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日本の家族の歴史とトレンドーー【連載第6回】今、人々は“結婚”に何を求めているのか?――これからの家族の可能性(最終回)

現実のニーズから乖離し、形骸化する婚姻制度。そもそも婚姻制度は必要なのか? 「結婚とはこういうもの」との固定観念を取り払って、これからの可能性を探ってみると……?

慶応義塾大学 文学部 准教授 阪井 裕一郎

1981年、愛知県生まれ。慶應義塾大学文学部准教授。博士(社会学)。福岡県立大学人間社会学部専任講師、大妻女子大学人間関係学部准教授を経て、2024年4月より現職。著書に『結婚の社会学』(ちくま新書)、『仲人の近代 見合い結婚の歴史社会学』(青弓社)、『事実婚と夫婦別姓の社会学』(白澤社)などがある。

■1990年代以降、欧米で婚外同棲カップルが増加

 現代社会においては、世界的に見ても、パートナー関係や家族の様相が大きく変化・多様化し、標準的な家族像を示すことは困難になっています。イギリスの社会学者、アンソニー・ギデンズは、婚姻制度は中身がからっぽの「貝殻制度」になっていると言いました。ドイツの社会学者、ウルリッヒ・ベックは、婚姻制度はもう死んでいるとして、「ゾンビ・カテゴリー」などと呼びました。

 実際に、1990年代以降、欧米社会では、婚外同棲カップル(cohabitation:コハビテーション)が増加しています。欧米の多くの国では1990年代後半ごろから、同棲カップルに、法律婚カップルと同等の生活保障を与える制度が整っていきました。日本では同棲というと、結婚を前提としたお試し期間のようなイメージがありますが、欧米諸国においては必ずしもそうではなく、婚姻の代替としての同棲が一般化しています。

 現実の変化が先か、制度が先か。このあたりは難しいのですが、まず実態として人々がどんどん結婚しなくなっていき、そういう人たちの生活や、出産・子育てを保障するために後追いするかたちでパートナーシップ制度が整っていった。そうするとまた、従来の結婚の形態を選ばない人たちが増えていく。そんな状況だといえます。

 海外の家族社会学の分野では、家族の実態をつかむためには婚姻制度だけを見ていては不十分で、cohabitationの研究が必須になっています。

■欧米の婚外出生率は40%超

 その結果、婚姻制度と出産・子育ての分離が進行しています。OECD Family Databaseによれば、2020年時点の婚外出生率は、日本がわずか2%程度であるのに対し、EU平均、OECD平均ともに40%を超えています。スウェーデンやデンマークなどの北欧でも50%を超え、南米のチリ、コスタリカは婚外出生率が70%以上です。

図表 国別の婚外出生率

出典:OECD Family Database,oe.cd/fdb

 このグラフでは△が1970年、♢が1995年の数値を表しています。どの国も、1970年の段階では婚外出生率はさほど高くありませんでしたが、その後どんどん増えていったことがわかります。

 婚姻制度以外にも、家族になるための保障や制度が整っているがゆえにこのような実態があるわけで、日本の婚外子のイメージと諸外国の婚外子のイメージはかなり異なっていると考えられます。

■性的関係を重視する婚姻制度へのアンチテーゼ

 恋愛関係、性的関係に基づく現行の婚姻制度に対してアンチテーゼを唱える学者たちもいます。

 M・A・ファインマンは、「どうして結婚が国家の援助と公的扶助を受けるために支払わなくてはならない入場料にならなければいけないのか。どうして家族を、結婚関係をつうじて定義しようとするのだろうか」と問いかけ、婚姻制度は廃止すべきだという立場をとります。

M・A・ファインマンの『ケアの絆:自律神話を超えて』(岩波書店 2009,3,24)。本書の中で、性的関係に基づくいかなる特権も廃止すべきだという立場から法的な婚姻制度を廃止し、保障の単位を「性の絆」から「ケアの絆」へ転換すべきだと主張している

 性的関係の有無を基準に家族の権利・義務を規定することに合理性はなく、たとえば母と子のような、ケアの担い手と依存者を社会保障の対象としたほうが理にかなっている。保障の単位を、「性の絆」から「ケアの絆」へ変換すべきであるという主張です。

 「最小結婚」論を説くエリザベス・ブレイクは、ファインマンと問題意識を共有しつつも、婚姻制度を廃止するのではなく、その中身を、より幅広いケア関係を包摂するものに改変していこうという立場をとります。

本稿執筆者も共訳社の1人に名を連ねるエリザベス・ブレイクの『最小の結婚:結婚をめぐる法と道徳』(白澤社 2019,11,29)

 ブレイクは、排他的に愛し合う性愛関係こそ人々の目指すべき普遍的目標であるとする性愛規範性(amato-normativity)を批判。「恋愛」を家族関係の基礎に置くような法的規制を取り払い、非性的・非恋愛的な関係、つまり、友人関係や複数人による関係性までを法制度の対象に含めるべきと主張しています。その中には、同性愛のパートナー関係はもちろん、アセクシュアル(性的欲求を持たない人)やアロマンティック(恋愛感情を持たない人)、ポリアモリー(複数人と恋愛関係を持つ人)の当事者などによる多様な関係性も含まれます。

 ファインマンやブレイクは、従来の法律婚のあり方に重大な疑義を突きつけています。国家はいったいなぜ性的関係を重視して特権を与えるのか、なぜわれわれは恋愛関係や性的関係がなければ家族を形成できないのか――。これは、これからの結婚を考えるうえで不可欠な視点です。

■シングルの時代には友情がますます重要に

 社会学者エルヤキム・キスレフは、2023年に日本語版が出版された『選択的シングルの時代』の中で、「シングルの時代にあっては、友情という制度は、結婚がもはや埋めることができなくなった隙間を埋めるものとして注目を集めることになる」と述べています。特に高齢者にとっては、すでに現実的に、友情が重要な社会的サポートの役割を果たしていますが、今後はあらゆる年代において友情がさらにその重要度を増していくと予測されます。

 キスレフは本書の中で、「かつては異性間の結婚をしたカップルのみに認められていた権利を獲得するために闘ってきた同性結婚カップルや、LGBTQの人たちに対する昨今の社会の急激な変化を考えれば、友人同士がこれと同様の権利を求める国際的な動きも、勝利する可能性がありそうだ。いや必ず、勝利をおさめるといったほうがいいだろう」と述べています。

エルヤキム・キスレフの『選択的シングルの時代 30カ国以上のデータが示す「結婚神話」の真実と「新しい生き方」』(文響社 2023,6,8)

 「なぜ友だちとは家族になれないのだろう」――。これは多くの人々が、自分ごととして問うたことのあるテーマなのではないでしょうか。

 友情は排他的なものではなく、何人友だちがいても道徳的に悪いこととはされていません。ここが恋愛関係、性的関係とは大きく異なる点です。けれど近年は、世界的に、友人と家族を明確に線引きすることの正当性が揺らいできています。

 欧米の社会学の世界では、90年代後半から「友人の家族化/家族の友人化」や「選び取る家族」(family of choice)といった新しい概念が注目を集めてきました。これまで「非選択的」だとされてきた家族関係において選択性が高まり、同時に、これまで「選択的」とされてきた家族以外の人間関係が家族に近づいているという指摘です。

■家族に「標準」はない

 2022年にNHKで、恋愛欲求を持たないアロマンティック、アセクシュアルな男女が同居する「恋せぬふたり」というドラマが放映されました。2019年に、私も翻訳にかかわったブレイクの『最小の結婚』(白澤社)が出版されたとき、いちはやく好反応を返してくれたのは、日本のアロマンティック、アセクシュアルのコミュニティの方々でした。

 TBS系列で2024年9月まで放映されていた「西園寺さんは家事をしない」というドラマでは、妻に先立たれたシングルファザーと、会社の同僚の未婚女性とが助け合って生活する“偽家族”が描かれていました。

 2024年10月まで放映されていたNHKドラマ「団地のふたり」では、同じ団地に住んでいる、ともに離婚を経験した幼なじみの50代女性が、ケアし合って暮らす様子が描き出されています。

 そういったテーマが次々と取り上げられているのは、今まで当たり前とされてきた恋愛関係、性的関係に基づく結婚を軸とした関係性とは異なる、もっと合理的な、現実のニーズに沿った関係性を求めている人々が増えているからにほかならないと思います。

 単身世帯、ひとり親家庭、事実婚、里親家庭、同性パートナー関係、国際結婚など、家族のかたちが限りなく多様化する現代においては、固定観念を取り払い、従来のかたちにとらわれない、生活の実態に即した法制度・政策が求められているのです。

(完)



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