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彼と私

「最近どう?」

カチカチとキーボードを叩いてから画面を見つめた。彼の投稿へのコメントに、いいねが返ってきてすぐに、メッセージボックスにメッセージを送ってそのまま待った。いるのかな。

画面に3つの点が点滅し始めた。

いた。

彼が返信を打ち始めている。

私は彼の返信が届く前に続けて打った。「コロナだけど、無事?」リターンを押すと同時に返信が来た。

「あんまりだな」
「コロナはまぁ無事」

「あんまり? なに、うまくいってないの? 家庭?」
「まぁね」
「不仲なの?」
「やばいな」

ネットの世界が構築されて以降、こうして誰かと時間を共有するのがいとも簡単になった。誰とでも、いつでも繋がれる便利な時代だと思いながら次の言葉を打つ。

「うちほどじゃないんじゃない?」
「そっち、あんまりなの?」
「まぁね」

「仕事中?」
「そう、今日で仕事納め」
「お疲れ」
「そっちは?」
「こっちは終わった」 

彼とはもう15年以上前に別れた。好きだったけどすれ違った。結婚したくないと言った彼と、結婚したいと言った私。彼は私と別れてわりとすぐに他の女性と結婚した。だから私は「なんだ、結婚するんだ」と呟いた。「私とは」結婚しないだけだったんだ。

でも先に結婚したのは私だったから、彼の結婚に泣いたとかそういうことはない。だけど私とよく似た雰囲気の奥さんに会って「ああ、そういうことなの」と思ったのを覚えている。遠い記憶。

「お互い、大変だけど、良いお年をね」
「そっちもな。良いお年を」

私はサッとページを閉じた。

もう私たちは余韻が生まれない関係。

コンピュータの電源を落として席を立ち、まだ残っている上司に「お先に失礼します。良いお年を」と丁寧にお辞儀をした。上司は「来年もよろしく」と言いながら軽く手をあげた。

コロナに振り回されて、いつ見ても疲れた顔をしていた上司のほんの少しホッとした表情を見たら、私も今年はよく働いたなと自分の肩をトントンと叩きたくなったけど、それは家に着いてからがいいだろう。さらりと揺れる長い髪を軽く後ろに送りながら颯爽とオフィスを出た。

駅に向かう途中で若いカップルとすれ違った。腕を組んで互いを愛おしそうに見つめる二人は幸せそのものだった。コロナとは違う時間軸で生きているように見えた。私にもこんなときがあったんだな。彼のあのときの佇まいがふと思い出された。

「ごめん、結婚は考えられない」

クリスマス前のことだった。私の家の最寄り駅で彼がそうはっきり言った。二人の未来はその一言をきっかけにバランスを崩した。

私たちは結ばれなかった。二人の間には別の誰かがそれぞれのほうを向いて私たちを遮断した。それは夫だったり妻だったり。違う生活。違う家族。

電車に乗って、窓際に立って、外を眺めた。

夜景が流れていく。

スマホを開いて、彼とのさっきのやりとりをもう一度眺めてみる。男の人の「あんまり」ってどのくらいなんだろう。たぶん私の「あんまり」とは違う気がする。そんなことを思いながら画面を閉じようとしたら、3つの点がまた点滅を始めた。彼もまた開いたんだ。

「離婚したら、俺がもらってやるよ」

嘘つけ。


お気持ち嬉しいです。ありがとうございます✨