一つの幕が下りた日~J2第42節 ヴァンフォーレ甲府 VS ファジアーノ岡山~

スタメン

 両チームのスタメンはこちら。

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どこにボールを運ぶかが共有できていた岡山

 追い風を利用したロングボールを多用して試合に入った岡山。ロングボールのターゲットとなる最前線の山本は、甲府の最終ラインの背後に抜け出す動き(⇒具体的には中央の新井と駆け引きしながら、右の小柳、左の中塩の背中から抜け出そうとする動き)を自分から起こすことで、ロングボールの発信地となる金山や濱田、後藤あたりがどこに蹴ればいいのかをハッキリさせることができていた。後方の選手たちが仕方なく前に蹴って、そのボールを前線が追っていた群馬戦の前半のような「受動的に」前に蹴るのではなく、「自分たちの意志で」前に蹴るという選択をすることができていたように思う。

 後方からのロングボール、ダイレクトな展開に対して前線の山本が背後を狙う、というアクションが明確だと、岡山にとって何が良いのか。一つは前述した、ボールを蹴る選手の目印がハッキリすること。もう一つは、目印がハッキリすることでセカンドボールの落下地点を予測しやすくなるので、ボールを持たない選手がより分かりやすく動けるようになるということである。後藤のロングボールに山本がフリック、そのボールに上門が反応して抜け出したシーンなんかはその良い例である。

 このように、この試合の前半、追い風を利用したロングボールは確かに甲府に対して効果的に刺さるものであった。ただ、前半の岡山が良かったのはロングボールを使ったことではなく、どうやってボールを前進させるのか、どこのエリアにボールを運ぶのか、この2点がチームで共有することができていたということ、そしてそのやり方が甲府の守り方に上手くハマったということであった。

 立ち上がりの10分ほどを過ぎると、前に蹴っていた岡山も、金山がキャッチしたボールを近くの選手に繋げようとしていたように、一度後ろでボールを落ち着かせようとする時間を作るようになる。そのときに甲府は、前の3枚のドゥドゥ、松田、荒木がプレッシャーに向かう。濱田や後藤、金山あたりが横幅を使って椋原や下口に出そうとすると、WBの内田と橋爪が前に寄せるようにしていた。このように岡山が後ろでボールを持つと、甲府は5-2-3でプレッシャーに行き、できるだけ高い位置で捕まえようとする守り方をしていた。このような甲府のプレッシャーに対して後方の選手が我慢できない形で簡単に前に蹴ってしまうと、群馬戦の前半のようにセカンドボールを相手に拾われる展開になってしまうのだが、この試合の前半の岡山はそうはならなかった。

 最後尾の金山を加えることはあまりせず、CBの濱田と後藤、CHの上田と白井を中心に後ろでボールを持つときの岡山は、甲府の5-2-3によるプレッシャーに対して簡単に蹴り出すのではなく、できるだけ我慢してボールを持つことを意識しているようだった。ここで非常に頼りになったのが右SHの斎藤。大外にいるというよりは内側のポジションから列を下りて後ろからのボールを引き出して受けて、そこでやってくる甲府の前の選手だったり中盤の選手(山田や中村)だったりのプレッシャーに対してしっかりとキープすることで、味方の動きを引き出すことができていた。また岡山は中央でボールを持つというよりは、SBの椋原や下口をあえて低い位置に置いて積極的にボールを持たせることで、甲府のWBのプレッシャーを引き出そうとしているようであった。

 岡山が甲府の5-2-3のプレッシャーを我慢して引き出したのにはもちろん大きな理由がある。これによって発生するエリア、スペースにボールを送り込むためである。一つは甲府のWB(内田と橋爪)が前に出たところで発生する背後のスペース、もう一つは甲府のCH(山田と中村)と最終ラインの3CBの間に発生するスペースである。前者のスペースには主に山本が流れて、そこに後ろの選手がボールを入れてサイド奥で起点を作ろうとする。また後者のスペースには、山本と縦関係の前線を作っていた赤嶺が入ってボールを受けるようにしていた。特に右サイドでは、山本-斎藤-椋原のラインが大外~内側のレーンでボールホルダーを追い越す動きから上手くサイドを攻略して、フリーの状態でクロスを上げる形だったり、ペナ内に侵入する形だったりを作ることができていた。

 甲府の守り方だとどうしても3CBが中央から飛び出すことができないので、5-2-3で前にプレッシャーに向かった場合、前の5枚やWBが出たところで取り切る、もしくは遅らせる展開を作れないと前述したスペースを相手に使われやすくなってしまうのである。だからこそ後ろの選手が簡単に蹴り出すのではなくある程度相手のプレッシャーに対して我慢してボールを持ち、前(主に山本)が動き出す時間を作ってそこからボールを蹴るようにしていたこと、SHの斎藤がミドルゾーンでボールを受けたときに相手からのプレッシャーを受けても我慢してキープして、椋原などの選手を押し上げる時間を作っていたことは、自分たちの使いたいスペースを共有してそこにボールを運ぶという意味で非常に大きかったのではないかと思う。

 岡山の先制点となる白井のゴールは、まさに岡山の後ろの選手の我慢から生まれた得点、甲府の守備の問題を上手く突くことができた得点であったと言っていい。ボールを持った下口に対して橋爪が寄せてきたのだが、そこで簡単に蹴り出したりプレッシャーに屈してしまったりすることなくキープしたことで、橋爪の背後にできたスペースを上門が使うことに成功。上門が甲府のWBとCHを置き去りにするポジションを取れたことで前を向いてドリブルで運ぶ形が作れると、上門のドリブルに対して小柳は詰めに出ることができずに下がるしかなくなり、白井がゴール前に走りこむ展開を作ることができたということである。中央から左サイドに流れるように抜け出して、最後に白井がシュートを打てるスペース、時間を作り出した山本のオフボールの動きも非常に良かった。

ぼやけていなかった焦点

 甲府の5-2-3の守備に対してどうやってボールを前進させるか、どこにボールを運ぶかが共有されていたことによるメリットは自分たちがボールを持っていたときだけでなく、守備面でも大いにプラスに働いていた。特にネガトラ時、甲府がボールを回復した時に甲府が自分たちの体制が整った状態でボールを回復できておらず、逆に岡山は甲府が持ったボールに対して単独ではなく複数でプレッシャーをかけに行くことができていたので、岡山はカウンタープレスよろしく即時奪還する形を作ることができたり、即時奪還できなくても甲府のボールの前進を遅らせることができたりすることができていた。

 前半の甲府が一度落ち着いて後ろでボールを持ったときの展開は、自分たちが向かい風でプレーしていることと、ドゥドゥや松田、荒木といった前の選手がターゲットになるというよりは足元で受けてプレーする方が得意な選手であることから、最終ラインの新井、小柳、中塩の3人からボールをつないで運んでいこうとする形が多かった。CHの山田や中村はあまり列を下りる動きを行わず、基本的に後ろは3枚でボールを動かすようにしていた。甲府の攻めの狙いとしては、後方から大外にポジショニングする内田や橋爪に展開して岡山のSB(椋原や下口)を引き出し、その背後や広がったCB-SB間のスペースにシャドーやCHが走り込んで崩そうとするもの。これに対して岡山はできるだけ高い位置で甲府のボール保持を阻害するために、4-4-2の陣形から第一ラインの山本と赤嶺の2枚、そこにSHの斎藤や上門が列を上げて前から噛み合わせる形で守備を行っていく。

 前半の岡山の守備が良かったのは、こういった第一ラインからのプレッシャーがきちんとボールを持とうとする甲府に対してストレスを感じるようなプレッシャーになっていたことであった。甲府の最終ラインから中盤に縦パスを通させないように、岡山の第一ラインの2枚がパスコースを制限しながら甲府のボールをサイドに誘導させるように追い込むプレッシャーのかけ方ができていることが多かった。第一ラインからコースを限定してプレッシャーに行くことができていると、中盤から後ろもラインを上げてコンパクトに守ることができるようになる。前半の岡山は第一ラインからのプレッシャーで甲府をサイドに追い込んで、そのプレッシャーに連動する形でSBやCHも加わることでボールサイドでの密度を高めて、甲府の展開を規制する(⇒ミドルゾーンからのサイドチェンジを減らし、甲府にボールを捨てさせるようなロングボールが増える)展開を多く作ることができていた。

 また岡山は、中盤から後ろの準備が整っていない、プレッシャーに出ても連動して行けないときには第一ラインの2枚が無理に追いに行くのではなく、4-4-2のブロックを作ってまずは中央を埋めるという判断ができていたのも良かった。甲府に外→外でボールを回させることで時間を作り、サイドに展開されてもSH-SB-CHで面を作るようにして中にボールを入れさせないようにする守り方ができていたように思う。群馬戦の前半やその前の山形戦では第一ラインの選手が状況をあまり判断できていなかったのか、なんとなく前に寄せた結果、中盤や最終ラインが晒されるというシーンが散見されたが、この試合ではそういう場面が非常に少なく、前に行くときと行かないときのメリハリ、どこでプレッシャーをかけるのかの焦点をハッキリさせて守ることができていた。

セットプレーは気持ちだ

 流れの中のプレーは必ずしもそうではないが、セットプレー(とその流れでのプレー)に関しては相手より先にボールに触り続けることができれば、攻撃ではチャンスの回数を増やすことができるし、守備ではピンチの回数を減らすことができるということがほとんどである。そしてその「相手より先にボールに触ることができるか」どうかというのは、事前のスカウティングが終われば後は気持ちの勝負である。この試合の岡山は、セットプレーにおいて攻撃でも守備でも、とにかく相手より先にボールに触るんだ、という非常に強い気持ちが見えていた。

 濱田が挙げた前半終了間際の岡山の追加点は、椋原のロングスローから濱田、赤嶺、下口とセカンドボールを常に先に触り続けた結果が生み出した得点。こぼれ球に反応した上田のクロスに山本が頭で落として、そのボールを濱田が左足ボレーでたたき込んだ。

守り切ると決めた後半

 エンドが変わったことで追い風と向かい風の立場も変わった両者。追い風の甲府は前半よりも明らかに長いボールを使う頻度を増やし、内側でプレーすることの多かったドゥドゥや松田がサイドに張ってそのボールを受けようとする形を増やそうとしていた。一方向かい風の岡山は、甲府にある程度ボールを運ばれることを想定してか、前から行けるときには行くものの、基本的には4-4-2のブロックを敷いて甲府にボールを持たせて、回収したボールは斎藤と上門をサイドに走らせてそこからゴリゴリボールを運んでいくという形にシフトするようになっていた。

 後半になってからボールを持つのは甲府だったが、齋藤と上門の陣地回復からクロスなりセットプレーなりで逆に押し込み、そこからのカウンターを浴びせることができていたのは岡山の方だった。それでも60分過ぎから甲府がラファエル、山本を投入し、赤嶺がそろそろ体力的に厳しくなってくると、岡山は赤嶺に代えて阿部を投入し3-4-2-1というよりは5-4-1で守りを固める方針に変更。大外から内側のレーンを抜けてボールホルダーを追い越す動きを狙っている甲府に対して中盤と最終ラインの5-4のブロックでスペースを埋めてしまおうという魂胆であった。

 岡山が5-4-1で中央~内側を固めて守るようになったことで、サイドに広げてボールを持つことができていた甲府。攻め筋としてはWBやサイドに流れたシャドーからのシンプルなクロス、そこからセカンドボールを回収して再度押し込むというものであった。岡山はセットプレーの時と同様に、クロスボールに対して、こぼれてきたセカンドボールに対して先に触って跳ね返すことで甲府の攻撃を水際の手前で抑えることができていた。押し込まれる時間は長かったものの、岡山にとって危ないシーンは数えるほど。ゴール前での粘り強い守備、というよりは防衛はしっかりと岡山のDNAに染み付いているのだなと思わせる60分から試合終了までの時間であった。

 前半に岡山が挙げた2得点以降スコアが動くことはなく、試合は2-0で岡山が勝利。長崎でのあの試合から9試合勝利がなかった岡山だったが、10試合ぶり、そして本当にたくさんのことがありすぎた2020シーズンの最終戦で勝利をあげることに成功した。

総括

・ギアチェンジのスイッチになったはずのラファエルと山本の同時投入後も攻撃のギア、上げるべきタイミングでのスピードがそこまで上がりきらなかったことを見ても、イレギュラーに入った試合を含めての9連戦となった甲府の疲労度は極めて高いものだったのは間違いない。本来は後方からゆったりボールを持って、そこからサイドに展開してからもっとスピードを上げて崩しを狙っていけるメリハリの利いた攻撃ができるチームなだけに、疲労の影響はかなりあったと思う。そしてその甲府の疲労は、岡山の勝利の大きな要因の一つになったことも間違いない。また甲府にとっては、プレーとレフェリングの噛み合いが良くなかったこともあって、非常にストレスのたまる試合展開になってしまったと言える。

・本文でも書いたが、後方の選手が簡単に蹴るのではなく甲府のプレッシャーを引き出すように我慢して、甲府を引き出してできたスペースにボールを送り込むことで上手くボールを運び、前進することができていた前半の岡山。ロングボールを多く使ったから甲府相手に良い試合ができたのではなく、どうやってボールを前進させるか、その手段にロングボールを使ったから良い試合ができたのだ、ということは強調しておきたい。簡単に前に出すのではなく後ろで我慢してボールを持つという挙動が無くして、この試合での効果的なロングボールはなかった。本来は、そこにボールを送る手段としてもう少し確実性のあるやり方をしていきたいのが有馬監督の理想なのだろうけれども。

・後藤、椋原、上田、赤嶺と岡山で一時代を築いたと言える選手たちがスタメンとして出場。試合を優勢に進めてリードを奪い、そのリードを阿部や福元、野口といった若い選手にバトンタッチして不器用ながらに、それでも無失点でしっかりと試合を締める。ファジアーノ岡山の一つの時代の幕を下ろすのには、十分すぎる美しいシナリオだった。試合内容的に色々煮え切らないことの多かったシーズンではあったが、それでもこのチームがさらに強くなるためには経験しておかないといけないシーズンだったのだろうと、42試合を終えて非常に強く感じるところである。つまづき無くして進歩はない。そりゃつまづかずに行ければいいだろうけども。シーズンレビューは何とか年内には終わらせたい。

試合情報・ハイライト

今季もなんとか42試合完走できました。読んでいただいた皆様、本当にありがとうございました。


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