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まさかの事態も想定内! 世界の君主制と「御家断絶」

はじめに

 令和2年(2020年)11月現在の日本は、皇位継承有資格者が片手で数えられるほどしかおられず、「皇統断絶」も危惧される状況にある。それゆえに政府は、「安定的な皇位継承」を確保するための策を検討している最中だ。

 もし皇統が断絶してしまえば、当然、日本国憲法に書かれている国事行為が全て実施できなくなる。憲法も皇室典範も改訂できないため、新たな天皇を擁立することも法的に不可能である。国家が深刻な機能不全に陥ることは間違いない。

 現代日本においては、皇統断絶は国家的危機を意味する。しかし、世界には、継承有資格者が全滅した際の対応についてあらかじめ定めている非常に用意周到な君主制国家――日本人の目には「不謹慎」と映るかもしれない――も多数存在する。

オランダ王国

 万が一の事態に備えて、オランダ王国憲法は王統断絶の際の対応について以下のように定めている。

【第30条】
 王位継承者がいない場合、これを法律で指名することができる。法案は、王によりまたはその名において提出される。法案の提出後、両議院は、解散される。
 新しい両議院は、合同会議においてこれについて審議、議決する。
 合同会議は、表明された投票数の少なくとも3分の2の賛成によらなければ、法案を可決することができない。

 両議院は、王の崩御または退位の際に王位継承者がいない場合、解散される。新たに召集された両議院は次期国王を指名するため、国王の崩御または退位の日から4月以内に合同会議を開催する。合同会議において、少なくとも投票総数の3分の2の賛同に基づき、王位継承者が指名される。  

 なおオランダの憲法は、第25条において「崩じた王の3親等を超える者に王位を継承させることはできない」としている。念のために言っておくと、いとこは4親等である。いとこに王位継承権を認めないというこの規定は、現存するヨーロッパの君主制の中でも相当に厳しいものだ。

 しかし、現実的に考えれば、王統断絶時にいとこがいるのであれば、そのいとこに王位を継がせることになろう。ある程度の傍系継承がおこなわれる際には、新君主の正統性を補うために議会の指名という手続きを経るようにしているということなのだろう。むろん、このような条文が存在する以上、王家と全く無関係の人物が指名される可能性も、無きにしも非ずではある。

 通常、ヨーロッパの君主は、退位後も在位中の称号を保持する。しかし、前オランダ女王ベアトリクスは退位後の称号を「王女」とした。このようにオランダ王室はヨーロッパの王室の中でも制度的に特異な点が少なくない。

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前女王、ベアトリクス王女(2015年撮影)
(在位: 1980年~2013年)

スウェーデン王国

 現在のスウェーデンの王位継承法は、第1条において当代の王カール16世グスタフの子孫に王位継承有資格を限定している。そのうえで、憲法である「統治法」は、王室が断絶した際の対応を次のように定めている。

【「第5章 国家元首」第5条】
 王室が断絶した場合には、議会は、当面の間国家元首の公務を遂行しなければならない摂政を選挙する。議会は、同時に副摂政を選挙する。
 国家元首である王または女王が、崩御または退位した場合で、王位継承者がまだ18歳に達していないときも同様とする。

 摂政を決定する以上のことは書かれていないが、かつては議会が新たな王家を任命するという規定があった。王統が断絶すること自体は想定しているにもかかわらず新たな国王の選出についての規定が消滅したわけであるが、その理由は定かでない。

スペイン王国

 法律で定める全ての家系が消滅したときは、スペインの利益に最も沿う方法で、国会が王位継承者を任命する。
 ――スペイン憲法第57条第3項

 同条第1項には「フアン・カルロス1世の後継者が世襲する」という文言があるため、スペイン王位継承権を有するのは、前王フアン・カルロス1世(在位:1975年~2014年)の子孫に限られると一般的に理解されている。

 しかし、スペイン・ブルボン朝の歴代国王のうち、血筋を今に伝えているのは彼だけではない。そもそも「フアン・カルロス1世の後継者」が子孫に限定されるのか、議論がある。仮にフアン・カルロス1世の系統が絶えたとしても、王家の継続性が考慮され、現時点では王族とはみなされていないスペイン・ブルボン一門の誰かが擁立されることになるのではないだろうか。

 19世紀にイサベル2世(在位:1833年~1868年)が国を逐われた数年後、サヴォイア家のアマデオ1世が新王に選出されたのが、議会が王を決定したスペイン史上唯一の事例である。なおこの時、新国王候補として人夫の息子だったバルドメロ・エスパルテロも挙げられている。

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アマデオ1世(サボヤ朝)
(スペイン王在位:1870年~1873年)

デンマーク王国

 王位が欠けた場合において、王位継承者が存在しないとき、国会は、国王を選び、かつ将来における王位継承順位を確定する。
 ――デンマーク王国憲法第9条

 デンマーク王家の構成員には、王位継承権を剝奪された者も少なくない。クリスチャン10世(在位:1912年~1947年)の第二王子クヌーズの息子たちは、貴賤結婚により継承権を喪失した。

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デンマーク王子クヌーズ

 また、フレゼリク9世(在位:1947年~1972年)の第二王女ベネディクテの子女は、デンマーク国外に移住したことから継承権を認められていない。

 仮に現王統が断絶してしまった場合には、王家の継続性を考慮し、彼らのような現時点では継承権を認められていない王胤の誰かが後継指名を受けることになるのではないかという声もある。尤も、現実的に王統断絶の可能性は低く、これまで真剣に考えられたことはほとんどないと思われる。

ノルウェー王国

 ノルウェー王国憲法には、以下の規定がある。

【第7条】
 王位継承資格を有する王女または王子がいないときは、王は後継者を議会に対して推挙し、議会は、王の推挙に同意しないときには、選定を行う権利を有する。

【第48条】
 王統が絶え、王位継承者がいないときは、議会が新たな君主を選定する。

 現在ノルウェー王位継承権を有するのは、現王ハーラル5世の子孫のみであるが、彼には姉が二人おり、それぞれ子孫を儲けている。万一の際には、彼らの中から選ばれるのかもしれない。

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ハーラル5世の長姉ラグンヒルとその子
©National Archives of Norway(CC BY 4.0

 あるいは、スウェーデンからの独立の際にデンマーク王室より迎えられたホーコン7世(在位:1905年~1957年)のように外国君主家から迎えられるのかもしれない。

ベルギー王国

 レオポルド・ジョルジュ・クレティアン・フレデリック・ド・サクス・コブール陛下の子孫のないとき、国王は、第87条に定められた方法でなされる両議院の同意を得て、 その後継者を指名することができる。
 上述の方法による指名のなされなかったとき、王位は空位となる。
 ――ベルギー国憲法第86条

 「レオポルド・ジョルジュ・クレティアン・フレデリック・ド・サクス・コブール」とは、初代ベルギー王レオポルド1世のことである。

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初代ベルギー王レオポルド1世
(在位:1831年~1865年)

 王位継承者の指名がなされぬまま王が崩御した際には空位になるとのことだが、その場合はおそらく議会が新たな王を選出することになるのだろう。初代王レオポルド1世からして、オランダからの独立時に国民議会の投票により選ばれたのであるから、それを先例として選定されるものと思われる。

 上の条文には初代王の「子孫のないとき」とあるが、これに非嫡出の子孫は含まれない。たとえば、前王アルベール2世(在位:1993年~2013年)には最近「王女」と認められた庶子のデルフィーヌ・ザクセン=コーブルクがいる。

 彼女の家系は現時点では王位継承権を認められていないが、現王家に万一のことがあれば当然に有力な王位継承者となるだろう。その他、ヨーロッパの君主家から歴代ベルギー王の血を引く者を迎えるという手も考えられる。

 また、独立時に王候補として挙げられたこともある国内屈指の名門貴族・リーニュ公爵家を筆頭に、ベルギー国内には多くの貴族がいることも忘れてはならないだろう。

ヨルダン王国

 ヨルダン・ハシミテ王国憲法は、初代ヨルダン王アブドゥッラー1世(在位:1921年~1951年)の男系男子が王位を世襲するものと第28条で定めている。そして、その血筋が絶えたときのために、同条の中には次のような規定もある。

 ……後継者がないまま王が崩御した場合は、王位は国民議会がアラブ蜂起の指導者であるフセイン・イブン・アリーの子孫の中から選んだ人物に委譲されるものとする。

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ヒジャーズ王フセイン・イブン・アリー
(在位:1916年~1924年)

 フセイン・イブン・アリーは、預言者ムハンマドの子孫とされるハーシム家の一員であり、初代ヨルダン王アブドゥッラー1世の父親だ。要するに、現王家の断絶時には同族の中から新たな国王を選出するという規定である。

 なお、フセイン・イブン・アリーの子孫がことごとくいなくなった場合にどうするかについては、何も規定がない。おそらくは、同様にハーシム家に属するとされる人物を王位継承者に選ぶことになると推測されるが――。

リヒテンシュタイン侯国

 リヒテンシュタイン家の侯爵位継承有資格者が一人もいない場合、侯爵は他家から養子をとることができる。
 ――リヒテンシュタイン家憲第5条より

 リヒテンシュタイン家唯一の生き残りとなった侯爵が養子をとることなしに薨去した場合、どうなるのかは分からない。今日のリヒテンシュタイン家には構成員が大勢おり、断絶時のことなど現実的に考える必要がないから、おそらくそんな事態を真面目に考えたこともないのではないだろうか。

現存しない君主国

 今まで見てきたような規定は、現代になって考え出されたものではなく、古くからあるものである。現存しない歴史上の君主国の中にも、同様の規定を有していたところが少なくない。いくつか例を挙げる。

 ペドロ1世の正統な子孫が絶滅したとき、議会は新王朝を決定しなければならない。
 ――ブラジル帝国憲法(1824年)第118条
 ……王位後継者がいない場合、国は新しい王を選出する。
 ――両シチリア王国憲法(1848年)第38条
 公が後継者なしで死去したときは、閣僚評議会が公国の管理を引き継ぎ、1か月以内に新しい公を選出するために議会を召集する。
 ――ブルガリア公国憲法(タルノヴォ憲法)第151条第1項
 ……王位後継者がいない場合、閣僚評議会は、王権を引き継ぐ。
 その後、王の崩御から一ヶ月以内に議会を召集し、新たな王を決定する。
 ――セルビア王国憲法(1888年)第75条
 ……議会はアルバニア出身の王位継承者を選択するものとする。王位が空位である場合、閣僚評議会は後継者問題が解決するまで王権を行使する。
 ――アルバニア王国基本法(1928年)第53条

 とりわけ特異なのが、ルーマニア王国の継承制度である。以下は、1923年憲法の条文だ。

【第78条】
 ホーエンツォレルン・ジグマリンゲン侯家のカロル1世陛下の男系男子がいない場合、王位は彼の兄弟またはその子孫が継承するものとする。……

【第79条】
 王が空位となった場合、両議会は、召集がなくともただちに会合を開き、8日以内に、西ヨーロッパの王朝から王を選出する。……

 初代王カロル1世(在位:1881年~1914年)の系統が断絶したときには、ルーマニア王国との直接の関係はなくともその兄弟の系統が継承すると規定しており、現代のヨルダン王国と通じるものがある。同族も含めて断絶した際のことを規定している点が、ヨルダンとは大きく異なるが。

 実際、カロル1世は嗣子を儲けることができなかったため、後継者として生家であるホーエンツォレルン・ジグマリンゲン侯爵家の甥を迎えている。第2代国王フェルディナンド1世(在位:1914年~1927年)である。

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第2代ルーマニア王フェルディナンド1世

 また、西欧(Europa occidentala)の君主家でなければならないという新王の出身地域を限定する規定があるのが特徴的である。この規定は、1866年のルーマニア公国憲法の時点ですでにある。近隣諸国である東欧のブルガリア王室やロシア帝室などでは駄目だったのだろうか。

おわりに

 これまで見てきた通り、君主家の断絶を想定した制度設計は古今を問わず多くの国々でみられる。日本もそうすべきとはいわないが、そのような制度もあるということは知識として知っておいて損はないだろう。

 家系にもとづく宮中祭祀の斎行者でもある天皇と、歴史的に王朝交代を是としてきた海外諸国(※特にヨーロッパ)の君主とでは、その性格が大きく異なるため、安易な比較は不適切であろう。とはいえ、君主家の断絶を想定している君主国が実際には断絶する虞がほとんどないのに対し、そのような規定が存在しない日本で「皇統断絶」が危惧されているのは、考えてみれば何とも皮肉なものである。

 そんなわが国でも、明治時代の旧皇室典範制定議論においては、男系皇統断絶を想定した制度案がいくつか出ていた。たとえば、明治18年(1885年)末に宮内省が立案した『皇室制規』には、以下の二条が含まれている。

 第一 皇位ハ男系ヲ以テ継承スルモノトス若シ皇族中男系絶ユルトキハ皇族中女系ヲ以テ継承ス男女系各嫡ヲ先ニシ庶ヲ後ニシ嫡庶各長幼ノ序ニ従フヘシ
 第十三 女帝ノ夫ハ皇胤ニシテ臣籍ニ入リタル者ノ内皇統ニ近キ者ヲ迎フヘシ

 つまりは、ピンチヒッターとして即位した女性天皇が、臣籍に下った皇胤(歴代天皇の血を引く者)を婿に取ることで、男系血統を維持しようとするものである。なお、この規案に対して井上馨は「謹具意見」の中で、たとえ女帝の夫が皇裔にあたる源氏であろうとも、生まれてくる皇子は「全ク源姓ニシテ源家ノ御方」であって、もはや皇室は万世一系の血筋ではなくなってしまうと主張した。

 結局、「皇統断絶」という非常事態に対処するための規定が旧皇室典範に盛り込まれなかったことは周知の通りだが、もしかしたらそのような規定もありえたのかもしれない。尤も、皇統が男女両系ともに断絶した場合に対処できるものではないので、諸外国の制度と全くの同一視はできないが。

 ところで、令和2年(2020年)11月7日に共同通信が報じたところによると、「安定的な皇位継承」を確保するための具体的な方策について、政府内では見送り論が強まっているという。

 女性皇族の皇籍保持を認めることで皇族の減少を緩やかにするにとどめ、皇室の存続は天運に任せる。――それも一つの策ではあるだろう。しかし、それならばますます万一の皇統断絶にも対応できるような制度設計を真剣に検討しておいたほうがよいのではないだろうか。

 議会が新君主を選出する制度が日本の皇位継承にはなじまないものであることは先に述べた通りであるが、仮に海外諸国のように皇統断絶を想定する制度を採り入れるとして――昭和22年(1947年)に皇籍を離れた旧宮家や、清和源氏や桓武平氏に代表される皇別や、天照大御神の第二子・天穂日命の末裔と伝えられる出雲大社宮司家などの神別の中から選ばれるのであれば、納得する者は少なからずいるかもしれない。

余談:近現代の源氏

 先に、ピンチヒッターとして即位する女帝の婿に皇胤がなるという形での男系維持案に対し、井上馨が「源家ノ御方」云々と反対したことに触れた。せっかくなので、近現代の源氏の末裔を少しだけ紹介する。

 昭和天皇の教育係を務め、明治天皇の崩御当日に殉死したことで知られる乃木希典。彼は出雲源氏・佐々木氏の子孫と称する家系に生まれたことからしばしば「源希典」と署名した。

446px-褌一丁姿の乃木希典

第10代学習院長・乃木希典

 国語学者の渡辺実氏は、嵯峨源氏・渡辺綱(源綱)の子孫だという。その名前が漢字一文字なのは、かの『源氏物語』の主人公・光源氏のモデルの有力候補といわれる源融以来の伝統だそうな。

 なお以下に示すのは、近藤泰弘氏(青山学院大学教授)ならびに金水敏氏(大阪大学教授)のTwitterアカウントである。社会的地位のある方々ゆえ、そのツイート内容を信用することにする。

 第79代内閣総理大臣を務めた細川護熙は、旧熊本藩主・肥後細川家の末裔として知られる。細川家といえば、室町時代に征夷大将軍を世襲した足利家(清和源氏)の支流であり――つまりは清和天皇(在位:858年~876年)の子孫だ。

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第79代内閣総理大臣・細川護熙
© 首相官邸ホームページ(CC BY 4.0

 子供の頃、正月の書き初めなどでは細川護煕ではなく、源護煕とよく書かされていたし、平家の勢力の強かった、例えば琵琶湖の竹生島などには近寄ってはいけないといわれていた。
 ――日本経済新聞「私の履歴書」(2010年)

 年賀状に「源護熙」と書いて、友達に「おまえは名字が二つあるのか?」とからかわれたこともあるそうだ。彼が「源護熙」と記名するのは子供の頃に限った話ではない。政治家になってからも、しばしばふざけてそうサインしたようである。

【関連記事】

【参考文献】
西修「君主制の類型(1)」(『駒澤大学法学部研究紀要』第54号、1996年)
西修「君主制の類型(2)」(駒澤大学法学部『政治学論集』第43号、1996年)
衆議院憲法調査会事務局『衆憲資第13号 象徴天皇制に関する基礎的資料』(2003年)
山田邦夫「諸外国の王位継承制度:各国の憲法規定を中心に」(国立国会図書館『レファレンス』第656号、2005年)
・所功「「万世一系の天皇」に関する覚書」(京都産業大学法学会『産大法学』第39巻第3・4号、2006年)
・笠原秀彦「皇室典範制定過程の再検討:皇位継承制度を中心に」(慶応義塾大学法学研究会『法学研究』第83巻、2010年)
国立国会図書館調査及び立法考査局『各国憲法集1 スウェーデン憲法:基本情報シリーズ7』(2012年)
国立国会図書館調査及び立法考査局『各国憲法集7 オランダ憲法:基本情報シリーズ13』(2013年)
野口健格「スペインにおける王制の憲法的課題と現状」(『中央学院大学法学論叢』第29巻第1号、2015年)

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