでいるものの車で15分ほどの距離なので、コロナ禍の前には毎週のように実家を訪れていたそうです。日本では結婚すると親と別居するカップルが多い中、台湾では家族との関わりが密接で、同居していない子供たちも頻繁に両親に会いに行くとのことでした。

また家計面では、若年層は共働きが多いことから、夫婦のシェア口座を開設して相互に決められた金額を入金するスタイルが目立つ一方、年配層では、夫が科目ごとに必要な金額を直接支払ったり、あるいは妻にその分のお金を預けて支払ってもらったりするそうです。いずれの場合も、夫婦共に手元に残ったお金の中から自分の趣味などの支出を賄う形で、日本のように夫が妻からお小遣いをもらうという習慣はないとのこと。

Aさん夫婦は、妻がフリーランスで働きながら病気の母親の看病をしている関係上、当面は日本で暮らす心積もりですが、リタイアした暁には、台湾に帰るかも知れないとのこと。最後にAさんにとっての理想の結婚について尋ねてみたところ、「いずれは起業して、平日はしっかり働き、土日は子供連れで海や山に遊びに行くようなライフスタイルを送るのが夢」という答えが返ってきました。

台湾人の夫と結婚、台湾で主に日本人向けの執筆や講演活動を担うBさん

2006年に日本で出会った台湾人と結婚、台湾に移住したBさん。現在は夫と14歳になる男児と3人で、台北に暮らしています。Bさんは日本の美大出身なのですが、当時、その大学ではフェミニズムが盛んで、Bさんもその空気感を味わったものの、自らそうした社会的活動にコミットすることはなかったそうです。しかし、その後、台湾に移住したことに伴い、台湾の歴史を学ぶと共に、政治と生活がしっかりと繋がり、人々がアクティブに政治的活動を展開する様子にカルチャーショックを受け、日本の人々に台湾の歴史や社会のことを伝えたいと、フリーランスで執筆や講演活動を開始したそうです。

台湾では2000年頃から女性の社会進出が活発になり、共働き世帯も多いことから、“男は仕事、女は家庭”的な固定観念がほとんどなく、育児ひとつ採っても、これを担ってくれる外国人家事労働者や民間の保育園のような施設が広く普及しているとのこと。このように、台湾においては女性の社会進出を支える多様な選択肢が用意されてはいるものの、出生率は低レベルに止まっており、これらの仕組が出生率の上昇に寄与してないのが現状だそうです。

また台湾においては、こうした先進的な側面とは裏腹に、伝統的な価値観が色濃く残っているとのこと。家の観念が強固で、いわゆる嫁姑問題は日本以上に深刻だし、40年以上前には、女性は結婚しないと入る墓がないと言われていたそうです。またかつては、夫の名字を自分の氏名に冠する女性が多かったのですが、今では夫婦別姓が当たり前になっているとのこと。16年間にわたり現地に住み、その社会の変遷を目の当たりにしてきたBさんは、台湾においては社会における諸問題の解決策を、プロセスを踏みながら、きちんと制度化していっていると語ります。

結婚生活については、台湾人同士の夫婦は、平日は外食やテイクアウトを利用して、週末のみ家で料理をするというスタイルが多く、一方、妻が日本人の家庭では、妻が家で料理をするケースが多いとのこと。中には、夫が料理を作ってくれるというお宅もあるそうです。その他の洗濯、掃除、ゴミ出しなどは半々ぐらいといったところですが、Bさんのお宅では、妻であるBさんが自宅で仕事をしている関係上、どちらかというとBさんが担う部分が大きいとか。ただし子供の教育については、夫が全面的に担ってくれているとのことでした。

また家計については、共働きのカップルではシェア口座を設け、夫婦で予め取り決めた金額を入金することで支出を賄い、残りはそれぞれが自由に使うケースが多いものの、稼ぎの多い方が子供の教育費を賄うなど、若干の調整をしている様子とのこと。ちなみにBさんのお宅では、ご自身が夫の収入を預かり、そこから支出を賄うと同時に、夫にお小遣いを渡すという日本式のスタイルを採用しているそうです。住居については、結婚するときに夫の側が住まいを用意する習慣があるのですが、今、台北では中古のマンションでも1億円以上するので、サラリーマン世帯が台北に住まいを購入するのはまず無理とのことでした。

最後にBさんご自身のご家族との関係性についてお伺いしたところ、一時期は姑と同居していたことから、前述したような嫁姑問題で苦労した経験があるものの、現在は別居し、相互に距離を置いているそうです。夫とは大喧嘩をすることはあるものの長引くことはないし、子供の面倒もよくみてくれているので、上手くいっている方ではないかとのこと。そんなBさんに理想的な結婚についてお伺いしたところ、お互いにやりたいことを応援できるような関係でありたいとの答えが返ってきました。

※今回の取材では、Bさんご自身のことに加えて、台湾に嫁ぎ台北に暮す日本人女性のネットワークである「なでしこ会」会員の結婚生活の様子もお伺いしました(台湾には、台中桜会、高雄ひまわり会など各地にこうしたネットワークがあり、なでしこ会はもっとも古く規模の大きな団体だそうです)。

台湾における婚姻制度、および結婚生活は、これまでにこの連載で取り上げた3カ国に比べると、日本のそれとさほど大きく変わるところはないようです。しかし台湾において、女性の社会進出が大きく進展していることや、同性婚の法制化、および伝統的に夫婦別姓が当たり前だということには、正直、とても驚かされました。社会に伝統的価値観が広く浸透しているのは日本も台湾も同様ですが、これらと今、私たちが暮らす社会とのギャップをどのように埋めていくのかを考えると、矛盾を抱えたまま足踏みしているかのような日本は、データドリブンで、かつそこに暮らす人々とのディスカッションを積み重ねながら課題をクリアしていっている台湾に学ぶべき点が多いのではないか。そんなことを考えさせられました。

最後に、台湾編の実現にご尽力くださった鈴木賢先生に、心から御礼を申し上げます。

★「世界の結婚の今」は当初、掲載予定だった国の連載は終了しました。今後は継続的に情報を収集し、興味深い婚姻制度をもつ国の情報が収集できた都度、不定期で継続していきたいと思います。

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●連載「世界の結婚の今」 
【PART1:アメリカ合衆国編】 世界の結婚は多様。時代と共に変化している 
【PART2:フィリピン共和国編】 離婚が存在しない国。結婚を取り消すことはできるが、多額の費用と長い年月を要する 
【PART3:フランス共和国編】 フランス版のパートナーシップ制度であるPACSは、今や“婚姻”と肩を並べるほどの存在に

執筆:
コラムニスト/西村道子 Famieeプロジェクトメンバー
マーケティングリサーチ会社でダイレクトマーケティング等にかかわる調査・研究に従事した後、1989年に「お客さまとの“対話”を重視した企業活動のお手伝い」を事業コンセプトに(株)アイ・エム・プレスを設立。インタラクティブ・マーケティング関連領域の出版物の発行&編集責任者を経て、2015年に「インタラクティブ・マーケティングまとめサイト」を立ち上げ、編集長に就任。現在はB2Bを中心としたコンサルティングを行う傍ら、マーケティングや異文化コミュニケーションに関するコラムを執筆している。2021年よりFamieeプロジェクト・メンバー。

一般社団法人 Famiee


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