君の愛。

「愛なんてね、うつろうものなんですよ」

と君が得意げに言った。ちょっとだけ鼻の穴をふくらませて僕をじっと見ながら言ったんだ。

鼻をつまんでやりたくなったけどそんなことはしない。君が何か話したいときに邪魔をすると怒られるだろうからね。

「だってそうでしょ? いつも恋してると私はその人が世界で一番好きで愛してるけどね。その人と別れて、そしてまた誰かと付き合う。その誰かをまた世界一愛してるになるんだよね。あのときも世界一で今も世界一」

愛とは何か、恋とは何か、そんな感じのことを考えるのが好きな君が言葉を続ける。

「何度も恋して誰かを愛して、別れてまた出会った。そんなことをさ、けっこう何度もやってるうちに、『あ、またこの恋も愛もいずれ終わるんだろうな』なんてどこかで冷めた気持ちがあったりするんだよね」

いま世界一愛し合っているはずの僕に向かってよく言うよ。

僕はにっこり微笑みながら君の話の続きに興味深げな顔してコクコクと首を縦に振る。

あ、またちょっと鼻の穴がふくらんでるぞ。

「そもそも、どうなの。けんちゃんだって私のこと、どうなのよ。死ぬまで愛し続けられるわけないよね。愛ってそんなに長く続かないと思わない? ほら、だってこの前の彼女、ゆかちゃんさ、あ、けんちゃんは『ゆかちん』って呼んでた、あのゆかちゃんさ、あのときはけんちゃんゆかちゃんしか見えないって顔してすごく愛し合ってたよね。でもどうなの。今はもうこうなってる。私とこうなってる」

止まらない君のあれこれを心ではぼんやり眺めながら顔だけは真面目なフリして首のコクコクに強弱をつけた。

「ずっとさ、私のことだけ愛せるなんて思わないよ。そういうもんでしょ?」

疑問形で聞かれたけど、「うん」なんて言えないよね。うっかり首ふり人形みたいにコクっとしそうになる首を意識して止める。

「けんちゃん、黙ってないで、なんか意見してよ」

ようやく意見を求められ、僕は考えをめぐらせる。「君とまったく同意見だ」なんてことも言えそうにないんだな。こういうのが女の人って難しい。君の意見に納得してるっぽい空気を含ませながら、噓っぽくない雰囲気でどう答えるのが正解か。

「うーん、そうだね。僕もよく似たこと考えるけどね。どうだろ。前の彼女のことはさ、もちろんちゃんと本当に愛してたよ。ごめんね。でも君みたいに思ってることをはっきりこうやって言ったりとかなかったんだよね。だから君からはすごく刺激を受けてるよ」

今度は君が首を縦にコクコク振った。いまのところ正解を答えているらしい。君が口を挟まず次の僕の言葉を待っているから。

「愛とかってね、やっぱりかわいいとか一緒にいて落ち着くとかそういうのだけじゃ続かないよね。最近、そういうふうに思うんだ。思ってることを言い合ったり、ときにはちょっと冷めたように聞こえるかもしれないけど、なんか現実的な会話もしたりさ。今のこんな僕たちの関係みたいにね。こんなふうな関係ってずっと続いていくんじゃないかなって思えるんだけどね。どうかな」

また君はコクコクする。

僕は君の話を興味深げなふりしてコクコクしてるけど、君もそうだったりしてね、なんて思いながら君のコクコクをそっと見た。

「けんちゃんさ、ゆかちゃんとこんな会話したことあんまりないの?」

「ないない」

あぁ、また鼻の穴が・・・。

どうやらうれしいときにも君は鼻の穴をふくらませるらしい。

「僕は君とこういう真面目な話をするのが好きだよ。君が君の思ってることを僕に言ってくれて、僕もそれについて考える。二人で思ってることを話し合えばきっと理解が深まるね。人として君をもっと好きになるんだ」

僕は君との会話でいつも正解を探している。君が満足してコクコクする答えを見つけようと思考をめぐらせている。

「確かに愛はうつろうけど、君の愛をいつもつかまえようと僕はしてるよ」

そう。僕は君の愛をつかまえようといつもしてるんだ。それはほんと。君にとっての正解を見つけ、君を満足させ、そして僕をもっと好きになるように。

きっと僕は君を愛してるんだ。

だってめんどうくさいやりとりだなって思うのに、君から目を離せない。コクコクしてる君も鼻の穴をふくらませてる君も、とってもキラキラしてて愛おしいって思うから。


君は僕にそっと近づいて、僕の頬にキスをした。

「今日も100点」って耳元で聞こえた。

合格だ。


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